【不動産取引の落とし穴】本人確認の徹底が求められる理由

日頃、不動産業務に従事されている皆さんには、本人確認の重要性について改めて説明する必要はないでしょう。しかし、Netflixでドラマ化された『地面師たち』のような大規模な詐欺事件に限らず、日常的な取引においても「なりすまし」によるトラブルが発生しています。

最近、筆者のもとに、「反社会的勢力と思われる人物を入居させてしまったが、どのように対応すれば良いでしょうか」との相談がありました。相談者は、媒介業者を介さず自ら契約や管理を行っている賃貸オーナーです。このケースでは、内覧や賃貸借契約は「同居予定の彼女」を名乗る女性が単独で行い、その彼女が契約者となる「反社らしき人物」の運転免許証や源泉徴収票などの「写し」を持参してきました。また、契約書には暴力団排除規定が盛り込まれていませんでした。

入居後、他の居住者から「複数の素行不良な人間が頻繁に出入りし、夜中に騒いでいる」という苦情が寄せられたため、知人の興信所に調査を依頼したところ、「反社会的勢力に属している可能性が高い」との報告を受けました。最終的には「迷惑行為によって信頼関係が破壊された」として、筆者の知人である警察官の協力を得て契約解除に成功しました。

このトラブルは、代理ではなく当人と面談し、適切な本人確認を行っていれば防止できた可能性があります。

例えば、本人確認書類の偽造は素人には見抜きづらいものですが、運転免許証には偽造防止措置のためにICチップが搭載されており、券面記載事項と照合することで真偽を判別できます。

同様に、マイナンバーカードやパスポートにも、ICチップが備わっており、NFC(近距離無線通信技術)を用いて電磁的記録を読み取ることで偽造防止機能を利用できます。しかし、不動産業者でICコードリーダーを常備し、これらの確認を行っているケースは少なく、多くは券面記載事項を目視で確認し、写しを取るだけにとどまっています。

しかし、リスクを防止するためには、「犯罪収益移転防止法」で義務付けられた本人確認を超えて、さらに厳格な手法で本人確認を行うことが求められます。

今回は、適切な本人確認を怠ったことで生じたトラブルや裁判例も含め、効果的な本人確認の方法について検証します。

対面取引では提示のみで良しとされるが

犯罪収益移転防止法では、宅地建物取引業者に対し、次の本人確認書類の提示を顧客に提示させ確認することを求めています。

運転免許証やパスポートなど顔写真が貼付された書類のほか、印鑑証明書や健康保険証なども含まれており、官公庁発行の書類であれば、写真のない書類でも本人確認したとみなされます。

しかし、なりすましを防止するためには、顔写真がない書類の場合は、印鑑証明書や住民票、健康保険証など複数種類の提示を求めて確認し、また、顔写真付き書類であってもその真贋を確認する工夫が求められます。

例えば、ドラマ『地面師たち』では、司法書士が運転免許証にライトを当てて確認する場面が登場しますが、これは偽造防止の透かしやICチップの有無を確認するのに有効な手法です(実際に行っている司法書士はあまり見かけませんが)。

さらに、運転免許証に記載されている免許番号の構造を理解しておくことで、相手の居住歴などを類推できます。

運転免許番号の先頭2桁(第以降)は都道府県ごとに異なるコードで、例えば東京は「30」、大阪は「62」です。続く3桁目と4桁目は最初の免許交付年を西暦で示しています。例えば1989年に東京都で免許を取得した場合は「第3089」となります。

5~10桁目は各公安委員会が管理する番号で詳細が明らかにされていません。11桁目は入力ミス検証用、末尾は再発行回数を示しています。

これらの知識があると、不審な点があった場合に質問して確認できます。例えば、「富山県で運転免許を取得されたようですが、以前は富山県にお住まいでしたか?」などと問いかけ、相手の反応から信憑性を見極める手がかりとなります。

また、地方公共団体では完全に対応しきれていないようですが、コンビニエンスストアで取得した住民票や印鑑証明には「スクランブル画像」と呼ばれる偽造防止技術が使われています。この画像は目視可能な可視画像に加え、赤外線カメラなど特殊な画像確認器具を利用することで確認できる潜在画像(偽装防止検出画像)が印刷されています。最近では9,000円ほどで購入できる機器もあるため、本人確認書類の原本確認用に備えておくのも良いでしょう。

原本確認ではなく偽造の有無を確認したい場合には、問い合わせサイトを利用します。

取引当事者に懸念がある場合には、あらかじめ本人確認書類を提出してもらい確認しておくのが有効な手段です。

本人確認義務の法的性質

犯罪収益移転防止法は、犯罪による収益が組織的犯罪を助長するための資金として使用され、さらにその移転が健全な経済活動に重大な悪影響を与えるのを防ぐ目的で制定された法律です。この法律により、宅地建物取引業者は特定事業者に指定され、犯罪収益の有無にかかわらず本人確認を実施して、その記録を7年間保存する義務(法第7条第3項)が課せられています。

また、宅地建物取引業法第49条でも「帳簿の備え付」が規定されており、国土交通省令で、以下の情報を帳簿に記録することが求められています。

◯取引年月日
◯取引物件の所在及び面積
◯取引代金や賃料
◯報酬の額
◯取引態様(売買、交換、代理、媒介の別)
◯取引当事者の氏名・住所
◯取引に関与した宅地建物取引業者の商号・名称

取引当事者の氏名や住所が帳簿の記載事項であるため、法的には、犯罪収益移転防止法に基づく「本人確認記録」を帳簿記載と兼ねても問題ないとされています。しかし注意が必要なのは保存期間です。帳簿の保存期間は、各事業年度の末日に閉鎖し、閉鎖後5年間の保存が義務付けられていますが、犯罪収益移転防止法による本人確認記録の保存期間は取引後7年間です。

この違いを正確に理解したうえで、本人確認記録として帳簿を兼用する場合には、必ず取引後7年間の保存を徹底することが必要です。

電子的取引における本人確認の留意点

不動産取引において、電磁的方法による契約が解禁されたのは2022年5月です。

2023年に全宅連とGMOグローバルサインが共同で実施したアンケートによると、電子契約を利用した顧客の71.2%が好意的な反応をしめしています。しかし、現場では「電子契約は必要ない」とする意見も根強く残っています。

理由としては、「対面取引で十分」、「事前承諾が面倒」、「署名パネルの説明が負担」、「設備投資が負担」などが挙げられています。

業務でパソコンは活用する時代において、契約書や重要事項説明書を契約当事者へ事前に郵送し、Web会議システムで説明う方法であれば大きな設備投資は不要です。

それでもIT重説が進まない背景には、「本人確認の難しさ」があると考えられます。

対面取引の場合、提示された書類の真贋を目視である程度判別可能ですが、カメラ越しに免許証等を提示される非対面取引では、即座の判別が困難です。

この点について、国土交通省が令和元年7月に公開した「ITを活用した重要事項説明に係る社会実験のためのガイドライン概要」では、「公的な身分証明や第三者が発行した写真付きの身分証で行うことが想定される」と記されていますが、具体的な方法について詳細が示されていません。

非対面での本人確認の際、カメラ越しで免許証を提示させることにより、確認自体は行ったとされるものの、なりすましを防止する観点からは不十分です。リスクを軽減するためには、電子署名法や公的個人認証法に基づく方法を活用することが推奨されます。

なお、電子契約サービスには基本料金と契約締結ごとの従量課金が発生し、目安として基本料金が1~10万円、従量課金が1契約あたり100~200円です。

電子契約には、収入印紙が不要である点や、遠方との取引における移動コストを削減できるといったメリットはあります。しかし、システム導入コストや事前承諾の煩雑さ、さらに担当者に求められるITスキルや電磁的方法に関する知識の必要性が、導入の進みにくい一因となっています。

なりすましによる被害は、現在進行形で発生している

本人確認の厳格化が進んだことにより、不動産に関する「なりすまし事案」は減少傾向にあるとされていますが、なりすましによる事件は依然として発生しています。国民生活センターによると、SNS上で著名人になりすました広告から投資を勧誘され、被害にあった消費者からの相談が、前年対比で約9.6倍に増加したと報告されています(PIO-NET:全国消費生活情報ネットワークシステム累計)。

このような「なりすまし詐欺」は不動産取引でも見られ、実際に令和3年10月の東京地裁判決では、なりすましを見抜けなかった媒介業者に対する損害賠償責任を認めた事例が確認できます(東京地裁 令和3・10・27 ウエストロー・ジャパン)。

この事件は、なりすまし犯に売買代金を搾取された買主(媒介業者)が、取引に関与した媒介業者に対して損害賠償を求めた事案です。判決では買主にも相応の落ち度があるとして請求額の7割を過失相殺し、残り3割について媒介業者に損害賠責任があるとしました。

事件の概要は以下の通りです。まず、一人目のなりすまし役は元某市長を名乗る売主の知人(なりすましA)でした。売主側を担当した媒介業者Y1(被告)は、なりすましAから物件の説明を受けています。一方、買主側を担当した媒介業者Y2(被告)は、Y1から得た情報をもとに、買主(原告・宅建業者)に購入の打診を打診しました。

媒介業者Y2(被告)は本人確認のため登記簿に記載された売主宅を訪問しましたが、Y1から「奥さんに知られれば話が流れる」と聞き及んでいたことから直接訪問せず、郵便受けに売主の名前が記載されていることを確認して帰りました。

また、決済時に司法書士が売主(なりすまし役B)に土地の取得時期や前住所を質問したところ、答えられませんでしたが、娘の名前や生年月日は正しく答えたため、本人確認が完了したと判断して取引が進められました。

その際、売主(なりすまし役B)は運転免許証を提示し、印鑑証明書や登記済証も提出しましたが、いずれも精巧に偽造されており、一見して不審な点はなかったようです。しかし、法務局での移転登記申請は却下されました。

裁判所は、なりすましを疑う事情がある場合には、媒介業者は書類だけではなく、下記図のような方法により調査する義務があることを指摘しました。

この事件では、物件価格が1億8,240万円と高額であり、媒介業者に命じられた3割の損害賠償額は4,572万円に上りました。近年では、偽造書類の精度が高まっており、外観だけで真贋を見極めるのは難しいとされています。しかし、日頃から偽造防止措置について学び、必要な確認で続きを徹底することで、リスクを軽減することは可能です。

なりすまし犯の特徴を把握して、不審事由を見破る

「なりすましを見破るにはどうすれば良いか?」と質問されることがありますが、「勘」に頼るだけではなく具体的な観察が重要です。

本人確認書類の精査はもちろん、交渉時の言動や回答内容に矛盾がないかを見極める必要があるのです。なりすまし事件には共通して疑しい特徴が見られるため、以下のような点に注目する必要があります。

◯決済を急ぐ(急ぎで現金が必要などの理由)。
◯契約や決済日時を突然変更する。
◯売主とすぐに会えない(体調不良などを理由に、親族や代理人が交渉窓口となる)。
◯当然に答えられるはずの質問に回答できない。
◯不自然に目を合わせない。
◯話している内容に矛盾がある。
◯冷や汗や滑舌の悪さなど、顕著に不審な症状が見られる。

これらの不審な点が確認される場合には、真贋の裏付け調査を行う必要があるのです。

まとめ

今回はなりすまし被害を防ぐための本人確認について解説しました。媒介業者に求められる本人確認の範囲についてはさまざまな様々な見解もありますが、裁判例から、善管注意義務(善良なる管理者の注意義務)が課せられていると分かります。

善管注意義務は、「自身の物を扱うときと同様の注意」と誤解されがちですが、それは「注意義務」です。善管注意義務は、「当該職として通常要求される程度の注意義務」ですから、細心の注意を払う必要があるのです。

この観点により、不動産業者は本人確認に際し、プロフェッショナルとしての目線で真贋を慎重に見極める責任が求められるのです。

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