【日照権トラブル解決の手引】覚えておきたい判断基準と対応策

「隣地に賃貸マンションが建築され、リビングが入らなくなった。なんとかできないか?」と相談された経験はないでしょうか。

これはいわゆる「日照権」についての相談です。

皆さんは、日照権について具体的に説明してくださいと問われたら、どのように答えるでしょうか。

「居宅に一定時間以上、日が差し込む状態を保証される権利」や「建物の日当たりを保護する権利」と説明される方が多いのではないでしょうか。

実は、民法を始めとする各種法律で「日照権」は明文化されていません。

そればかりか日照権を規定する法律も存在しないのです。

唯一、建築基準法の斜線制限と日影規制により、建物の高さや形状が規制されているに過ぎません。

違法建築により日照権が侵害されている場合には、工事差止請求や損害賠償は可能です。

しかし、建築基準法を遵守して建築されている場合は受忍限度で争うしかありません。

受任限度は「主観」という言葉に置き換えられるほど、不明確です。実際、日照権について争われた裁判においても具体的な条件や数値は明示されず、事案ごとに判断されています。

「日照権が侵害されたので提訴する」、「日当たりが良いと思って購入したのに、それが阻害されたのは不動産業者の調査不足だ」と糾弾されるなど、快適で健康な生活利益である日照権を巡るトラブルは多いのです。

幅広い知識を有し、顧客の悩みを解決する責務がある不動産業者としては、どのようなケースで日照権が認められるのかを正確に理解し、徒労に終わる可能性の高いトラブルに関しては、その理由を説明して代替案を提示するなどの配慮が求められます。

今回は、日照権で争われた裁判例を紐解き、どのようなケースであれば主張が認められるかについて考えていきたいと思います。

覚えておきたい最高裁による日照権の定義

日照権を巡る最高裁判決「昭和43(オ)32」において、裁判所は日照権について「居宅の日照、通風は、快適で健康な生活に必要な生活利益である」と定義しました。

したがって、法的な保護の対象にならないものではなく、加害者の権利濫用による行為で日照、通風を妨害したような場合には、不法行為に基づく損害賠償の請求を認めるのが相当と判決したのです。

さらに、日照、通風の妨害は、加害者の土地利用の結果という消極的なものであるとして、騒音、煤煙、臭気等の放散、流入による生活妨害とは性質を異にするとしながらも、加害者による土地利用権の行使が生活妨害を与えるという点において騒音の放散等と大差がなく、被害者の保護に差異を認める理由はないと論じました。

この判例により、日照権に受忍限度が適用できることが確立されたのです。

受任限度とは、社会通念上相当と認められる範囲を超えることを意味します。

つまり、日照に限らず、騒音、煤煙、臭気等の放散、流入において受忍限度を超える場合には、すべからく被害者は保護されるべきだとの考え方です。

もっとも、この裁判には一つの注目点があります。

加害者は工事施行停止命令や違反建築物の除去命令が発せさらたにもかかわらず工事を強行し、トラブルを招いたのです。

最高裁もその点に言及しており、正当に建築主事の確認手続きを経て建築法規を遵守していれば、その範囲で日照、通風が保証される結果となった指摘しています。

つまり、違法建築の結果、日照権を侵害したのですから、これは当然の帰結だったのです。

日照権が容認されたケース

裁判例を見ていくと、日照権は「加害者の行為が社会的妥当性を欠き、被害者にたいし社会生活上一般に受容すべき程度を超える損害を生じさせた場合」に限り容認されています。

例えば、先述した判例のように、違法に建築された場合です。

したがって建築基準法に適合している建築物にたいし、工事差止請求や損害賠償を求めた裁判は、そのほとんどの請求が棄却されています。

建築業に従事されている方ならご存じのように、すでに住宅が形成されている地域で新築工事を行う場合、ことのほか騒音や工事関係者の違法駐車などに気を使うものです。

工事に着手する前には、両隣はもちろん、裏の家などへ「工事中ご迷惑をおかけすると思いますが、宜しくお願いします」などと挨拶回りを行うでしょう。

その際、少なからず日照を遮ることが予想されるお宅から、「これまで日当たりが良かったのに、そんな場所に建築されたら日当たりが悪くなってしまう」と嫌味を言われることも多いでしょう。

しかし自己が所有する敷地に、建築基準法を遵守したうえで建築するのは所有者の権利です。

それにたいして過度なクレームをつけたり工事を妨害したりすれば、それこそ権利の濫用です。

裁判では、原告が主張する日照の利益が享受できなくなったとの侵害行為を認めつつ、建築基準法の違反の有無、侵害の程度、地域性、被害回避の可能性などを総合的に考慮して、それが受忍限度を超えている場合に侵害を容認している点について覚えておく必要があるでしょう。

建築基準法に違反していなければ問題ないか?

裁判例を見ていくと、日照権の侵害を巡る裁判において原告の主張が認められた事件は、そのほとんどが建築基準法に違反して建築されています。

そのため、「建築基準法に合致していれば、たとえ提訴されても負けないのではないか」と短絡的に判断されそうですが、前述したように、裁判における判断基準は建築基準法だけではありません。あくまで総合的に判断されます。

日照権侵害の法的根拠は、不法行為による損害賠償(民法第709条)です。

したがって「不法」であることの証明として、建築基準法違反は重要な構成要件になります。

しかし適法に建築されていても、侵害行為が深刻な被害であると判断される場合もあります。

このような発想に基づいて適用されるのが、「受忍限度」という概念です。

つまり、社会通念上容認される程度の侵害については、ある程度まで我慢(受任)する必要はあるけれども、それを超えるものについては違法な侵害とみなすとの考え方です。

受任限度を巡る裁判では、以下のような事情が考慮要素として挙げられています。

●具体的な遮光時間や範囲
●居住開始の前後(原告、被告のどちらが先に居住を開始していたか)
●遮光を軽減するための配慮の有無
●用途地域
●当該地周辺の建築物状況

したがって日照権について苦情を言われた場合、「建築基準法に則って建築しているのだから問題ない」と切り返すのは、片手落ちとなる場合があるのです。

適法かどうかを判断するための重要な構成要素ではありますが、それだけが判断基準ではないからです。

日照権の侵害における請求は2種類

日照権の侵害について加害者に請求できるのは、①精神的な苦痛を根拠とした損害賠償請求、②工事差止請求のいずれか、または両方です。

裁判例を見ていくと、工事差止請求より損害賠償請求の方が容認されやすい傾向が見受けられます。

工事を差止める命令は、建築会社等に大きな損害をもたらす結果になります。

したがって、明らかな違法建築でもない限り、そう簡単には認められません。

しかし、差止めを認めた申立例もあります。

平成6年に名古屋地方裁判所に対し、建築予定地の隣接者(債権者)が、隣地で建築中である三階建住宅の工事について、債権者(工事会社及びその購入者)にたいし工事禁止を求めた事案「名古屋地裁平成6年(ヨ)1138号決定」では、債権者の主張が認められています。

債権者(隣地所有者)は7年前から居住を開始しており、それまで建物南側開口部からの日照に恵まれ快適な生活を享受してきました。

隣地建築物が完成すれば、日照に留まらず、これまで享受してきた眺望や通風が阻害されるばかりか圧迫感や閉塞感、さらに電波障害も予想されます。

そこで工事差止めを申立たてたのです。

当該地は第二種住居専用地域で、建築中の建物も高さ10m未満で建築基準法の日影規制の対象外ですし、適法に建築許可を得て建築されていました。

通常であれば、債権者建物に日照被害を与えたとしても受忍限度内とされる事案です。

しかし裁判所は、地域一帯が平屋もしくは二階建の低層住宅地であり、建築がなされれば債権者が主張する眺望や通風の阻害、圧迫感や閉塞感が現実となる可能性が高く、かつ、交渉時における債務者の態度が人格権を尊重しているとは言えない点、その他、日照権の侵害の程度、地域性、加害回避の可能性、先住関係などを総合的に考慮して、申立には特段の事情が存在すると見解を示したのです。

債権者である申立人は、日照障害を受ける各開口部の時間について綿密に疎明をしています。

それが裁判所の判断に影響を与えていると推察できますが、申立以前の交渉経緯もポイントです。

おそらく、債権者は申立前の交渉時において「適法に建築しているのだから問題ない。工事差止め請求は根拠のないたクレーム、いわゆる権利濫用に過ぎない」と強く主張したのでしょう。

裁判所は交渉時における債務者の態度について、およそ人格権を尊重しているとはいえないと言及しているのです。

建築基準法に適合しているかどうかは、日照権を巡るトラブルについて重要な判断要素です。

しかし日照権の根底にあるのは受任限度ですから、適法性だけが判断基準となるものではないのです。

交渉過程も含め、日照権の侵害の程度、地域性、加害回避の可能性、先住関係などが総合的に考慮される点について理解しておく必要があるのです。

まとめ

日照権を巡るトラブルは少なくありません。

とくに南側隣地が空地である場合、そこからの日照や眺望が十分に得られるよう設計がなされることが多いものです。

しかし、空地であれば将来的に建築される可能性は当然に予測できるものですし、隣家が平屋であるからといって、再建築時に同様の高さで建築されるとは限りません。

日照や通風は、将来的に必ず確保されるものではないのです。

内見時には、それを意識して説明することが重要です。

顧客が「日当たりが良くて快適に生活できそう」と喜んでいる時に釘を指すようですが、日照は必ずしも将来的に確保されるとは限らず、隣家の建て替えなどにより、受忍限度の範囲内に限り阻害される可能性があることを示唆しておく必要があります。

また、日照権が阻害されたとの相談や、「隣家から日照権を侵害しているとクレームを言われている」などの相談に応じる際には、建築基準法だけを根拠とするのではなく、今回解説した判断基準を念頭におき対応する必要があるのです。

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