【法の曲解はNG!】立退き請求に必要な正当事由と法的根拠について

「老朽化したアパートを取り壊したい。そのため、住人の立ち退き交渉をお願いしたい」との依頼は、不動産業の従事者であれば一度は経験する可能性の高い相談です。

ただし、報酬を得て立ち退き交渉が行えるのは、弁護士または法務大臣から認定を受けた「認定司法書士(報酬上限あり)」に限られます。したがって、無資格者がこれを行えば、弁護士法第72条で規定された「非弁行為(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)」とされます。非弁行為の罰則は、弁護士法第77条第3号で「二年以下の懲役又は300万円以下の罰金」とされていますから、迂闊に手を出してはならないのです。

しかし、実務上、不動産業者が立ち退き交渉を行うケースはよくみられます。実際に筆者も複数回、立退き交渉を手掛けています。非弁行為とされないための注意点については、「不動産会社のミカタ」で記事を詳述していますので、そちらも併せてご参照ください。

話を戻しますが、不動産業者が立退き交渉を代理する場合、形式的には無報酬で行われます。つまり、報酬を得ていないため非弁行為に該当しないとの理屈です。

しかし、立ち退き後に媒介契約を締結して販売に関与する場合などは、間接的に報酬を得ているとみなさる可能性があるため、注意が必要です。

一方、不動産業者がオーナーチェンジで物件を取得し、所有者として自ら退き交渉を行う場合は、弁護士法の規定に抵触することはありません。ただし、借地借家法に基づく「正当事由」に関しては、不動産業者が所有者であることにより、通常よりも大きな説明責任が求められます。そのため、交渉が容易ではないのです。

ここでいう「正当事由」とは、建物の老朽化や耐震性の欠如など、入居者や近隣住民に危険が及ぶ可能性が高い場合や、所有者に建物を使用する必要性が認められる場合に限られます。

さらに事由の判断は、賃貸借契約の経過、建物の利用状況や現況といった様々な事情を総合的に考慮して行われるべきとされているため、賃貸マンションを新築し、運用したいなどの利己的な目的が正当事由と見なされることはありません。

したがって正当事由に乏しい場合には、財産上の給付、つまり、立ち退き料を支払って退去に応じてもらうことが多いのです。しかし、所有者は経費を抑えたいとの思いが強いため、可能な限り正当事由に基づく立退きを目指す傾向があります。

そのため、入居者が法律知識に乏しい場合には、「こちらには正当事由があるので、退去に応じる必要がある」などと説明し、引っ越し代程度の支払いで交渉を進めようとするケースも見られます。また、「正当事由があるので訴訟も辞さない」と強気な発言をする例もありますが、事実として正当事由が存在していない場合、こうした発言は刑法第222条で規定された「脅迫罪」に該当する可能性があります。さらに、法律で認められない主張による訴訟の提起は、いわゆる「スラップ訴訟」とされるリスクも伴います。

先日の2024年11月7日、不動産会社が新宿区のアパートに居住する女性に対して立ち退きを求めた建物明渡し請求訴訟の控訴審で、東京高裁は一審判決を支持し、原告の請求を棄却しました。

この判決における裁判所の正当事由に関する判断は、不動産業に携わる私たちにとって非常に参考になるものです。今回は、この判決の争点と概要について解説するとともに、立ち退き交渉における正当事由について考察します。

裁判の概要

先述した裁判の概要については、東京都新宿区にある地域生活支援ホーム「やまぶき舎」が運営している「柿の木訴訟を支える会」ホームページで確認できます。

「柿の木訴訟」を支える会

サイトでは、原告の不動産会社や代表者名、経歴についても記述されていますが、今回の解説においてそれらは主要な要点ではないため、割愛します。

まず、2022年5月30日に原告は「従前からの賃貸借契約の承継」という前提、つまりオーナーチェンジとして売買契約を締結しました。そして、6月2日に原告の社員が入居者宛に「連絡したいことがある」旨の文章をポストに投函しています。その後、入居者は「11月に取り壊し予定しているため、退去をお願いしたい。ついては、転居先などについて面談のうえ相談したい」と電話で告げられました。

6月13日には代理人も交えて協議が行われ、その場で原告渉外担当者は「11月までに取り壊すことは社の決定であり、撤回はしない」と説明しました。この協議内容は、乙1号証として被告側から録音記録が提出されており、YouTubeにも字幕付きの静止動画として公開されています。

立退き交渉の参考として、実際の録音内容を視聴されることをお勧めします。

筆者がこの音声を聞いた印象としては、原告渉外担当者が正当事由とした「建物の老朽化」については具体的な証拠が一切示されておらず、正当事由を主張するにしては準備が不足していると感じました。

そもそも、「建て替えが会社の方針や決定である」との主張は、一方的な都合です。それが正当事由と認められることはありません。

交渉の前提として、借地借家法を遵守したうえで行う必要があるのです。さらに、賃借人に寄り添いながら、正当事由の有無についても具体的に説明する姿勢が求められます。

生活の拠点である住まいを一方的に追われる方々の気持ちを理解して交渉に臨む必要があるのです。この視点に欠けていればトラブルが発生するのは必然です。

この事案でも協議後は、電話や内容証明郵便のやり取りが続きましたが、合意には至らず、最終的に賃借人代理人のもとへ「次回の契約更新の拒絶と建物明渡し請求」との訴状が届きました。

2024年1月31日に東京地裁で第一審の判決が下され、原告の請求が棄却されます。訴訟の焦点は、借地借家法に基づく正当事由の有無でしたが、裁判所は次の理由で正当事由とは認められないと判断しました。

◯原告は当初から取り壊しを前提として物件を購入している。
◯取り壊し後の具体的な計画については主張や立証がない。
◯原告が自己で使用する可能性は低い
◯原告は本件建物に建築基準法令上の不適合箇所があると主張するが、被告(賃借人)を退去させる具体的な根拠とは認められない。

この棄却判決を受け、原告は控訴しましたが、先述の通り、第二審でも請求は棄却されました。

「柿の木訴訟を支える会」ホームページには、東京高裁の第二回口頭弁論で原告の代理人弁護士が以下のような陳述をしたと記されています。

◯原告は本件不動産事業において銀行に数十億円の融資を申し込んでいたが、「柿の木訴訟を支える会」の活動により融資が否決された。

◯この結果、資金計画が頓挫し、事業計画の大幅な変更が余儀なくされている。数十億円規模の計画が頓挫した影響は控訴人にとって甚大である。

こうした主張は、たんなる原告の都合です。正当事由を補完する内容であるとは到底思えません。

安易に立退き交渉を引き受けるべきではない理由

先ほど、YouTubeの字幕付き静止動画の視聴を推奨した理由は、原告側渉外担当者が借地借家法の規定を十分に理解しないまま交渉を行っており、その一方で、被告側の無償代理人は法律に精通しており、論点も整理されているので学ぶべき点が多いからです。

物事は法の定めだけでは解決できません。法的に問題はないと主張しても、相手が納得しないことは多々あります。たとえば、新築高層マンションの建築計画に対して、近隣住民が日照権や眺望権を主張して反対するケースは典型です。建築計画自体は建築基準法やその他の法令を遵守していても、終日の日照を享受してきた住民が日影規制に基づく最低限の日照時間だけで納得できないのは無理もありません。

このような感情を無視して計画を進めると、問題は深刻化します。立退き交渉も同様で、建て替えを前提に物件を購入するのは非難されませんが、「賃借人を簡単に退去させられる」と思い込んでいれば問題です。賃貸借契約の解除や更新拒絶に必要な正当事由が、簡単には認められないからです。従前からの物件所有者であれば老朽化による建て替えの正当性が認められる可能性はありますが、新たに所有者となった者が正当事由を認められる可能性は低いのです。

熟練した交渉者であれば、問題を生じさせずに短期間で交渉を成立させることも可能です。しかし、彼らは事前に入居者に関する調査を徹底的に行い、賃借人の立場に寄り添いながら丁寧に交渉を進めます。準備もなしに、いきなり立退きを請求するような交渉は行いません。

立退き交渉は高度な専門知識と慎重なアプローチが求められます。また、宅地建物取引業者は報酬を得て立退き交渉を行うことはできず、さらに、代理人としてではなく所有者のメッセンジャーとしての役割に限定されます。これらの理由から、立退き交渉を安易に引き受けるべきではないのです。

法の曲解には要注意

「出るところへ出ても構わない」、「訴訟も辞さない」、「次は法定で会いましょう」—まるでドラマや映画のセリフのようですが、これらは交渉が決裂した際に実際に耳にする言葉です。場合によっては、こちらから「法の定めに従って、粛々と対策を講じます」と伝える場合もあるでしょう。

古来のローマ法の時代から、「人は自らの約束(意思)に基づいてのみ拘束される」という思想があり、これは「私的自治の原則」として日本の民法にも反映されています。つまり、あらゆる場面での契約や合意は当事者間の意思に基づく「契約事由の原則」に従って行われるのです。しかし、契約や合意に伴うトラブルで当事者間の折り合いがつかない場合には、共通のルールである民法やそのた法令に基づき判断する必要があります。

これらのルールは、時に曲解され、悪用されることがあります。冒頭で触れた、法律上は認められない主張に基づく訴訟、いわゆる「スラップ訴訟(恫喝的訴訟)」はその典型で、目的は嫌がらせにほかなりません。

たとえば、相手の言論や活動を威圧するほか、金銭や時間・労力の消費を目的に提訴しているのです。また、提訴には至らなくても、法律に不案内な相手に対して曲解した法解釈を振りかざして意図を通そうとするケースも少なくありません。「正当事由があるのだから、あなたは立ち退く必要がある」などと、正当事由の具体的な説明をせずに「法の定めだ」と一方的に立退きを迫る行為は、相手の無知につけこんだ詐欺的行為といえるでしょう。

不動産業者には遵法精神が求められます。インターネットなどで得た情報のうち都合の良い部分だけを引用し、権利の行使は当然などと曲解してはなりません。正しく法を正しく理解し、裁判例などを参照したうえで適切に対応することが求められるのです。

まとめ

今回は裁判事例を通じて、立退き交渉時に留意すべき「正当事由」を中心に解説しました。

「立退き料を支払えばすぐに立退かせられる」と誤解する賃貸オーナーも見受けられますが、実際はそれほど単純な話ではありません。確かに財産の給付は正当事由の一つとなり得ますが、これは賃借人が正当事由に基づき退去に合意することを前提とし、その退去に伴う移転費用などを補償するための金銭にすぎません。

立退き交渉において重要なのは、正当事由を精査したうえで賃借人の退去意思を確認することです。

不動産業者はその業務の性質上、立退きに関する相談を受ける機会が多くありますが、立ち退き交渉は簡単には進まないことを理解し、適切にアドバイスする姿勢が求められます。

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