不動産業界は、これまで男性中心の業界とみなされることが多い業態でしたが、近年その様相が少しずつ変化しています。
公益社団法人不動産流通推進センターが公開している「2023年不動産業統計集」によると、不動産業への女性就職比率(4年制大学卒業者)が増加傾向にあることを確認できます。
ただし、不動産営業職における4年制大学卒業者の割合や新卒者の比率に関する詳細なデータが公開されておらず、かつ労働力調査においても業態別男女比率の詳細が公表されていないため、女性の不動産営業職が増加していると断定はできません。
さらに、不動産業者の9割以上が従業員10名以下の中小企業である現状を踏まえると、統計データだけで業界全体の変化を判断するには慎重さが求められます。しかし、保証協会が主催する法定研修参加者の顔ぶれを見ると、年を追うごとに女性が増えている印象を受けます。
不動産営業は、残業が多い、拘束時間が長い、ノルマが厳しいといった理由で女性に敬遠されがちな職種です。しかし、住宅購入時に最終的な決定権を持つのが配偶者や子どもである場合が多いことを考えると、決定権者のニーズに寄り添った提案ができる女性営業職は大きな強みを持っています。例えば、キッチンの配置や使い勝手、家具のレイアウト、ゴミステーションまでの距離や近隣に関する細やかな説明が求められる場面では、女性特有の視点や気配りが高い評価を得られることが多いのです。
近年、不動産業界においてもダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包括性)を推進する動きが加速しています。この流れは単なる企業の社会的責任の一環にとどまらず、企業の競争力向上、新たなビジネスチャンスの創出にも寄与すると考えられています。
特にDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展が進む不動産業界においては、女性ならではの視点や柔軟なアプローチが、新たな価値を創出するきっかけとなるのです。
今回は、不動産業者がダイバーシティとインクルージョンを進めるために必要な施策を紹介するとともに、女性の活躍を促進することで業界全体が得られる利益について考察します。
意識改革と環境整備が重要
不動産業界において女性の参画を増やすためには、まず女性が働きやすい環境を整える必要があります。これは女性に限らず、全従業者にとっても共通の課題です。
特に、不動産業では小規模事業主が多く、従業者が少ない職場では「社長の判断が全て」という風潮が見られます。労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する使用者に対し、就業規則の作成と行政官庁への届け出が義務付けられています。しかし、不動産業者の多くは10名以下であるため適用外とされているのが現状です。
労働基準法を雇用者と被用者の共通ルールとするなら、就業規則は労働時間、賃金の支払い、休息時間、有給、社員の健康に関する事項などを具体的に定めた重要なルールです。
したがって、法的義務が科せられていなくても作成しておく必要があるのです。
しかし、就業規則が存在していても、それが適切に運用されなければ意味がありません。たとえば、有給休暇は正社員、パートを問わず、一定の要件を満たした労働者に与えられる法的な権利です。
労働基準法第39条第1項5号で有給休暇は、「労働者が請求する時季に与えなければならない」とされており、これにより労働者が申請理由を明らかにする必要はないと解されています。また、同法第136条の定めに基づき、有給休暇を取得した労働者に対して賃金の減額その他不利益な取扱をすることが禁じられています。
しかし、現実には「忙しいから有給は認められない」、「他の社員が頑張っているのに、どういうつもりだ」といった理不尽な対応を受けることが少なくありません。さらに、有給休暇は労働者の権利だと反論しようものなら、「権利を主張する前に義務を果たせ! 今月君の売上は……」と返されます。このような職場環境は、法令遵守の意識が欠如している典型といえるでしょう。
環境整備のためには、まず経営者や管理職がコンプライアンスを徹底し、意識改革を行うことが不可欠です。採用時点から性別にとらわれない平等な評価基準を導入し、女性社員が昇進しやすいキャリアパスを設計することも重要です。
また、「労働時間=成果」という誤った認識を改め、効率的かつ成果を重視する働き方を推進することが求められます。
特に、過剰な残業を強いる職場では、従業員が上席や同僚の顔色を窺いながら無意味な労働に付きあわされることが多く、これがモチベーションやパフォーマンスの低下を招きます。こうした問題を解消し、全従業員が働きやすい環境を整えることが、ひいては女性の活躍を後押しする鍵となるのです。
柔軟な働き方は不動産営業との親和性が高い
前項で解説したように、女性が活躍できる環境を作るためには、職場環境の改革が不可欠です。男性中心の企業文化が根強く残っている企業では、女性社員の活躍できる場面が限られてしまいます。
そのため、管理職や経営陣が率先してダイバーシティとインクルージョンの重要性を強調し、実際の業務に反映させていくことが重要です。たとえば、会議の際に性別や年齢にとらわれず平等な発言機会を与えることが、意識改革の一環として有効です。このためには、差別的な発言や抑圧的な行動を抑止するための研修を実施することが効果的です。こうした取組を通じて、職場内での相互理解が深まり、全社員が安心して働ける環境が整います。
そもそも、不動産会社が営業職に求めるのは成果です。
コンプライアンスを遵守し、トラブルを防ぐ配慮は必要ですが、長時間事務所に滞在してデスクワークを行う営業より、どこにいても確実に契約実績を積み上げる営業を企業は高く評価します。
このような観点から、不動産営業はテレワークやフレックスタイム制度との親和性が高いといえるでしょう。
さらに、このような制度の導入は、女性社員を登用するためには欠かせない取組です。育児や仕事を両立させることが可能となり、結果的に女性社員の増加に繋がるからです。
加えて、育児休暇や介護休暇など、ライフイベントに対応する制度を強化することは、社員の忠誠心を高め、離職率の低下に繋がります。このような取組の結果、企業の魅力が高まり、優秀な人材確保に期待できるのです。
成功の鍵は多様性を活かしたチーム作り
不動産営業は、その業務の多くを個人で担当する傾向が強い業態です。営業職に求められるスキルは、宅地建物取引業法を始めとする法的知識、取引実務、税務、金融、建築など幅広く、そのため、即戦力となる人材が必要とされます。
不動産業者の多くは10名以下の小規模事業で構成されているため、限られた人員で効率的に業務を回すために即戦力が求められるのです。
しかし、業界に必要な知識やスキルを身につけるのは時間がかかります。そのため、個人への依存が高くなると、社員の離職が収益に直結してしまうリスクも大きくなります。そこで、個人に依存せず、業績を安定させる方法を模索する必要があります。この点が、ダイバーシティを導入する理由です。
ダイバーシティを進めるうえで重要なのが「多様性を活かすチームづくり」です。
異なるバックグラウンドや価値観を持つ人々をチームに迎え入れることで、イノベーションを生み出す土壌を作り上げるのです。さらに、異なる視点や意見が交わることで、より創造的な解決策が生まれ、顧客に対して多角的かつ魅力的なサービスや提案が可能となり、他社との差別化を図ることができます。
また、Z世代やミレニアル世代がやがて取引の中核を担うようになり、地域や社会のニーズもますます多様化しています。このような時代の変化に対応し、業績を上げ続けるのは個人で難しいため、多様性を活かしたチームによる営業活動が重要となるのです。特に女性の感性や柔軟なコミュニケーション能力を活かすことで、変化に対応する力が強化されます。
さらに、不動産業者として業界全体の意識改革に取り組むことも不可欠です。これまで男性中心だった業界において、女性の活躍を推進するためには、まず業界全体の意識を変える必要があります。啓蒙活動を通じて企業文化の転換を促し、女性が働きやすい環境づくりを進めることが、業界全体の成長に繋がるのです。
まとめ
筆者が不動産業に従事したばかりの頃は、「夜討ち朝駆け」が推奨される旧態依然の営業スタイルが主流でした。現在では、アポ無し訪問を実践している企業はほとんどありませんが、夜間の訪問が必要となる場面は依然としてあります。
特に夜間、女性営業が単独で顧客宅へ訪問する行為は、一定の危険を伴う可能性があります。また、長時間勤務による肉体的・精神的な負担が大きいことも事実です。さらに、内見時に男性と一対一となることで、迷惑行為やトラブルに巻き込まれるリスクも無視できません。
これらのリスクを考慮すれば、不動産営業が女性にとって最適な職業であるとは一概に言えません。しかし、女性営業には独自のメリットも多くあります。
例えば、女性ならではの細やかな気配りが顧客に信頼感を与えやすく、女性客への内見同行などでは警戒心を抱かれにくいという点が挙げられます。実際、女性営業がその特性を生かし、顧客との信頼関係を武器に華々しい成果を上げている例も少なくありません。
不動産業界における女性の活躍を推進することは、企業の社会的責任を果たすだけではなく、競争力を高めるための重要な戦略です。女性営業を積極的に採用し、昇進の機会を拡充すること、柔軟な働き方を導入すること、職場文化の改革を進めることは業界全体の発展に寄与します。
女性ならではの視点や感性が加わることで、顧客満足の向上や新たなビジネスチャンスの創出に期待できます。ダイバーシティとインクルージョンを積極的に推進することは、企業の持続可能な成長を支える鍵となるのです。
業界全体の意識改革と環境整備を進めることで、より多くの女性営業が活躍し、業界の未来を切り開ける可能性も高まるのです。