地震などにより敷地内の塀が倒壊し、それにより歩行者や隣家などに損害(怪我を含む)を生じさせた場合、物件所有者には損害賠償責任が生じます。これは、所有者が『工作物責任』を負うためです。
工作物責任とは、工作物の瑕疵により他人に損害を与えた場合に発生する、占有者、所有者が負う賠償責任のことです。根拠法は、民法第717条で規定された以下の条文です。
「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、専有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない」
したがって、例えば購入した中古住宅の塀が倒壊し歩行者に怪我を負わせた場合、「塀の強度や瑕疵の発生状況などについて何ら説明を受けていない」と主張しても、所有者(占有者については、損害を防止するための措置を講じていた場合は免責されます)は責任を免れません。
実際に、売主から瑕疵の存在を知らされていないとして、損害賠償責任の有無を争った裁判で裁判所は、「他人が築造した瑕疵のある工作物を瑕疵がないと信じ過失なくして買い受けた者であっても、当該工作物を現に所有するということだけで本条(第717条)の責任を負う(大判昭3・6・7民集7・443)」としています。
つまり、工作物責任は、故意や過失がなくても責任を負う典型的な無過失責任なのです。通常、民法では故意・過失がある場合に限り損害賠償責任を負いますが、工作物責任についてはこれが不要とされているのです。
さて、ここで質問です。屋根からの落雪により通行人や車などに損害を与えた場合、所有者は責任を問われるでしょうか?。
工作物責任が無過失責任であるとはいっても、「社会通念上、落雪事故が発生するのを予測できなかった場合」については、不可抗力によるものとして所有者が責任を問われることはありません。しかし、屋根の形状や道路との位置関係などから、予防措置を講じることが必要と判断される場合はその限りではありません。
これらの問題は、積雪地域でなくても無関係とは言えません。昨今の気候変動により、積雪地域や降雪量には変化が生じているからです。
実際、令和4年の東京地裁判決では、通路部分に隣地建物の屋根から危険な落雪があったとして、所有者にたいしては落雪が起こらないような形状の屋根への改築や、融雪設備の維持管理等の義務の確認、前所有者に対しては義務の承継を怠ったことによる損害賠償責任を求め争われた裁判が結審しています。
今回は工作物責任により所有者が負う責任の範囲、そして顧客から、空家である隣家にたいし管理責任を問いたいと相談された場合の所有者調査、対処法について解説します。
空家にたいする工作物責任に基づく請求
実務上、不動産業者には隣家が空家であることにより迷惑を被っている方からの相談が多く寄せられます。いわゆる管理不全空家についての相談です。
例えば、積雪量の多い北海道では、空家である隣家の屋根から落ちた雪が毎年堆積し、いつ自宅の壁が破損するか心配な状態が常態化している。予防措置を講じるよう連絡したいが、所有者の所在が不明で困っている、といった問題です。
たとえ空家であっても、建物の占有者や所有者には工作物責任があり、近隣に迷惑をかけないよう管理保存すべき責任を負っています。
これは「空家対策の推進に関する特別措置法(空家法)」で規定されており、具体的には同法第5条で空家の所有者等に対し、「周辺の生活環境に悪影響を及ぼさないよう、空家等の適切な管理に努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する空家等に関する施策に協力するようる努めなければならない」と、その責務について定められています。
工作物責任を求めることができるのは、所有者もしくは占有者に対してです。したがって、占有のない空家の場合、管理責任を求める相手は所有権者となります。
しかし、空家の場合、相続の発生により実質的な所有権が移転されている場合があります。その場合、移転登記の有無によらず、法定相続人に対して管理責任を追及することが可能です。
例えば、所有権者が高齢で入退院を繰り返している場合や、事理弁識能力が不足しているケースでは、所有権者が管理を行うのは現実的に不可能であると判断されます。その際には、親族に連絡し、管理責任を果たすよう求めるのが一般的です。
ただし、親族が「遠方に居住しているので対応できない」と断る場合もあります。その際には、所有者に対する妨害予防請求などの法的措置を検討することが必要です。
ただし妨害予防請求は、請求者が漠然とした危惧を抱いているだけでは認められません。高度なレベルで、危険性や蓋然性を立証する必要があるからです。そのため、専門家による意見書や鑑定書の取得が不可欠となり、費用もかかります。つまり、最後の手段だと言えるのです。
まずは交渉の準備として、親族全員の連絡先を調査するため戸籍謄本を取得する必要があります。しかし、私たちは他人の戸籍謄本を取得できません。ですが、弁護士や司法書士は受任した事務に関しての業務を遂行する目的で、住民基本台帳法並びに戸籍法に基づき職務上請求が可能です。
交渉の際には、妨害予防請求訴訟の提起も辞さない姿勢を示すことが有効です。
妨害予防請求は簡単に認められない
冒頭で述べた令和4年の東京地裁の裁判について、ここではその概要について解説します。
この裁判の原告は、敷地延長の土地を所有し、そこに自宅を構え居住している方です。原告は、隣地建物の屋根から落雪が通路部分に生じ、その落雪が危険であるとして提起しました。主たる請求としては、①落雪が起こらないような形状の屋根への改築、②予備的に屋根に接しされた融雪設備の維持管理等の義務の確認、さらに前所有者に対し、これらの義務について承継を怠ったことによる損害賠償を求めました。
しかし、裁判所はこれらの請求を全て棄却しました。
裁判所は、屋根の形状から見て、そこに相当量の堆雪が生じ、それが通路部分に落下すれば、原告やその家族の生命身体に危険が生じる可能性があることを認めました。しかし、当該地(東京都)は豪雪地帯対策特別措置法の豪雪地帯に指定されておらず、また過去50年の積雪記録を考慮すると、そのような落雪事故が発生する可能性は高いとはいえないと判事しました。
さらに、前所有者が設置した融雪設備の性能や維持管理が不十分であるとも認められなかったため、裁判所は妨害予防請求を認めるに足る蓋然性がないと判断したのです。
また、前所有者との間に口頭で措置の合意があったとする原告の主張についても、被告はこれを否定しました。実際、原告が作成し被告に渡した覚書は、署名も押印もされず原告に返却されていたのです。覚書の内容が管理責任について重責を担う内容であることからも、合意が成立したとは認められませんでした。そのため、原告には請求理由がないとして、それらの請求全てを棄却したのです。
年間積雪量のすくない地域に住んでいる方々は、豪雪地帯対策特別措置法に馴染みがないかも知れませんが、この法律は、国土全体の約51%を占める地域で適用されます。
この法律は、積雪が特に多い地域における産業の発展や住民生活水準の阻害を防ぐため、雪害の防除や産業等の基礎条件の改善などに関する総合的な対策を推進することを目的としています。
同法第13条の4では、空家に係る除排雪等の管理の確保について、「国及び地方公共団体は、豪雪地帯において、積雪による空家(建築物又は工作物であって、居住し、又は使用する者のないことが常態であるもの)の倒壊による危害の発生を防止するため、空家について、除排雪その他の管理が適切に行われるようにするために必要な措置を講ずるよう努めるものとする」と定めています。
そのため、隣家の空家からの落雪により被害が発生する恐れがある場合には、まず自治体の担当課に連絡し、「隣地空家からの落雪により被害を受けているので、特定空家の指定検討も含め対応して欲しい」と要望するのです。落雪に限らず、屋根からの落水により自己の敷地が被害を受けている場合や、屋根板金が捲れ上がり、いつ剥がれて飛ぶか分からない状況でも同様です。
特定空家の指定に関しては、空家法に基づいて各自治体が条例を制定しており、例えば札幌市では以下のような基準が設けられています。
仮に特定空家に指定されなくても、その前段階として管理不全空家の指定が行われる可能性があるため、通報が無駄になることはありません。
自治体が通報により管理不全の常態化を確認した場合、特定空家となる可能性を未然に防止する目的で、所有者に対して指導・勧告が行われます。
工作物の瑕疵についての説明義務■
2020年4月の民法改正により、契約不適合責任が導入されました。
従来の瑕疵担保責任と契約不適合責任は、適用範囲や損害賠償に関する期間・制限が異なる点が特徴です。瑕疵担保責任では、瑕疵の事実を知った後、1年以内に売主に対して責任追及を行う必要がありますが、契約不適合責任の場合は瑕疵を知った後、1年以内にその事実を通知すれば足ります。
工作物責任は、中古住宅の場合、住宅だけではなく車庫、物置、塀、敷地内の樹木などにも適用されます。例えば、取引物件に植樹された樹木が道路や隣家に越境している場合には、売主にその状態を改善するよう助言する必要があります。また、空家である隣家からの越境等が確認される場合には、その所有者を調査して、改善を促すことが求められます。
具体的な対応方法については、先述したとおりです。工作物管理状態を把握して適切に対応しなければ、契約不適合責任を問われることがあることを理解し、業務を遂行する必要があるのです。
まとめ
今回は所有者の工作物責任と、隣家の管理不全に対する妨害排除の方法について解説しました。
実務において、これらの相談は多いものです。例えば、マンションにおける隣家や上階からの「音」に関する問題も、広義には生活環境に影響を与える事象です(ただし、これらに対して工作物の管理責任を問うことはできません)。
私たちが斡旋した住宅で何らかの問題が発生した場合、その原因が説明や調査不足に起因していない限り、直接的な責任や義務はありません。しかし、相談に迅速に対応し、問題解決に努めることで、信頼が生まれ、それが結果として知人の紹介や新たな取引につながる可能性があります。
何より、不動産のプロとして、私たちには不動産に起因する問題を迅速に解決するという道義的な責任があるのです。
そのために、関連法の知識を深め、日々の実務に活かしていく姿勢が重要なのです。