個人情報の保護に関する法律(以下個人情報保護法)は平成15年に施行されました。
施行からすでに20年以上経過していますが、その間に10回以上附則(本則に付随される事項)が追加されており、個人情報に関する取扱や秘匿についての定めが詳細化しています。
とくに近年は、整備法(デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律)に併せた改正が行われるなど、時代に即応した改正が行われています。
令和6年4月にも漏えい等が発生した際の個人情報保護員回への報告と本人への通知が義務化されるなど、年々企業が管理する個人情報の取扱は厳格化する傾向にあります。
平成29年の改正により当初5,000件以上とされていた情報取扱件数は撤廃され、不動産業者は事業規模によらず個人情報取扱事業者とされました。
それにより紙の顧客台帳等は鍵のかかる引き出しで保管する、デジタルデータにはパスワードを設定するなどが義務とされています。
不動産業者は、消費者の氏名や住所、勤務先や世帯収入に家族構成のほか、物件情報や成約情報などを取り扱います。
したがって、個人情報を厳格に管理されると同時に、第三者に提供する場合の要件や基本的なルールについては、従業者全員が正確に理解している必要があります。
つい先日、賃貸マンションの1棟売で売買契約を予定している物件担当者から「売買契約前に、賃貸人の同意を得ることなく、賃貸人の名前や勤務先、賃貸契約の内容などを購入検討者に提供しても問題はないですか?」と質問を受けました。
それらの情報は物件管理の観点から、所有者であれば知っていて当然の情報ではありますが、果たして契約締結前の段階で開示しても問題はないのでしょうか。
今回は、個人情報の第三者開示について解説します。
第三者提供は原則として禁止
個人情報保護法では第18条で利用目的による制限、同法第19条で不適切な利用の禁止が定められていることから、原則として第三者提供が禁止されています。
例外は本人同意が得られている場合と、個人情報保護法第27条(法令の定め等)に基づく場合のみです。
例えば警察や検察等の捜査機関から照会や事情聴取があった場合は、同法第27条第1項に基づくとして、本人に同意を得ず情報を開示することは可能です。
もっともこの場合でも、求められた情報以外を提供した場合、損害賠償を請求される恐れが否定できない点について個人情報保護委員会は言及しています。
余談になりますが、警察が個人情報を収集する際に提示する「捜査関係事項照会書」は刑事訴訟法第197条2項の定めに基づき発行されますが、直接強制ないし間接強制は認められていません。
あくまで任意処分ですから(強制的に情報開示させることは認められていない)情報開示二協力しないとの選択肢もあるのです。この点が、裁判所から発行される令状との違いです。
このように、情報開示については厳格に定められているのですから、契約締結前に賃貸入居者の個人情報を、本人の了解なしに開示することが認められるとは思えません。
しかし、第27条第5項3号では合併その他の事由による事業の承継に伴って提供される場合にも、当人の同意を得ず個人情報を開示できるとの定めもあるのです。
ただし、あくまでも予定でしかない相手方に個人情報を開示してもよいのかについては、別の観点からの検討が必要です。
入居者の個人情報は、契約締結の可否判断に影響を及ぼす重大な事項となるか
家賃の滞納を頻繁に発生させている入居者はいないか、また、反社会的組織に属している入居者はないかなどの情報は、購入を検討する投資家の判断に影響を及ぼす重大な事項です。
したがって、宅地建物取引業者には、信義則上の義務として購入前に説明する義務があると解されます。
しかし、個人情報保護法においては、契約締結前であることを理由に違法とされる可能性があるのです。
つまり、私たちは「法」の定めの板挟みになってしまうのです。
そこで先述した、法第27条第5項3号(合併その他の事由による事業の承継に伴って提供される場合にも、当人の同意を得ず個人情報を開示できる)の解釈について見解を深めておく必要があります。
個人情報保護員会がこの問題にたいして、以下のような解釈を示しているからです。
1. 賃貸運用など投資目的の不動産売買契約に付随して、売主から買主にたいし、当該不動産の管理に必要な範囲で、賃貸人の個人情報を提供する場合は、事業の承継に伴って提供されると評価できるので、法第27条第5項3号に基づくものとして、本人の同意を得る必要はないと解される。
2. 不動産の売買契約締結前の交渉段階であっても、当該不動産の購入希望者から依頼され売主が個人情報を提供することについては、実質的に委託または事業の承継に類似するものと認められる。したがって、あらかじめ本人の同意を得ることなく個人情報を提供することができる。
このような見解が示されていることから、投資物件に関しては交渉段階で管理上必要な範囲に限り、情報が提供できるのです。
ただし、後日紛争を防止する観点から、情報を提供する場合はあらかじめ、当該個人データの利用目的及び取扱方法、漏えい等が発生した場合の措置、当該不動産の契約交渉が不調となった場合の措置等について、安全管理措置を遵守させるために必要な契約を締結しておく必要があります。
個人情報保護員会は、無条件で情報提供を認めているわけではないからです。
この場合、安全管理措置を遵守させるために必要な契約とは、所謂CA(秘密保持契約書または誓約書)を指しています。
CAの詳細については、不動産会社のミカタのコンテンツで別途解説していますのでそちらをご覧ください。
投資ではないケースの売主・買主の個人情報も開示できるのか?
「この物件は、なぜ売却されているのですか?」私たち不動産業者が、購入検討者からよくされる質問です。
売却理由については、売主から買主に伝える義務があると解される一方で、離婚や住宅ローンの返済に窮しているなど、ネガティブかつセンシティブな情報まで開示する必要はありません。
例として、売却理由が離婚である場合を考えてみましょう。
私たち不動産業者は、売却理由の原因が離婚であることを知っておく必要があります。
名義や売却益の配分など、離婚により想定される諸問題が不動産取引に影響する可能性があるからです。
したがって査定時点から売却理由について質問し、把握する必要があるのです。
とはいえ、初見で人間関係が構築されていない段階では、ネガティブ情報やセンシティブ情報が必ずしも開示されるとは限りません。
しかし、媒介契約を締結するまでには物件状況報告書へ記載してもらうタイミングなどで再度質問し、「真」の売却理由については掌握しておきたいものです。
安全かつ問題のない取引を行うためには信頼関係が大切である点に言及し、不動産業者には守秘義務がある旨を伝え、安心して開示してもらうように配慮しましょう。
さて、そのようにして得られたネガティブ情報等は、当然、買主に開示する情報ではありません。
そもそも事業の承継等ではありませんから、個人情報保護法第27条第5項3号の適用もありません。
したがって買主から質問されても、売主から開示を承認されていない限り「家庭的な諸事情により」などと、買主にネガティブな印象を与えないよう上手く切り抜けましょう。
変に勘ぐられ、「どうしても売却理由を聞きたい」と食い下がられた場合には、売主と相談して承認を得ることができれば、CA(秘密保持契約書または誓約書)を締結したうえで開示することは可能です。
ただし契約不適合責任に関連する場合は説明が義務であっても、離婚や経済的問題、相続などプライベートな理由まで開示する必要はありません。
したがって、「緑豊かな地域に憧れがあり、そちらに転居します」などと嘘の理由を告げても、問題となることはありません。
ただし、うっかり口を滑らせて真実が露呈した場合の印象はよくないでしょうから、そのようなことがないよう注意(業者と売主の口裏合わせ)は必要です。
まとめ
今回は個人情報保護法の観点から、投資用物件の入居者情報を購入検討者に開示することの妥当性について解説しました。
賃貸物件の売買においては、売買契約締結前でも賃借人の同意なしで、個人情報を開示できる理由について理解できたと思います。
ただし、この場合でも開示できる情報は「管理に必要な範囲」に限られます。
個人情報は、法律で「生存する個人に関する情報で、その情報に含まれる氏名や生年月日などによって特定の個人を識別できる情報」と定義されています。そのため、利用目的の範囲でのみ利用することが定められています。
さらに、個人情報保護法では、不当な差別や偏見を生じさせる可能性のある情報、例えば人種、信条、社会的身分や犯罪歴、被害者情報、病歴などを「要配慮個人情報(法第2条第3項)」と位置づけています。
投資物件の購入検討者が知りたがる情報は、この要配慮個人情報である場合も多いのですが、これらの情報は取得する際にも本人同意が必須とされるなど、取扱には厳格な注意が必要です。
迂闊に漏洩すれば、2年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金を科せられる可能性が高いのです。
開示する場合には、管理に必要な情報であるかを十分に吟味し、対応することが肝要です。