
不動産業界において、相隣関係のトラブルは日常的に遭遇しうる課題であり、不動産売買や賃貸斡旋を担う事業者にとって、その解決能力は不可欠な要素といえます。
物件の円滑な取引や顧客からの相談対応において、管理不全、騒音、樹木の越境、境界問題といった多岐にわたる紛争解決が求められるからです。
先日、ある不動産会社代表との対話で、入社2年目の若手社員が相隣トラブルの対応に苦慮しているとの相談を受けた際、自ら考えて解決するのが当人の経験になると思い、ヒントだけ与え対応の継続を指示したところ、『トラブル解決は私が希望する業務ではありません』と訴えて退職に至ったという事例を伺いました。
その際、代表から近年耳にする相隣トラブル解決サービスの有効性について意見を求められました。
確かに、近年、専門的な解決サービスを提供する企業が登場しており、中には従業者全員が元警察官であることを特色とする企業も見られます。
元警察官という経歴は、一見すると安心感を抱かせますが、実際の評判や、費用負担に見合だけの具体的なメリットがあるかについては検証の余地があるでしょう。
本稿では、相隣トラブル解決サービスの提供範囲、具体的な内容、そしてその効果と市場における評判について考察します。
トラブル解決に必要なスキル
民事トラブル、とりわけ相隣関係における紛争解決には、多岐にわたる専門知識と能力が要求されます。
不動産関連の事案であれば、民法、登記法、税法、各種条例、建築関連法規はもとより、受忍限度に関する深い理解が不可欠です。
加えて、当事者間の利害を調整する交渉力、合意形成に導く調停能力、主張を相手に浸透させる説得力、そして困難な状況に粘り強く向き合う我慢強さも求められます。
法務執行機関での経験を有する元警察官は、法律や規則に関する知識が豊富であるため、一般的にトラブル解決能力が高いと認識されがちです。
しかしながら、民事紛争の解決には前述の通り多様なスキルが不可欠であり、元警察官の民事問題における対応能力は、個々の経験や習熟度に大きく左右されると言えるでしょう。
一般に、警察官の職務は刑事事件や治安維持が中心であり、培われた交渉力や冷静な対応能力は民事紛争においても有効に働く可能性はあります。
もっとも、民事紛争に特化した法律知識や実務経験は必ずしも豊富とはいえないため、事案によっては、弁護士を始めとする専門士業や、豊富な経験を有する不動産業者の方がより適切な解決策を提供できる場合も少なくありません。
実際、筆者は必要に応じて専門士業と連携しながら、これまで様々な種類の不動産に関する問題を解決してきたとの自負はありますが、一度の訪問で解決できた事案もあれば、提訴しなければ解決できなかったものもあります。
トラブル原因はもとより、当事者の性格や認識などによって対応策も変化しますから、知識と経験、専門士業と連携する柔軟性が不可欠なのです。
解決サービスの範囲と料金体系
トラブル解決サービスの業務範囲は、法的な措置を講じるには至らない、例えば騒音や迷惑行為といった近隣紛争、つきまとい行為・DV・SNSによるハラスメントなど、主に法律による直接的な解決が困難な事案への対応を主眼としています。
これらのサービスは概して、初期対応に関する助言、問題解決に必要な手続きの案内、弁護士、行政機関、専門相談窓口の紹介といった情報提供を通じて、利用者のトラブル解決をサポートすることを目的としています。
換言すれば、問題の根本的な解決を保証するものではないと言えるのです。
また、解決支援の対象とならない日常的な近隣住民の些細な相談については、対応しない点を明示しています。
もちろん、状況の把握のため電話や訪問して解決による対応は行われますが、前述のように、事案によっては長期にわたる対応が必要となる場合もあり、必ずしも早期に解決できるとは限りません。
さらに、法的手続きによっても解決困難な事例も存在するのです。
このような観点からすれば、問題を確実に解決できると謳うことのほうが不適切だと言えるでしょう。
本稿を作成にあたり複数の口コミ情報を確認しましたが、その評判は概して低いものでした。
匿名情報であるため信憑性の検証は困難であるものの、頷ける内容も見受けられました。
実際、相隣トラブルの解決は容易ではなく、1年以上の時間を要するケースも存在します。
深読みすれば、不動産会社や管理会社が直接的な対応を避ける目的で、矛先をトラブル解決サービスに向けている印象が否定できません。
費用はサービス提供事業者や事案によって異なりますが、例えば定額制のサブスクリプション方式の場合、企業の負担は月額数百円程度です。
この程度の費用で相隣トラブルに関する相談対応から解放されるならば、一定のメリットがあると考えられますが、賃貸管理会社による利用が確認される一方で、売買仲介を主とする不動産会社の利用は限定的なようです。
売買仲介においては、媒介業者に相応の責任が伴うため、トラブル解決サービスの利用が、責任放棄と解釈される可能性を懸念し、利用が敬遠されているのかもしれません。
見極めが重要
トラブル解決サービスの導入にあたっては、従業員の負担軽減は当然のことながら、自社の経営戦略や過去のトラブル事例の分析を綿密に行う必要があります。
前述の通り、トラブル解決サービスはあくまで問題解決のサポートです。
訪問対応も1~2回は行いますが、粘り強く通い詰め問題解決に取り組む姿勢には期待できません。
短絡的な解決を試みるあまり、時間をかけて関係性を構築するという視点が欠如し、結果として威圧的あるいは一方的な対応に繋がる可能性は否定できないのです。
弁護士などに依頼する場合も同様で、たとえ資格を有する専門家であっても、その能力、知識、経験には大きな差異が存在します。
これは不動産業界も同様で、長年にわたり勤勉に問題解決に取り組み経験を積み重ねてきた者もいれば、定型業務のみをこなし、新たな業務や面倒な作業は避け続けてきた者もいます。
これは個々の目的意識の違いであるため、優劣を論じるつもりもありません。しかし、問題解決能力をどちらがより有しているについて解説は不要でしょう。
筆者はこれまで、必要に迫られ様々な問題解決に尽力してきました。
しかし、費用対効果の観点から見ると、その労力に見合う報酬は得られていないケースがほとんどであり、実質的にボランティアに近い状態でした。
このような業務を生産性の低さから敬遠することは、非難されるべき性質のものではありません。
実際に筆者も、勤務先の経営者から「売上にならない業務に尽力していないで、生産性のある仕事に集中しろ」と注意され続けてきました。
しかし、そのような経験があるからこそ、現在、不動産コンサルタントとして様々な相談に応じ、その解決に尽力できているのですから、無駄な経験であったとは思いません(だからと言って、苦労を買って出ろという趣旨ではありません)。
しかし、自身の経験から目先の効率性だけを追及することが、長期的な視点で見ると必ずしもプラスに働かないことは理解できています。
外部に委託する場合でも、サービスのメリットとデメリット、自社の顧客との関係性への影響などを総合的に考慮するというバランス感覚が必要だということです。
効果と市場における評判
前述までの考察を踏まえれば、相隣トラブル解決サービスの導入効果と市場における評判については、慎重な検討を要すると言わざるを得ません。
まずサービスの効果に関してですが、その本質はあくまで問題解決の「支援」に留まる点が肝要です。
情報提供、手続き案内、専門家の紹介といったサポートは、煩雑な初期対応の負担軽減に関し一定の効果は期待されるものの、紛争の終結は保証されていません。
特に、当事者間の感情的な対立が根深く、法的な解決が困難な事案においては、外部サービスの介入が必ずしも機能するとは限りません。
むしろ、画一的な対応や表面的な解決提案は、当事者双方の不満を増幅させ、事態を悪化させる可能性すら孕んでいます。
市場における評判についても、現時点では肯定的な評価ばかりではないようです。
匿名性の高い口コミ情報については割り引いて考える必要はありますが、「対応の粗雑さ」、「問題の放置」、「不適切なアドバイス」といった否定的な意見が散見される事実は看過できません。
これらの評価は、サービスの提供範囲や対応の質に対する利用者の期待と、実際のサービス内容との乖離が存在していることを示唆しています。
特に、売買の媒介において相隣トラブルは、取引の成否に影響を及ぼす重要な要素であり、その対応如何で顧客からの信頼を大きく左右します。
安易な外部委託は、自社の問題解決の欠如を露呈するだけでなく、「丸投げ」という印象を与え、顧客との長期的な信頼関係に負の影響を及ぼす懸念があります。
定額制の費用体系は一見するとコスト削減に繋がるようにみえますが、期待される効果が得られない場合、その費用対効果にも疑問を抱かざるを得ません。
賃貸管理業においては、日常的に発生する軽微なトラブル対応の効率化という点で効果を得られるでしょう。
しかし、売買においては、より個別的で専門的な対応が求められるため、汎用的な外部サービスが十分に機能しない可能性があると考慮すべきでしょう。
結論として、相隣トラブルサービスの導入は、そのメリットとデメリットを慎重に比較検討し、自社の経営方針や顧客との関係性を十分に考慮した上で判断されるべきです。
従業員の負担軽減という短絡的な視点のみで導入を決定することは、長期的な視点で見れば、顧客満足度の低下や企業イメージの毀損といったリスクを招きかねない危険性について認識しておく必要があるでしょう。
まとめ
筆者は建築会社に勤務していた時代、某上場会社が提供する365日24時間対応の「アフターサポート」サービスの対応責任者を務めていました。
このサービスは、水・鍵・ガラス・エアコン・給湯器などに問題が生じた場合、連絡を受けたコールセンターが協力業者を手配し、緊急対応を行うという、顧客にとって利便性の高いものです。
協力業者は、原則として自社が日頃発注している会社です。
それら提携業者への24時間対応協力態勢の構築に多大な労力を要しました。
また、顧客からの問い合わせ窓口となるコールセンターの担当者は、必ずしも高度な建築知識を有しているわけではありません。
そのため、詳細なマニュアルが存在していても、全ての事象に対して適切な業者選定や手配が可能とは限らず、結果として建築会社の担当者、あるいは責任者へ確認を仰ぐ事態が頻繁に発生しました。
これは、外部委託を導入したにもかかわらず、建築会社の担当者が実質的に24時間体制を余儀なくされるという皮肉な状況が生み出されたことを意味します。
365日24時間対応を標榜することは、顧客の期待値を高める反面、その実効性が伴わない場合は顧客満足度を著しく損なう要因となり得ます。
極端な事例として、元日に給湯器から水漏れが発生した際、いずれの提携業者も連絡が取れないとコールセンターから一報が入り、最終的に筆者自らが片道2時間かけて現場に赴き、対応した経験があります。
この事例は特異ではありますが、外部の委託サービス導入が、必ずしも従業者の負担軽減に直結するとは限らず、状況によっては更なる負担を強いる可能性を示唆するものです。
相隣トラブル解決サービスの導入を検討する際も、このアフターサポートサービスの事例から得られる教訓は決して小さくありません。
表面的な効率化やコスト削減のみに目を奪われることなく、潜在的なリスクや自社の業務体制、顧客との関係性など、多角的な視点から慎重に検討し、採用の可否を判断する必要があると言えるでしょう。