
不動産業界においては、企業規模や業態によって新人研修の実施状況は大きく異なり、特に中小企業や中途採用が主流となっている現状では、体系的な研修制度が整備されていないケースが散見されます。
不動産営業職に求められるスキルは多岐に渡り、顧客との信頼構築に不可欠なコミュニケーション能力、潜在的なニーズを的確に把握するヒアリング能力、そして最適な提案を実現するための提案力、クロージング能力、交渉力といった一連の営業スキルに加え、宅地建物取引業法、民法、建築基準法等の関連法規、さらには税法など広範な専門知識が不可欠です。
短期間の研修のみでこれらの知識を網羅的に習得することは困難であり、多くの場合、基礎知識の習得後、実務を通して自律的にスキルを向上させる必要があります。
そのサポート体制として、経験に応じた中堅社員によるOJTや外部講師による研修などが実施されています。
実地訓練は実践的な学習効果が高い一方、業務の目的意識が共有されていない場合(その作業や調査がなぜ必要についての詳細な説明)、時間を要する場合があります。
また、不動産営業の知見は個人の経験に大きく左右され、長年の実務経験が必ずしも高度な専門知識に直結しているとは限りません。
実際、筆者は企業から依頼されて営業研修の講師を行っていますが、若手でも驚くほど豊富な知識を有している方もいれば、顧客を担当させるのが危惧されるレベルの中堅社員もいます。
これは、個人による努力の積み重ねの影響も大きいのでしょうが、業務体制による部分もあるでしょう。
例えば、日常的な物件調査を専門部署に委ねている営業担当者は、イレギュラーな調査業務、特に法14条地図が未整備の地域における物件の特定に困難を覚えることがあります。
公図や地番図、閉鎖謄本を用いた従前の権利関係の追跡といった高度な専門知識が求められる場面では、対応に窮してしまうことも少なくありません。
このような状況下では、遠慮なく同僚に質問することが望ましいと考えられますが、中堅社員においては「今更質問できない」という心理が働き、調査を断念する事例も見受けられます。
物件の特定、隣地の筆界と所有権界の確認、そして地積や位置・権利関係の把握は不動産業者にとって根幹となる業務です。
特に、山林や農地のように明確な境界が存在しない土地においては、高度な調査能力が要求されます。
そこで本稿では、今更人には聞きにくい地番に関する基礎知識や調査方法について解説します。
地番とは
地番とは、物件のうち土地を特定するため法務局が割り当てる番号であり、不動産登記法第2条17号において定義されています。
同法第35条では、「登記所は、法務省令で定めるところにより、地番を付すべき区域を定め、一筆の土地ごとに地番を付さなければならない」と規定されており、これが土地一筆ごとに付される番号の根拠となります。
もっとも、実務においては地番が存在しない土地も見受けられます。道路や河川敷など国有地については、所有権が明確であるため地番が付与されておらず、また、地租改正時の調査漏れによる所謂「脱落地」、あるいは未登記の土地なども存在しているからです。
通常、地番調査にはブルーマップ、登記情報検索サービスの「地番検索サービス」、法14条地図、公図などが用いられます。
しかし、地番が存在しない土地はもとより、地域によっては耕地番(宅地、農耕地等に付されている地番)とは別に、山間部や原野などに「山地番」が付番された地域もあります。
登記業務が電算化された現在においても、山地番は別の地番と認識されず重複地番として扱われます。
そのため、ごく稀なケースではありますが、登記情報に「/山」、「/耕」といった符号が付され、地番と区分して管理されています。
民有地で地番が存在していない場合、あるいは耕地番と山地番が重複している場合の調査が困難を極めるのは当然と言えるでしょう。
国有地については問題も生じませんが、脱落地や未登記の土地は複雑な対応を要します。
そもそも地番が存在していないため、前述のブルーマップ等を用いた調査は不可能となります。
そこで、まず「地番図」を参照することになります。
「地番図」は、市町村が固定資産税などの課税業務において参照するため、土地の位置や形状について、公図や航空写真などの情報も盛り込み独自に作成した「課税用地図」です。
地域によぅっては「地籍図」、「地番現況図」などと称されている場合もありますが、これらは同一のものです。
公図との主な相違点としては、小字を跨ぎ用紙全体に記載されているため視認性が高いこと、そして年に1度の頻度で更新されているため、公図と比較して現況に近い情報が得られることが挙げられます。
したがって、脱落地や未登記の位置関係を把握する上で有効な手段となります。
ただし、地番図は公的な権利関係を示すものではないため、これを根拠として土地の権利を主張することはできません。
あくまで調査の補助資料として活用すべき点に留意が必要です。
地番図をオンラインで公開している市町村も増加してはいますが、まだ一部の地域に留まっています。
公開されていない場合は直接各市町村の税務関係窓口で請求する、あるいは身分証明の写しを同封して郵送で請求(いずれも有償。費用は300円程度が一般的)できます。
公図は信用できない?
不動産登記法第14条の規定に基づき法務局に備え付けられる「14条地図」は、各筆界点の位置が平面直角座標系による座標値で示され、一定の精度を有しています。
しかしながら、令和5年4月1日現在の整備状況を見ると、法務局備付図面全体の58%に留まり、残る42%は依然として公図となっています。
さらに、整備が進んでいない地域は都市部ほど多いのです。
これは、住民説明会や一筆地調査(土地所有者との現地立会により、一筆ごと境界等の確認をする作業)が、都市部であるほど難航するからです。
公図の多くは、明治時代初期に政府が税金を徴収する目的で実施した地租改正事業の成果物であり、当時の測量技術による縄伸びや、納税額を抑えるための過小申告の影響などにより精度が低く、土地のおおよその位置や形状が確認できる程度に留まります。
地積測量図が存在しない、あるいは精度に信頼のおけない時代の測量図面しかなく、位置関係の確認も公図に依らざるを得ず、さらに現地の境界標も存在しない場合、物件の特定は極めて困難となります。
登記簿取引で売買は可能であるものの、契約約款に定められた売主による境界明示義務を履行することはできません。
このような状況においては、将来的な紛争を回避するため、測量を実施する以外に有効な手段はありません。
一般的に測量費用の負担は売主となりますので、適切に調査を実施して具体的な根拠を提示し、売主の承諾を得ることが必要となるのです。
「筆界」と「所有権界」にも注意が必要
土地の境界について所有者へヒアリングする際は、その境界が法的な「筆界」と私法上の「所有権界」のいずれであるかを明確に確認する必要があります。
筆界は、土地が登記された時点でその土地の範囲を区画するために定められた線であり、所有者間の合意のみで変更できません。
対照的に、所有権界は私法上の境界であるため、当事者間の合意によって変更が可能です。
通常、所有者に「境界はどちらですか?」と尋ねれば、筆界の位置を示されるのが一般的です。
しかしながら、山林や耕作地などにおいては、「あの大きな木が境界だ」といった、公図と照合しても全く異なる位置が示される場合があります。
特別な事情がない限り、通常は筆界と所有権界は一致しますが、長期間にわたり分筆登記や所有権移転登記が行われていない場合、前述のような乖離が生じることがあります。
不動産業者は、筆界と所有権界の差異を正確に認識し、調査に臨む必要があります。
調査は常に入念に
地番の確認や現地確認は、あくまで初動調査に過ぎません。
重要なのは、現況と登記情報、法14条地図や公図、地積測量図といった各種情報の整合性を検証することです。
検証は、図面調査と現地調査を併用して行うのが原則であり、一方のみに依存した判断はリスクを伴います。
媒介依頼を受託する前に必要な調査を完了させるのは当然であり、不明な点については売主への確認を徹底し、問題点が判明した場合には是正を促す必要があります。
境界標を例に挙げてみましょう。
境界標の確認は、土地の筆界を確認するうえで不可欠な業務ですが、その設置は義務付けられていません。
民法第223条では、「土地の所有者は、隣地の所有者と共同の費用で、境界標を設けることができる」と規定されており、これが設置を義務としない根拠となります。
また、境界標の材質に関する法的な規定は存在せず、不動産登記規則において、「筆界点に設置する永続的な標識」と定義されているだけです。
そのため、コンクリート杭、プラスティック杭、金属鋲、金属標、木製杭など、多様な材質のものが用いられています。
経年劣化しない材質が望ましいものの、木製杭などは数年で腐食します。さらに、耐久性の高い材質であっても、傾斜地における土砂崩れ、道路工事やブロック塀の築造による埋没、車両の踏みつけなどにより、移動、消失、破損する可能性があります。
境界標が存在しない場合、売主は境界の明示義務を履行できません。
買主が、境界非明示に同意すれば公募取引は可能ですが、売買対象面積の差異や代金精算に関する潜在的なリスクが生じます。
不動産業者は、売主に対し測量および地積更正を提案すべきであり、それが拒否された場合には、買主に対してリスクを十分に説明する責任があります。
さらに、境界標には+字、矢印、T字、-(マイナス)、・(点)など、多様なマークが存在します。
これらのマークの違いによって、筆界がどのように示されているかを理解しておくことが不可欠です。
このように、境界標一つをとっても、不動産業者は事前に取得した書面と現地状況を照合し、その整合性を慎重に判断する必要があるのです。
まとめ
宅地建物取引業法に規定された役所調査の項目を体系的に学ぶには、『ミカタ株式会社』が運営する「役所調査のミカタ」の活用を推奨します。
筆者の知見では、定型化された役所調査シートを無償で提供し、各種書類の取得方法や図面の読解を法的な側面からも詳細に解説する包括的なコンテンツは他に類を見ないからです。
もっとも、不動産調査は図面確認のみで完結するものではなく、その整合性を検証するためには、関連書類の取得と平行して、現地調査やヒアリングを通じて事実を積み重ね、多角的にその整合性を照合する必要があります。
特に本稿で詳述したように、公図は必ずしも信頼性を有するものではありません。
また、境界標の存在が直ちに筆界を示しているとは限らず、何らかの要因で移動している可能性も考慮する必要があります。
そのため、現地でメジャーを利用しての確認は欠かせない業務です。
このような実践的な知識は、経験を通じて涵養(かんよう)される側面がある一方で、不動産調査における些細な過誤が重大な問題に発展するリスクも内包しています。
したがって、企業は定期的な社員研修を実施し、従業者の知見レベルを把握すると同時に、知識のアップデートを図る必要があるのです。
知識量や経験に応じた学習効果には個人差があり、経験年数が必ずしも高度な知見の裏付けとならない点を踏まえれば、中堅社員への新人教育の一任が、時に期待される効果を生まないことに考慮すべきです。
経営者は、これらの点に考慮しつつ社員の成長を促進する必要があり、従業者は常に目的意識を持ち、不明な点を臆することなく探求し、自己研鑽に励む姿勢が求められます。