売り主又は買い主の「代理人」となり契約する代理契約。
あまり一般的ではない印象をお持ちの方も多いのですが、実際には様々な形で代理契約が行われており、宅建協会などで提供されている標準の重要事項説明書にも取引態様に「代理」の文言が表記されています。
認識以上に様々な形で常態化している「代理契約」ですが、代理は仲介と共通する部分も多く混同されがちではあるものの、根本的な部分でことなります。
ですから法的に抑えておかなければならないポイントを見逃せば、思わぬトラブルに巻き込まれます。
国土交通省において「代理」における標準契約書の雛形などは公開されておらず、代理契約を依頼された場合には、その責任範囲の明示や代理人として契約を締結した場合における予想リスクも勘案すれば 契約書や重要事項説明書において何らかの特約事項を追記すべきかで悩むことでしょう。
また当事者が遠隔地などで移動が困難な場合など、代理人が契約行為を締結することはよくありますが、その場合においても当事者の意思確認や委任内容、また代理人の本人確認など代理権の有無に留意しなければ、トラブルが発生した時には宅地建物取引業者として注意義務違反を問われることになります。
筆者が経験したケースですが、夫婦共有名義の不動産売却相談があり配偶者が委任状を携え相談に訪れたのですが………
「媒介契約前の締結前に共有名義人の意思確認が必要です」と説明をすると「委任状があるのだからそんな必要はない。間違いなく私が委任を受けているのだから連絡は不要。それよりも早く売り出して欲しい」の一点張り。
そのような状態で売却依頼など受けられるはずもありませんから、当然、当人に意思確認の連絡をしました。
すると「そんな話は聞いていないし、売る意思もない。いったい何を考えているやら………」と絶句しています。
当然、委任状は偽造。
一方的に離婚を決断している場合によくあるケースですが、不動産初心者は意思確認を怠り騒動に巻き込まれ、結果として四苦八苦することになります。
皆様の場合にはこのような初歩的なミスはおこさないと思いますが、今回は「代理」について、契約の内容や種別によりことなる代理権限の範囲や、代理契約を扱うのに注意すべきポイントについて解説します。
そもそも代理とは
宅地建物取引士試験でお馴染みの「代理権」ですから、基本は理解されていると思います。
ですが念の為、解説しておきます。
代理権がもっとも多く行使されるのは契約締結時においてでしょう。
売り主又は買い主から「委任」された代理人が、代理権限に基づき契約締結をおこなうケースです。
ところで、代理権は「任意代理権」と「法定代理権」の2種類が存在していることはご存じかと思います。
「任意代理権」は本人の意思により第三者に与えられますが「法定代理権」は本人の意思によらず法律に基づき発生します。
法定代理権は未成年者・成年被後見人など、自らの意思で法律行為を行うことが適切ではない場合、当事者を保護することが目的とされています。
未成年者においては保護者(民法818条)が、成年被後見人の場合には成年後見人が法定代理権を取得します。
未成年者の法定代理人は原則として親権者ですが、親権を有するものがいない場合や、補助・保佐・後見などの制限行為能力に関する法定代理人は、家庭裁判所に対して申立をおこない審判を経てから代理人が付されます。
ただし法定代理権は「法律行為の同意」と、同意を得ず法律行為が行われた場合の「取消権・追認権」が主たる部分ですから、不動産などの財産処分を自由にできる権利まで認めているわけではありません。
よく代理権の濫用を指摘されるのがこの、法定代理の特徴です。
もちろん任意代理の場合にも代理権の濫用が指摘されることがありますが、直接委任を受けた代理人が権利を乱用するのは自らの意思で行っていることですから、意図的な行為です。
濫用された場合においても、代理権の範囲内であればとされますが「代理人の目的を相手方が知り、もしくは知ることができたとき」には、代理権を有しない者による代理行為、つまり無権代理とされます。
私達、不動産業者が不動産の処分を委任された相手が本人による直接委任であれば良いのですが、法定代理人からの依頼の場合「復代理人」となります。
冒頭に上げた例もそうですが、無権代理人からの依頼を鵜呑みにして不動産売買に着手すれば、相応に法律知識を有している不動産業者である以上、必ずしも善意無過失であるとはされず注意義務違反を指摘される可能性が高いでしょう。
「法」において法定代理人は、財産管理に関して広範で包括的な代理権を有していると解されており、本人の意思であると推定される権限を行使する限りにおいては裁量を任されているとするのが通説ですが、不動産などの財産処分に関してはその限りではありません。
家庭裁判所の許可が必要です。
ですが家庭裁判所の許可が義務付けされているのは「居住用不動産の処分」についてであり、言い直せば「居住の用に供している建物及び敷地」のみとされています。
この法理からいえば相続した土地や賃貸アパートなどの不動産は特段の許可を必要とせずに法定代理人が自由に処分できてしまえるのですが、原則論として「処分理由や価格が妥当なものである」との前提は必要です。
居住用不動産以外の売買において「何かおかしい」と思う場合には、家庭裁判所に相談しておくほうが良いでしょう。
委任状だけではなく、委任契約の締結をすすめる理由
委任は民法643条で下記のように定められています。
「委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる」
民法の定めにおいて、委任は諾成契約(口頭での委任)で要件を満たすとされていますが、代理権限の範囲を明確にして代理人が適正に代理権限を有していると証明するため、一般的には「委任契約」を締結します。
もっとも不動産業者の多くは、委任契約に代え下記内容を盛り込んだ「委任状」により、代理人であることを証明するケースが多いものです。
●代理権限の範囲
●署名・捺印(委任者)
法的には問題はありませんし、委任者から代理権限の範囲を明確にされ、受任することにより代理人としての地位を得ることに変わりはありません。
ただし民法643条【委任】が2020年4月に改正され、明文化規定が強化されています。
② 受任者の報酬についての明文化
③ 解除に伴う効果の明文化
受任する場合には、後日紛争を回避する意味でも上記の取り決めを明文化しておく必要性がありますから、委任状では心もとないと言えるでしょう。
これは委任状の提示により、売買契約を代理で締結することは宅地建物取引業法に抵触するのではないかとの意見が根強くあるからです。
もっとも宅建協会による見解では、宅地建物取引業法34条の2(同条第1項第7号に定める同法施行規則の関係規定を含む)内容が具備されている委任状にたいし、その委任を宅地建物取引業者が「受任」した旨を称した書面を相手方(委任者)に交付すれば、一方的な委任関係ではなく民法643条の要件を証することができるので、宅地建物取引業法でも問題はないとされています。
これは売主・買主どちらからの委任であっても同様で、委任者と受任者、双方の関係性が証明できれば、宅地建物取引法条で適法な代理人としての地位を得ます。
ですが、これからの不動産業者は法律の要件を備えて代理契約書にこだわっていただきたいと思います。
「法が求める最低の要件を具備している=確実性の高い書類」ではないからです。
とはいえ、代理契約書の作成は難しいものではありません。
委任状に記載されている委任事項を、委任者と受任者の合意事項であるとした契約書として作成し、表題を「代理契約書」とすれば、民法上においても宅地建物取引業法34条の3からみても要件を満たす立派な契約書になります。
代理は任意代理がほとんどだが………
実務としては「任意代理」による場合がほとんどです。
任意代理は代理人の資格要件などは法律で規定されておらず誰でもなりうることから、それだけに注意が必要です(民法第99条_代理行為の要件及び効果・第102条_代理人の行為能力)
私達が代理人から「復代理人」として専任される場合はもちろんですが、不動産の売買が絡む委任状には必ず実印を押印してもらい印鑑証明書を提示して貰う必要があります。
実務としてはさらに深い確認が必要です。
冒頭にあげた事例のように、実印や印鑑登録証の在り処を知っている者なら、誰もが委任状を作成し印鑑証明証を取得できるのですから、かならず本人確認が必要です。
その場合にも電話ではなく直接面談するのが一番ですが、そうではない場合でもZoomなどにより身分証明を画面上でかざしてもらい、本人であることを確認したうえで、委任内容に関しての意思を確認することが大切です。
また意思確認と同時に、前項で解説した代理契約書を締結することが望ましいのですが、委任状・代理契約書共通で、署名欄は下記のように作成しておけばひと目で代理人の関係性を確認することができます。
(例)任意代理人の場合における代理人の署名・押印方法
また親権者などの場合には、代理人名の前に親権者と記載しておけば法定代理人であると判断しやすくなります。
成年後見人の場合には成年後見人である旨を記載しておきましょう。
無権代理は要注意
任意代理人・法定代理人に限らずですが、代理権はその前提として委任者が希望する内容を実現するため、受任者に与えられた行為権限です。
であるのに任意代理人には資格要件定められていない。
よくあるケースとして高齢者が所有する不動産を、生前贈与対策であるとしてその「子」が、代理人として土地の売却相談をしてくる場合があります。
高齢であっても本人の認知能力が正常であれば前項で解説したように本人の意思を確認すれば良いのですが「あきらかに言質がおかしく挙動不審」の傾向が見受けられる場合には、たとえ委任状があったとしても、委任状の作成時において充分に判断能力があったのかは不明であり、最悪の場合には他の相続人から詐欺的行為による無権代理の共謀行為であるとして紛争に巻き込まれる事例も存在します。
本来であれば言質に問題があるなど判断の能力に支障があると判断される場合には居住用不動産売却などの相談に先立ち、家庭裁判所に成年後見人等の申し出がされていなければなりません。
ですが成年後見制度は義務ではありませんので厄介です。
このような無権代理人を見抜くには、相応の経験とカンが必要とされますが、徹底したヒアリングと同時にエビデンスを求めることにより、およそ推定することができます。
まとめ
筆者は不動産業者としての経験年数が、今年で30年を超えました。
その間には、今回、解説したように「無権代理人」からの依頼や、あきらかに権利濫用ではないかと推測される依頼などが数多くありました。
幸いなことに徹底したヒアリングと「裏とり」を実施することにより、大きなトラブルにも巻き込まれず業務を続けてくることができました。
ですが振り返ってみれば、偶然、発見した事実により難を逃れたこともありますし、のちに新聞で大きく報道されることになる「地面師」からの共同仲介相談もありました。
これらを未然に防げたのは「運」による部分も多いかとは思いますが、考えようによっては運も実力のうちでしょう。
不動産取引は高額であるが故に様々な人間的思惑や利権「欲」などが絡み合います。
自己防衛のためにも、正しく法律知識や手法を学び、実践に活用していくことが大切でしょう。