不動産取引は高額な財産を取扱うため、宅地建物取引業者を始める場合、営業保証金を最寄りの法務局に供託すること(宅地建物取引業法第四章 営業保証金各項)が義務付けられています。
供託する営業保証金は、主たる事務所が1,000万円、従たる事務所1ヶ所につき500万円ですが、開業時にはこの負担が大きいため、一般的には保証協会に加入して、弁済業務保証金制度(宅地建物取引業法第64条の8他)に基づく分担金を納付して開業しています。
これにより保証協会に加入している会員(宅建業者)が負った債務(取引の相手方の債権)は、認証限度額の範囲内で、取引の相手方に弁済されます。
もっとも保証協会が一時的に立替払いをするだけですから、弁済された金員については、還付金充当納付請求書を受け取ってから2週間以内に返済しなければなりません。
還付金充当分については、分割払いや猶予等が一切認められません。納付できなければ会員資格を喪失します。
会員資格を失えば、1周間以内に営業保証金を供託しなければ宅地建物取引業務を営むことができなくなります。
この規定は宅地建物取引士試験で頻繁に出題されるものですし、重要事項説明書にもその記載がありますから、皆さん理解しておられるでしょう。
契約当事者が安心して不動産取引を行えるよう規定された制度ですが、宅地建物取引業者による詐欺行為により生じた債権や、山林、海外不動産取引により生じた債権については、弁済されない可能性があるのはご存じでしょうか?
今回は、知っているようで理解が不足している、弁済業務について解説したいと思います。
弁済の限定要件
保証協会による弁済は、「取引により生じた債権」に限定されています。
したがって欺罔行為により生じた債権は、取引により生じた債権とみなされない、つまり弁済対象とされない可能性があるのです。
このように説明すると、よく説明義務違反と混同されます。ですが搾取を目的とした欺罔行為により生じた債権と、説明義務違反により生じた債権は、そもそも性質が異なります。
刑法第246条から第251条に該当する詐欺行為で受けた損害については、和解、もしくは不法行為に基づく賠償請求事件として提訴し確定判決を得れば賠償されます。
ですがそれは、弁済保証制度の範疇ではありません。
例として、宅地建物取引業者の詐欺により被った損害の認証が保証協会に拒否されたため、運用制度の趣旨に反するとして、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案(東京地裁 平22.6.29ウエストロージャパン)を紹介しておきましょう。
裁判所は原告の被った損害について、求償権又は損害賠償請求権を行使できると認めた一方で、
「媒介依頼に付随した行為から生じた債権とはいえない」として、保証協会による認証拒否を支持し、原告の請求を棄却しました。
この事案では宅地建物取引業者が虚偽を用い、言葉巧みに原告が所有する土地建物の登記済証、実印、印鑑登録証を借受けると同時に、確実に返済するからと担保提供の同意も取り付けています。
実際には返済が滞り、結果的に競売が申し立てられ原告は所有権を失っています。
損害賠償請求権を有しているのは間違いありませんが、不動産取引による損害かと問われれば、そうではないと判断されるのも仕方がありません。
原告には気の毒ですが、保証協会の判断は妥当だと言えるでしょう。
取引により生じた債権の判断基準
一般社団法人不動産適正取引推進機構が運営する「RETIO判例検索システム」では、保証協会の認証について争われた裁判例が数多く確認できます。
それらを見ていくと、説明義務違反などにより生じた損害は認証される可能性が高いことを確認できます。
ですが説明義務違反があったからと言って、必ずしも認証されるとは限りません。
事業用地として売買交渉中、つまり目的物も代金総額も定まっていない状態で差し入れられた金員、いわゆる「予約金」について弁済が否定された裁判例(東京地裁 平成10.3.30)を見てみましょう。
この裁判は弁済認証の前提となる「取引により生じた債権」の範囲と解釈について争われた事件です。
まず裁判所は「取引により生じた債権」とは、宅地建物取引業者との間で不動産の売買契約(予約等を含む)を締結した結果生じた請求債権、不当利得返還請求権、債務不履行による損害賠償請求権などが該当すると例示しました。
注目すべきは、預り金(予約金)も含まれると例示されている点です。
ですが裁判所は、原告の訴えを退けます。
まず弁済業務保証金の認証債権は、宅建業者との間で不動産の売買等の契約(予約等を含む)を締結した結果生じた債権について請求できるものと判示しました。
そのうえで目的物や面積、区域や代金総額も定まっていない状態は契約(売買予約含む)が締結されたと言えないと判断したからです。
予約金や中間金など、名称を問わず取引により生じた債権は認証対象とはなりますが、その前提として契約を締結していることが求められるのです。
宅地建物取引業法上の「宅地」とは
私たちは「宅地」の定義について、正確に理解しておく必要があります。
宅地建物取引業法第2条第1項第1号において「宅地」は、「建物の敷地に供される土地をいい、都市計画法第8条第1項第1号の用地地域内のその他の土地で、公共に供されている道路等(公園、河川、公共施設の用途に供されている土地)以外」と規定されています。
この規定について国土交通省の「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」では、「現に建物の敷地に供されている土地に限らず、広く建物の敷地に供する目的で取引の対象とされる土地であり、地目、現況の如何は問わない」と、宅地の定義について補足しています。
このような基準に基づけば、用途によらず樹木などが鬱蒼としている平地や山林など、建物を建築するのに膨大な労力が必要な土地は「宅地」に該当しない可能性があるのです。
その場合、弁済制度の対象とはなりません。
ただし契約当事者間において建物を建築する、つまり「宅地」として活用するため購入すると認識されている場合は例外です。
後日紛争防止のために認識の確認が重要なのです。
ログハウスの建築を目的として山林を購入した買主が、公道に至るために必要な私道所有者から通行を拒絶されたため購入目的を達せられなかったとして保証協会に認証を求めたところ拒否され、認証を求め争われた裁判例(東京地判 平24.11.26 ウエストロー・ジャパン)が参考になるでしょう。
原告は売主と媒介業者にたいし損害賠償請求権を有するとして保証協会に弁済を求めたところ、「当該地は宅地にはあたらない」として保障協会は認証を否決したことが発端です。
裁判所はまず、購入者(原告)は広大な山林(およそ7,000㎡)の土地造成を行なうために必要な知識や経験を備えていたとはいえない点について言及しています。
次いで購入後の実態(造成には少なくても2年以上必要と見込み、キャンピングカーで生活していた)を鑑み、売買契約時点において、当該土地を建物の敷地に供する具体的な計画があったとは認められないとしました。
原告は以下の2点をあげ反証します。
●本件土地を紹介した別の業者を通じ、ログハウスの建築を目的として購入することについて被告は知っていた。
●宅建協会指定の不動産売買契約書が使用(免許番号や宅地建物取引士の記載あり)と反論を重ねています。
それにたいし裁判所は、間接的に聞いた程度では被告が具体的な認識をしていたと認められず、宅建協会指定の不動産売買契約書が使用されたからと言って、原告の目的を認識していたとは言えないとしました。
最終的に当該地は「宅地」と認められず、弁済を受けることはできないと結論付けられたのです。
海外不動産は「宅地」に該当しない
海外不動産については、たとえ外形的に「宅地」要件を満たしていても弁済対象とはされません。
「国内法」である宅地建物取引業法は、原則として領土外の地域に及ばないからです(国内法でも、外国の領土に対して適用する旨が明示的に定められていれば及ぶと解されています。ですが宅地建物取引業法にそのような規定は設けられていません)。
そのような物件を扱う場合に注意するポイントを解説します。
一般的に使用されている契約関連書式では、重要事項説明書に、取引態様や主たる事務所の所在地、説明する宅地建物取引士に続いて供託所等に関する説明欄が設けられています。
供託所等に関する説明については、宅地建物取引業法第35条の2で営業保証金を供託した主たる供託所の所在地もしくは、社員となっている保障協会の名称や所在地、保証協会の供託先について説明しなければならない旨が定められています。
海外不動産取引や、宅地に該当しないことが明らかな山林などを取引する際、供託所に関しての説明が必要なのか疑問は残りますが、後日紛争を防止するためには説明しておく必要があるでしょう。
ただしその際には供託制度の説明に次いで、「取引物件が宅地建物取引業上の宅地に該当しない」旨を補足し、同時に「弁済制度の対象とならない」ことについて説明する配慮が必要です。
まとめ
宅地建物取引業者には、顧客とのトラブルを未然に防止する配慮が求められます。とはいえ、意図せず問題が発生するのが不動産取引です。
高額な不動産取引ですから、顧客は万が一に備え保障を望むでしょう。その役割を担うのが営業補償金供託制度であり、今回解説した弁済業務保証金制度です。
供託金の請求は「取引により生じた債権全般」について、被供託者が確定され、実体上の請求権が成就していることにより、比較的楽に還付が受けられます。
それにたいし弁済業務保証金制度は、営業保証金ほどの柔軟性は有しません。そもそも、立替払いを代行しているだけで、「保険」ではないからです。
したがって顧客に説明する場合には、「どのような債権についても支払いされる」と曲解されないよう、その限界について理解を促す必要があるのです。
そのためには弁済保証業務について知見を深める必要がありますし、コンプライアンス教育の徹底も必要です。
また宅建業者が受領する金銭のうち、法律上保全義務の課されていない部分の金銭について保全してくれる一般保証制度の利用や、各種損害保険への加入が検討されるケースもあるでしょう。
私たちは「弁済保証制度が万能ではない」ということを、正確に理解しておく必要があるのです。