先日、知己の投資家から「人口減少が進展していく現状を鑑みれば、今後の不動産投資は控えようと思う。この考えは正しいか?」との質問を受けました。この問に対しては、一概に正誤の判断ができません。
不動産投資の成否は、投資対象の場所やエリア、人口動態、将来性、インバウンド需要、そして政府の施策といった多角的な要素に基づき総合的に判断する必要があるからです。
例えば、日本全体の人口は減少傾向にありますが、実は、「世帯数」は増加しているという事実をご存じでしょうか。
厚生労働省は世帯を、「住居及び生計を共にする者の集まり又は独立して住居を維持し、もしくは独立して生計を営む単身者」と定義しています。近年、夫婦や子を中心とする核家族世帯は減少していますが、一方で単独世帯数は増加しており、これが世帯総数の増加に寄与しています。
特に都心部では単身世帯向けの賃貸需要が高まっているのです。地方では空家問題が深刻化している一方で、都心部では住宅供給不足が続き、賃料の上昇を招いているケースも散見されます。
このように、人口動態だけでなく、エリアごとの需要と供給のバランスも投資判断において重要な指標になるのです。
「この辺りは将来的に値上がりするか?」という質問は、私たち不動産業者が頻繁に受けるものです。しかし、ことの問に対し感覚だけで返答してはなりません。投資について助言する場合、公開データを活用して具体的な根拠を示す必要があるからです。
人口減少時代における不動産投資は、「人口が減るから危険」という短絡的な考えで結論付けるのではなく、データに基づく多角的な視点が必要です。
そこで今回は、総務省による「国民生活基調調査」や国立社会保障・人口問題研究所による「日本の世帯数の将来推計」などの公開データを参考に、不動産業者が相談に応じる場合に必要な基本となる考え方と、分析力の重要性について解説します。
世帯数の増加とエリア特性
国勢調査の最新データ(2019年:令和2年)によれば、日本の人口は前回調査(2015年)に続き、年平均0.15%の割合で減少しています。
しかし、都道府県別で見ると、39都道府県で減少している一方、東京都、神奈川県、大阪府、愛知県、埼玉県、千葉県、兵庫県、北海道では人口が増加しており、特に政令指定都市でその傾向が顕著です。いわゆる「一局集中」が進んでいる状況です。
出生率の低下に歯止めがかからない状況下において、人口減少は避けられません。しかし、1世帯当たりの人員が減少している一方で、世帯数、とりわけ単独世帯は増加しています。
この背景にはライフスタイルの変化があります。具体的には、独居高齢者の増加、晩婚化、生涯未婚率の上昇、離婚率の増加などが挙げられます。
もっとも、国立社会保障・人口問題研究所の試算によれば、単独世帯の増加も2036年をピークに緩やかに減少へ転じると予測されています。
ただし、政令指定都市への人口集中が続いていることを考慮すれば、エリアによって減少率が緩やかになるだけではなく、場合によっては増加に転じる可能性もあるでしょう。また、若年層の所有意欲の低下が顕著であることから、特定エリアでは単独世帯向けの賃貸物件需要が引き続き堅調であるとの推測もできます。
以上のように、マスコミでよく報じられる「人口減少により賃貸需要は枯渇する」との論点は、すべての地域に当てはまるものではなく、偏りのある主張に過ぎないのです。
不動産投資に関する相談に応じる場合には、核家族世帯の減少や単身世帯の増加、地方と都市部の需要と供給のバランス、賃料相場の傾向などを総合的に判断し、適切な提案を行う必要があるのです。
データを読み解くための基本的な視点
不動産投資相談や将来的な資産価値について言及する際、感覚や経験だけで判断を提供するのは避けるべきです。客観的なデータに基づく分析が欠かせません。
不動産業者が活用すべき公開データとして、以下のようなものがあります。
●国勢調査(総務省統計局)
5年周期で実施される最も重要な統計調査で、地域ごとの性別、世帯構成、就業や就学状況、仕事属性など詳細な人口動態について把握できます。
●住民基本台帳人口移動報告(総務省統計局)
住民基本台帳に基づき、国内の人口移動が月単位で記録されています。地域への移住や転出のトレンドを把握する際に活用できます。
●住宅・土地統計調査(総務省統計局)
5年ごとに実施され、住宅とそこに居住する世帯状況の実態が明らかにされています。空家問題や地域別住宅需要の傾向を分析するための重要なデータです。
●全国家計構造調査(総務省統計局)
家計の収入、支出、貯蓄・負債、耐久消費財、住宅・土地といった家計資産を5年ごとに調査しています。住宅所得能力や市場の購入力分析に活用できます。
●国民生活基礎調査(厚生労働省)
保健、医療、福祉、年金、所得など国民生活に関わる基礎データが提供されています。高齢者世帯や単独世帯の増加トレンドを把握するために有効です。
●将来推計人口・世帯数(国立社会保障・人口問題研究所)
地域ごとの世帯数や世帯構成の将来予測が提供されています。例えば、単身世帯の増加が見込まれる地域であれば、ワンルーム需要の増加に期待できるなどと判断できます。
●住宅市場動向調査(国土交通省)
住み替えや住宅取得状況、資金調達方法について毎年調査されています。住宅購入資金の調達状況やローン需要の傾向を分析するのに役立ちます。
これ以外にも将来的な資産価値の推測に役立つビッグデータは数多く存在していますが、どのようなデータを収集しても「活用」できなければ意味がありません。そのため、以下のような「分析視点」が重要です。
1. 変動の背景を理解する
例えば、都市部や観光地で単身世帯や外国人労働者向け住宅需要が増加する背景には、就労環境や観光産業の成長が影響している場合があります。その場合、空家をシェアハウスとして活用するなど、データを活用した提案が有効です。
2. 減少エリアのリスクと対策
地方では人口減少により空室リスクが高まる一方、移住支援政策やリノベーションで需要が喚起される事例もあります。公開データを基に各エリアの現状と将来予測を分析することで、説得力のある提案が可能となります。
3. 世帯構成とライフスタイルの変化を読む
単に人口や世帯数に着目するだけではなく、世帯構成やライフスタイルを考慮する必要があります。例えば、次のような視点です。
●単身世帯や高齢単身者が増加している場合
コンパクトな賃貸物件やサービス付き高齢者向け住宅の需要が増加する可能性はあります。ただし、行政支援や世帯年収、賃料相場などの情報を収集して総合的に判断する必要があります。
●若年層が増加傾向にある場合
所有から利用へのシフトが進む中、分譲販売は悪手です。若年層向けの賃貸物件供給を検討する必要があります。
このような提案を行う際には、利用した統計データの出展や調査年を明確に示し、最新のデータを活用することが重要です。適切なデータに基づいた分析と提案により、クライアントの信頼性が高まります。
不動産業者の役割
インターネットの普及や各種情報公開制度の拡充、生成AIの進展、SNSの利用者増加により、知識格差の弊害は次第に解消されつつあります。しかし、提供される情報の中には、その真偽が不明確なものや、専門知識がなければ正確に理解することが難しいものも多く含まれます。
不動産取引は、その性質上、高度な専門性を必要とし、特に分析能力が求められる分野です。とはいえ、統計学の基礎知識を持ち、適切な分析を行える不動産業者は限られています。その希少性ゆえ、深い知見を持つ不動産業者はクライアントから高い評価を受け、引く手数多となるのです。
現代の情報社会において、不動産業者に求められるのは、単なる情報提供者ではなく、クライアントに信頼されるアドバイザーであり、問題解決のパートナーとしての役割です。
以下に、その具体的な役割を挙げます。
1. 情報の選別と価値づけ
膨大な情報の中から、信頼性が高くクライアントに有益なものを選び出し、その価値を適切に伝える能力が必要です。
2. 高度な分析力
公開統計データや市場動向を活用し、不動産の資産価値や需要予測を的確に行う能力が求められます。そのためには、統計学やデータサイエンスの基礎知識を学び、クライアントにわかりやすい形で説明できるスキルを磨く必要があります。
3. クライアント目線の提案力
情報やデータの分析に基づき、クライアントの状況や目的に応じた最適な提案を行う能力が求められます。たとえば、資産形成を重視するクライアントには長期的な視点でアドバイスを提供し、移住希望者には地域特性やライフスタイルに即した選択肢を提示することが重要です。
4. 信頼の構築
長期的な視点に基づけば、やがて衰退を余儀なくされる不動産業界においてリピーターの確保は重要課題です。そのため、従来型の単発取引で終わる関係性を見直し、継続的な関係性を築くことが重要です。誠実な対応と透明性の高い情報提供を心がけることで、リピーターや紹介を通じた信頼の輪を広げられます。
5. テクノロジーの活用
AIやビッグデータ解析ツール、最新のマーケティング手法を活用し、業務効率化やクライアントの満足度向上を目指す姿勢が不可欠です。これにより、迅速かつ正確な情報提供が可能になります。
このように、不動産業者は単なる取引の仲介者にとどまらず、データ活用と専門知識を駆使して、クライアントの目標達成を支援する存在へと進化する必要があります。他社との差別化を図り、社会に貢献する不動産業者としての地位を確立することが重要なのです。
まとめ
今回は、これからの時代に求められる不動産業者に必須な能力、とりわけデータ活用と分析力の重要性について解説しました。
近年、不動産査定では査定システムの利用が一般的となり、近傍同種の成約価格が簡単に抽出され、効率的に査定額を算出できるようになりました。これにより、査定業務において従来のように手作業で取引事例比較法や原価法、収益還元法を用いる機会は減少しました。その結果、不動産に関する用語や手法の基本的な理解だけで、熟練者と比較して遜色のない査定書が作成できるようになりました。
しかし、この利便性の裏側で失われているものがあります。それは、成約事例を自ら精査して分析する過程において培われる「洞察力」や「経験値」です。自らの手で物件の価値を見極めるプロセスは、不動産業者としてのスキルを築くものであり、クライアントへの提案や信頼関係の構築においても重要な役割を果たします。
実際、査定システムが提示する数値は、あくまで参考にすぎず、物件の特性や市場の微妙な変化を反映していない場合があります。その場合、個別性評価で調整すれば良いだけですが、成約事例の抽出をシステムに依存していた場合、適切な評価はなされていません。そのため、クライアントから根拠について詳細な説明を求められても対応できない可能性があるのです。
このように、データの活用は、単にシステムに頼るだけでなく、そのデータをどのように分析し、クライアントの問題解決に結びつけるかが重要です。不動産業界におけるテクノロジーの活用は今後ますます進展するでしょうが、それを使いこなすのはあくまで「人」です。
つまり、技術に頼る一方で、自身が持つべき専門性や経験がこれまで以上に重要となるのです。これからの不動産業者は効率性を追求しつつも、専門家としての判断力やクライアントとの信頼関係を深める努力を怠らない姿勢が必要なのです。
データ分析力だけではなく、幅広い知識と技術の融合を図ることで、他社との差別化を実現し、より高い付加価値を提供できる存在になれるでしょう。
業界全体が進化を続ける中で、変化に対応しながら専門性を高めていくことが不動産業者の生存戦略になるのです。