コンクリートスラブ内の横引き配管が破断して漏水事故が発生した場合、その責任が物件所有者にあるのか、それとも管理組合にあるのかについて、物件取引や管理の現場でもしばしば議論となります。
近年、新築分譲マンション価格の高騰に伴い、既存マンション流通市場が活性化しています。その影響で、買取業者が築古マンションを購入し、リノベーション工事を施して再販するケースが増えています。このような物件では、専有部分が新築同様に見映えも良くなりますが、共有部分は築年相応の状態です。そのため、スラブ内を横断する配管の劣化により、漏水事故が発生するリスクが懸念されます。
配管の寿命は材質、施工年代、設置条件によって異なりますが、一般的には15~40年程度とされています。共有部分の配管が老朽化した場合、管理組合が交換工事を行うべきですが、工事には多額の費用がかかります。筆者が把握した事例では、1戸あたり100万円以上の負担が生じたケースもあります。このような費用負担や管理規約の問題から、必要な工事が実施されていないケースが多いのです。
筆者は昨年末、築42年のリノベーション済みマンションを購入した方から次のような相談を受けました。
「入居後1ヶ月目に上階からの漏水事故が発生し、火災保険を利用して補修を行いました。補修業者によると、スラブ内の配管の劣化が原因とのことでした。駆体部分に手は出せないとのことで、応急措置にとどまり、再発に怯える毎日です。不動産業者からは共有部の劣化状況について何の説明も受けておらず、むしろ『フルリノベーション工事を実施しているため、新築同様に安心して生活できます』と言われていました。不動産業者に責任を追及することはできないでしょうか?」
相談のケースでは、販売業者に責任を問えるか、広告時や内覧時の説明に用いられた「フルリノベーション」という表現に問題がなかったかが論点となります。
今回は相談事例を基に、分譲マンションにおける専有部分と共有部分の境界、さらには不動産業者の説明義務について詳しく解説していきます。
リノベーションの定義
国土交通省はリノベーションを「新築時の目論見とは違う次元に改修すること」と定義しています。
この表現はやや難解に感じられるため、具体的な内容を要約すると、リノベーションとは、建替えを伴わずに内装を新築同等またはそれ以上に改修する工事を指します。これには、ライフスタイルに合わせた間取りの大幅な変更や、耐震性能、断熱性能を向上させる改修工事などが含まれ、総体的な付加価値向上の要素を満たす必要があるのです。
分譲マンションの場合、専有部分は壁や床、天井の内側、いわゆる内法面積の範囲です。このため、駆体に手を加える必要のある耐震性能の向上は困難ですが、壁の内側に断熱ボードを貼り付けることで断熱性能を向上させることは可能です(ただし、その分有効面積は狭くなります)。
一方で、間取りや設備機器の変更は自由に行えるため、定義どおりのリノベーション工事は分譲マンションでも実現可能です。しかし、実際にはクロスの張替えや一部住設機器の交換といった簡易的な工事が「フルリノベーション」として広告されている例が少なくありません。
本来、こうした工事は「リフォーム」と表現されるべきです。しかし、国土交通省によるリノベーションの定義が抽象的であることに加え、不動産業者の理解不足も影響し、根拠が不明確なまま使用されているのが現状です。
景品表示法では、優良性や有利性について誤認させるような不当表示が禁止されています。また、宅地建物取引業法でも誇大広告が規制されています。そのため、リフォーム工事をリノベーションと称して広告する行為がこれらの規制に抵触する可能性があります。
例えば、先述した『フルリノベーション工事を実施しているため、新築同様に安心して生活できます』という勧誘表現が事実に反する場合、これらの法律に違反するリスクがあります。
また、不動産公正競争規約では、広告時に工事内容を正しく記載することが求められています。
リノベーションの定義を正確に理解し、それに基づいた適切な広告表現や勧誘を行うことは、不動産業界に携わる者としての責任です。特に、中古物件の再販市場が活性化する中で、顧客に誤解を与えないよう十分な注意が必要です。誤解を招く表現は法律違反のリスクだけではなく、顧客からの信頼を失う要因にもなるのです。
専有部分の境界
新築マンションの販売広告やパンフレットでは「壁心面積」が記載されています。これは、建築基準法施行令第2条第1項第3号で建築確認申請時に用いる床面積の算出方法として「壁芯」を採用することが規定されているためです。また、新築物件は未完成の段階で販売が開始されるため、内法による計算ができないという事情もあります。
一方、不動産登記規則第115条では、区分所物件建物の表題登記における床面積について「壁その他の区画の内側線で囲まれた部分の水平投影面積」と定めています。これが、いわゆる「内法面積」です。
分譲マンションの所有権は、登記によってその存在が証明され保護されます。そのため、区分所有所有者は、登記簿に記載された内法面積の範囲内で権利を行使し、かつ責任を負うことになります。
しかし、販売広告に関しては考え方が異なります。
「不動産の表示に関する公正競争規約」では、第15条第6号で以下のルールが定められているからです。
2. ただし、中古マンションについては「内法による床面積」を表示しても良い。
3. 2を採用する場合には、「登記面積」である旨を明記する。
つまり、中古マンションを販売する場合には、壁芯と内法、どちらを表示しても差し支えないということです。
ご存じのように壁心と内法面積では5~8%の差が生じます。そのため、実質的な有効面積を考慮すれば、内法面積を提示する方が顧客にとって分かりやすい可能性があります。
専有部分と共有部分の責任範囲
分譲マンションの所有権は内法面積に基づいて登記されるため、所有者の権利が及ぶのは専有部分(内法部分で囲まれた範囲)に限定されます。
これにより、配管の破損による漏水事故の責任範囲は以下のように区分されます。
◯共有部分(コンクリートスラブに埋設された横引き配管)
管理組合の責任
◯専有部分(スラブから立ち上げられた配管)
物件所有者の責任
平成12年3月21日の最高裁判所第三小法廷判例(建物共有部分確認等請求事件)では、スラブを貫通した配管は専有部分に該当せず、共有部分と判断されました。この判例により、スラブ内の配管は管理組合が責任を負う範囲であることが明確化されたのです。
具体的に裁判所は、「コンクリートスラブを貫通して階下の天井部分に配された配管を点検、修理するには原告の部屋から実施するほかなく、実質的に不可能」と判断し、この方式の配管は区分所有法(建物の区分所有等に関する法律)第2条第4項で規定された専有部分には属さず、区分所有者全員の共有部分に当たるとしたのです。
しかし、責任の範囲が明確になっても、配管の点検や修理、老朽化した場合の交換工事が適切に実施されているかは別の話です。
特定非営利法人「全国マンション管理組合連合会」が平成29年2月に公開した「マンション専有部分等の配管類変更により再生事例調査報告書」によれば、共有部の配管更新が進んでいないことを確認できます。
理由として以下の要因が挙げられています。
1. 物理的な制約
断水や排水不可など住民への負担が生じる。
2. 費用負担の問題
上下水管の更新工事では1戸あたり100万円以上の費用が必要とされる場合がある。
3. 合意形成の問題
更新費用は修繕積立金の取り崩しや、一部を各戸負担することで賄われるのが一般的です。しかし、実施に際しては、区分所有法では「普通決議」で良いとされる一方、管理規約で「特別決議」が必要とされる場合もあります。特に各戸負担とする場合には特別決議が求められることも多く、その際には区分所有者総数の4分3以上の賛成が必要です。また、高齢化が進んだマンションでは住民間の経済状況や認識の差が大きく、合意形成が難航するケースも少なくありません。こうした場合、管理組合が住民説明会やアンケート調査を行い、住民の声を反映させる取り組みが重要となります。
報告書では費用について、「更新工事別項目類型」を掲載し、その根拠としています。
配管の寿命は材質や施工年代、設置条件によって異なりますが15~40年とされています。リノベーション工事により内装が刷新されていても、共有配管が寿命を超えている可能性があり、それにより問題が発生する可能性があるのです。
不動産業者の説明義務
配管のメンテナンスや更新の状況について、媒介業者が重要事項説明時に説明を義務付とされるのは、「1棟の建物の維持修繕の実施状況」の記録が存在する場合に限られます。
そのため、修繕記録が存在しないことを確認した場合には、その照会をもって調査義務を果たしたと見なされます。
冒頭で紹介した事例では、相談者が「不動産業者からは共有部の劣化状況について何の説明も受けていない」と主張しています。
確かに、管理組合が共有配管の劣化状況を調査し、その結果を基に更新工事を行って維持修繕記録を残している場合は説明義務が生じると解されますが、不動産業者が共有部に配管の劣化状況を独自に調査し、その結果を説明する義務までは負いません。
記録が存在していない場合には、重要事項説明書にその旨を記載し、購入者から質問があった場合も、「記録が存在しないためお答えできません」と回答することで、説明義務を果たしたことになります。
国土交通省が公表している「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」においても、規則第16条の2第9号関係で、媒介業者が確認すべき範囲を明確にしています。
適切に管理された分譲マンションは、駆体寿命が100年以上とされるケースもあります。しかし、快適な生活を維持するためには、共有配管を含む建物全体のメンテナンスが適切に実施されていることが不可欠です。
「マンションは管理を買え」という言葉がありますが、その意味は管理組合や管理会社の対応だけではなく、適切なメンテナンスが行われているかどうかを見極める重要性を示唆しています。不動産業者が適切な情報を提供し、顧客が維持修繕の実施状況も含め専有部分の状態を確認することで、安心した取引が可能となるのです。
まとめ
今回、共有部分の配管破損による水漏れ事故の責任所在について解説したのは、年末に同様の相談が2件寄せられたためです。
どちらのケースでも営業担当者が「フルリノベーション済みなので、新築同様に安心して生活が始められる」と説明していた点が共通していました。
確かに、内装や設備機器が刷新されていれば、新築同様といえる部分もあります。しかし、マンションの場合、戸建てとは異なり、共有部分の修繕計画や実施状況が快適性の維持に大きく影響します。この点を正しく理解してもらうための説明が不足していると、購入者に誤解を与える可能性があります。
相談者の一人は、「これからのことを考えると売却を検討したい」と相談され、簡易査定を行ったところ、購入価格から500万円以上(購入からわずか2年)下落する結果となりました。物件購入は最終的に購入者自身の判断ですが、このような状態は非常に残念です。
私たち不動産業者には、物件の魅力だけでなく、共有部分の管理状況や修繕計画の実施状況を確認し、必要に応じて将来的なリスクについて説明する責任があります。この責任を果たすことで、購入者に信頼される不動産業者としての価値を高め、双方にとって満足度の高い取引を実現することが可能になるのです。