「マンションは管理を買え」という言葉があります。
誰が言い出したのか、その起源は明確ではありませんが、マンションを購入する際、外観や立地、築年数などと同様に「適切な管理が実施されているか」が重要であることを示しています。
さらに、2022年4月に「マンション管理適正評価制度」が創設され、マンションの管理状態や管理組合運営状態などの5つのカテゴリーについて6段階で評価し、インターネットで情報公開する制度が開始されています。
これにより、管理面への注目度がこれまで以上に高まっています。
同年(2022年)には、マンション管理適正化法が施行され、それに基づき「マンション管理計画認定制度」が開始されました。この制度はマンション管理組合が作成した管理計画を地方公共団体に申請し、承認されることで認定が受けられる制度です。
「マンション管理適正評価制度」はマンション管理業協会が、「マンション管理計画認定制度」は地方公共団体が運営しています。
申請方法や更新期間、評価項目などは異なりますが、「マンションは管理を買え」との概念が具現化した制度と言えるでしょう。
実際、管理が適正に行われていると評価されることで、物件の流通価格上昇に期待でき、居住者に管理の重要性を認識させる効果もあります。
それにより居住性も向上し、管理組合が運営しやすくなるというメリットがあります。
私たちが分譲マンションを斡旋する際にも、これらの制度が利用された物件であれば、「このマンションの管理状況は安心できるレベルです。なぜなら……」と、具体的な資料を提示して説明することができるのですから、物件の訴求力も増します。
しかし、不動産のプロとしては、これらの制度が「管理組合により自主的に申請されたのか」、それとも「管理会社主導で申請されたか」についても着目する必要があります。
およそ9割以上の分譲マンションは管理を管理会社に委託しています。
管理会社の選定は管理組合員により決定されるのが原則ですが、新築当初は分譲デベロッパーの系列管理会社が管理を担っています。
したがって、管理が杜撰である、融通が利かない、親身になって管理しているとは言えないなどの場合には、管理会社の変更が検討されるでしょう。
管理会社の変更は、一般的には管理組合員の普通決議(過半数の賛成、ただし規約で3/4にしているケースもあるので注意)で決定できます。
つまり、管理会社は変更可能なのです。
そのため、分譲デベロッパーの系列管理会社が、自社ブランドのPRを目的としてマンション管理適正評価制度への申請を主導していた場合、長期的な視点での適正管理に疑念が生じることがあるのです。
では、どのように管理状況に基づく居住性の高さを把握できるのでしょうか?
管理認定制度等は一つの目安に過ぎません。
分譲マンションはその特性上、居住と管理面について様々な問題が生じています。
それらの問題がどのような原因で発生しているのか、解決するためにはどのような手段が検討されているかを理解することで、適格に見抜く目を養うことができます。
そこで今回は、令和6年6月21日に公表された「マンション総合調査結果報告書」を活用し、解説したいと思います。
マンション総合調査結果報告書とは
マンション総合調査結果は、5年に一度、管理組合や区分所有者における管理実態を把握することを目的として国土交通省から公表されています。
解説する前に、まず分譲マンションの成約状況を見てみましょう。
(公社)全国宅地建物取引業協会連合会内で組織される不動産総合研究所が毎年公開している不動産市場動向データ集(最新版2024年2月)によると、中古マンション及び中古戸建ての成約件数は、いずれも前年対比で減少していることが確認できます。
新築分譲マンションは、土地や建築費の高騰により供給戸数自体が減少しているものの、供給戸数にたいする成約率は首都圏で72.8%、近畿圏で72.7%と前年比並で推移しています。
新築価格の高騰により中古物件も値上がりしていますが、成約件数の減少については注意が必要です。
さらに、日銀が2024年7月31日の金融政策決定会合で、同年8月1日から政策金利を0.25%に引き上げると決定されました。
その結果、国内大手銀行はおよそ17年ぶりとなる短期プライムレートの引上げを決定しました。
物件価格高騰と短プラ連動による住宅ローン金利の引上げにより、購買需要はさらに減少すると予測されます。
実際に、先行不透明感から、株式市場では不動産開発会社などの株価が急落しました。
このような状況下においては、物件自体の訴求力がさらに重視されると予測されます。
そのため、物件を提案する私たちは、物件ごとの優位性について、これまで以上に理解しておく必要が生じるのです。
そこでまず、分譲マンションの世帯主年齢の傾向を理解しましょう。
分譲マンションの居住者といえば若い世代を想像しがちですが、現実は異なります。
実際には高齢化が進展しているのです。
この傾向は、完成年次が古いマンションほど顕著に見られます。
例えば昭和59年以前に完成したマンションだけを見ると、70歳以上の割合が平均で55.9%に達しています。
また、完成年次が古いマンションほど、賃貸住戸の割合が高い点も注目すべきです。
所有者が自ら居住しているケースと、賃借人として居住している場合では、管理や生活面に関しての意識に隔たりが生じます。
つまり、賃貸住戸の割合が高いほど、管理組合に協力する意思が希薄となり、結果、管理状況や居住性に影響を及ぼす可能性が高まるのです。
嫌になれば引っ越せば良いと考える賃借人と、長期間の居住が前提となる物件所有者の意識に違いがあるのは、無理かならぬことです。
また、完成年次が古いマンションほど空家戸数の割合が大きくなっています。
したがって、築年数の古い分譲マンションを斡旋する場合には、事前に空家や分譲賃貸戸数を把握することで、管理状況や居住性についておおよその見当をつけることができるのです。
マンション購入の際は何が考慮されている?
これまで管理の重要性について解説してきましたが、実際のところ購入見当者は、それほど管理面を重視していません。
立地や交通利便性、間取りや周辺公共施設等の立地状況、眺望など、不動産広告で強調されるポイントを重視して購入を決定しているのです。
表現は悪いかも知れませんが、これは素人の視点です。
顧客目線で物件を斡旋することも大切ですが、私たちは不動産のプロです。
顧客の気が付かない点を指摘し、適正に判断するための情報を提供することが求められます。
ご存じのように、区分所有建物に関する重要事項説明時には、「計画修繕積立金等に関する事項」の説明が義務付けられています。
ただし、記載や説明事項は、積立金制度の有無や積立額、滞納額などに限られています。
制度が適正に機能しているかどうかまの説明までは義務付けられていません。
マンション管理適正化法の改正により、25年以上の長期修繕計画に基づいて修繕積立金を設定している割合は年々増加しており、令和5年度で59.8%とされています。
しかし裏を返せば、全体のおよそ4割の分譲マンションでは、長期的視野に基づく計画がなされていないのです。
先述したように、マンション管理適正化法は改正されていますが、管理適正化推進計画の策定は任意です。
法改正により長期修繕計画を見直す管理組合は増加していますが、現状、旧耐震マンションが全国累計で約104万戸存在し、さらに10年以内には、新耐震ではあるものの、築40超の分譲マンションがおよそ94万戸に達すると予測されています。
これらを理解し、長期修繕計画と実際の修繕積立金額の差異が適切な範囲であるか確認して顧客に説明することは、不動産業者の道義的責任であると言えるでしょう。
無論、それは義務ではありません。
斡旋した物件が数年後、修繕積立金の不足を原因として多額の一時金を徴収される事態に陥っても、それは宅地建物取引業者の責任とはされないでしょう。
しかし、「知っていれば購入しなかった」と糾弾される可能性は否めません。
マンション建て替えは現実的か?
完成年次が古いマンションを斡旋した場合、「劣化が進んだ場合、将来的にはどうなるのですか?」と質問されることがあるでしょう。
それに対し、「令和2年にマンション建て替え等の円滑化に関する法律が改正され、要除去認定を受けた際には敷地分割が可能となる制度が創設されました。さらに建て替時における容積率緩和や敷地売却事業についての対象も拡大されたので、建替えによる再生や売却など、管理組合員の判断により様々な選択肢が検討することができるようになりました。したがって、それほど心配する必要はありません」と答えれば、なるほど模範的な回答です。
しかし実際は、マンションの老朽化問題について議論を行い、建て替えや解体、敷地分割や売却などの方向性が示されている管理組合は、全体の13.3%に過ぎません。
そもそも議論すら行われていない管理組合が全体の66.1%を占めているのです。
無論、築年数が浅いため建て替えなどまだ先との思いから、管理組合総会の議題とならないケースもあるでしょう。
しかし、建て替え等が容易ではないからこそ、長期修繕計画の定期的見直してと、将来的な対策について議論を続けていく必要があるのです。
法改正により様々な方法が採択できるようになりましたが、区分所有であることにより意見が整わないケースも多く、有効活用を検討する道にりは遠いと理解しておく必要があるのです。
トラブルは増加傾向にある
最後に近年の分譲マンションにおけるトラブル発生状況を見て生きましょう。
残念ではありますが、何も問題がないとの回答は全体の16%しかありません。
8割以上の分譲マンションが何らかの問題を抱えており、その件数は年々増加しているのです。
トラブルの内訳を見ていくと、居住者間のマナーによる発生率の増加が目を引きます。
実際、分譲マンションのトラブル相談に応じた際に耳にするのも、生活音、ペット飼育、共用廊下の私物放置、ゴミ出しマナー、敷地内での違法駐車、配管からの水漏れ等です。
集計結果を見ても、建物不具合や近隣関係、費用負担(修繕や維持管理費等)が突出しているのを確認できることから、マンション共通の問題であることが確認できます。
戸建住宅における「音」の問題は「空気伝搬音」、つまりテレビや楽器演奏音、大声での会話など空気が震わされることで発生する音です。
これらは窓を閉めることである程度緩和できますが、分譲マンションの「音」問題は、主に上階からのものです。
つまり歩行音、椅子などを動かした際の音、物を落とした際の音など、所謂、「個体伝播音」によるものです。
これらの音について、ある程度は仕方がないと許容されているうちは良いのですが、その箍がはずれ「うるさい」と感じるようになると、上下階の住民同士の争いは激化し、時には管理組合を巻き込む騒動へ発展するケースもあります。
また、築年数が新しいマンションの場合、「築浅なのにこんなに音が響くなんて、欠陥建築じゃないのか」という言い分が飛び出すこともあります。
時代の経過と共に、他人の生活音に対する意識は厳しくなりました。
それに伴い平成以降に建築された分譲マンションではスラブ厚200mm~300mmとしている物件が大半です。
これは重量衝撃音の性能で言えば、L-50(1級)に相当します。
昭和50年以降に建築された分譲マンションのスラブ厚は平均で150mm程度、つまりL55(2級)程度の性能であったことから見れば、飛躍的に性能が引上げられたと思われるでしょう。
しかし、床衝撃音遮音性能は床スラブの厚さだけに左右されるわけではありません。
床材、コンクリートスラブの厚みと表面仕上、部屋の面積などのほか、鉄筋コンクリート構造か純ラーメン構造なのかにより変化しますし、梁の配置、ボイドスラブ(中空スラブ)の採用有無などによってもバラつきが生じるのです。
したがって、築年数が新しいから、床スラブが厚いから遮音性能が高いと考えるのは早計です。
またスプーンなど、軽くて固いものを落とした際の「軽量床衝撃音(単位_LL)」は、床材の影響を強く受けます。
軽量床衝撃音に対しては床材をカーペットで仕上げ、その下に不織布を敷き込めば、ほとんど気にならないレベルまで遮音性能を引き上げることが可能です。
またフローリングの場合には、厚みがあり毛足の長い絨毯を敷き込むことである程度まで緩和できます。
このように、分譲マンションにおけるトラブル傾向を把握し、あらかじめ対策を検討しておくことにより、巻き込まれた方からの相談にたいして適格に助言することが可能となるのです。
まとめ
今回はマンション総合調査結果報告書の公開データを参考に、分譲マンションならではの問題点について解説しました。
分譲マンションの適正管理や建て替え問題については、今後も現実に即した形で法改正が進むことでしょう。
つまり、管理面や建て替え問題、住人間のトラブルを解決に導くには、これまで以上に高度な知見が必要とされるのです。
管理組合の役員に、それらの知見に長けた方がいれば良いのですが、そう上手くはいきません。
最近では、管理組合が外部の専門家に依頼するケースが増加しています。
私たちが外部専門家として協力すれば、いずれ売買に関しての相談などが寄せられる場合もあるでしょう。
そのために私たちは、有益なオープンデータを活用しながら知見を増やし、将来の相談に備えておく必要があるのです。