大和ハウス工業がミゼットハウスを発売

ハウスメーカー売上ランキングナンバー1が大和ハウス工業です。売上単体1兆円超、連結4兆円超という巨大企業は、6畳ほどの大きさの勉強部屋を製造する事業からはじまりました。これが日本のプレファブ住宅が商品として世の中に登場した最初です。

“プレファブ住宅” とすこし安っぽいイメージのするネーミングですが、プレファブ住宅とは英語表記すると “Prefabrication” なのですが、「プレハブ」と表記する場合もあり、この表記では工事現場によく置かれている、仮設の事務所を思い浮かべます。

この “プレファブ住宅” から現在の日本の住宅産業はスタートするわけですが、プレファブ住宅はやがて “工業化住宅” と呼ばれるようになっていくのです。

ここでは大和ハウスの創業期をふり返りながら、どのように住宅産業がめばえたのかを見ていきます。

もっとも早く創業したハウスメーカーが大和ハウス工業

年間売上1,000億円以上のハウスメーカーの、設立または住宅事業を開始した時期を一覧にしたものが下表です。(*売上ランキング順)

ハウスメーカー,創業

表を見るとわかるようにハウスメーカーが誕生する昭和30年代で、もっとも早くスタートしたのは大和ハウス工業でした。ただし創業時はパイプハウス事業であり住宅ではなかったので、ミゼットハウスを発売開始した昭和34年10月を事業スタートとみても、やはりもっとも早く誕生したといえるのです。

ミゼットハウスとは

上皇陛下と上皇后陛下のご成婚ブームがきっかけでテレビが家庭に普及したころのこと、1959年(昭和34年)10月24日、日本シリーズ第1戦が放映されました。対戦は長嶋茂雄の読売ジャイアンツと大毎オリオンズ(現 千葉ロッテマリーンズ)でした。

このときに流れたコマーシャルがあります。大和ハウスが発売開始した「ミゼットハウス」です。

ミゼットハウスとは、4.5畳(2.72m×2.72m)タイプと6畳(2.73m×3.63m)タイプの2種類の大きさがラインナップされたプレファブ住宅で、「庭に建てられる勉強部屋」とのコンセプトで開発され爆発的に売れた商品でした。

建物は基本的に “請負工事” により造るものでしたが、「ミゼットハウス」は “商品購入” という新しい潮流を生み出すことになったのです。

住宅のプレファブ技術や量産技術については『住宅営団から住宅公団へ~住文化を検証』で触れたように「市浦健の研究」があるのですが、大和ハウスのミゼットハウスはこれとは別系統で独自に開発したものでした。

昭和25年に別名ジェーン台風と呼ばれる台風28号により、多くの木造家屋が被害を受けます。そこで鉄パイプによる住宅建設というアイデアが生まれた、と大和ハウス社史に記述があります。

創業時には、鉄パイプにより短時間で組立できる「パイプハウス」がメインの事業でした。

パイプハウスを販売する大口顧客が日本国有鉄道(現 JR)だったのです。

資材倉庫や宿舎用に工事日数の短いパイプハウスは、国鉄以外にも電電公社(現 NTT)や林野庁など顧客を広げ、やがて神戸教育委員会からの依頼により移動教室を造ることになりました。

これが「勉強部屋」を発想するきっかけとなったのです。

ダイワハウスA型が住宅金融公庫融資対象として認定される

大和ハウスはハウスメーカーでもありながら、デベロッパーとしての一面ももっています。

1962年(昭和37年)「ダイワハウスA型」が、大阪府が分譲事業をおこなう、千里ニュータウン内の住宅として採用されます。千里ニュータウンは「新住宅市街地開発法」にもとづく日本最初の大型団地でした。

さらに同年、大和ハウスは自ら事業主体となる「羽曳野ネオポリス」も開発しています。
もちろん羽曳野ネオポリスでも「ダイワハウスA型」による、3,000戸の分譲がおこなわれ、このとき日本初の「提携住宅ローン」を住友銀行と開発しているのです。

そしてこの年に住宅金融公庫は「ダイワハウスA型」を、融資対象住宅として認定したのでした。

工業化住宅草創期のプレーヤー

日本の工業化住宅は大和ハウスが最初です。つづいて積水ハウス、ナショナル住宅建材と鉄骨系住宅が名乗りをあげます。

鉄骨系のハウスメーカーが先行したのは、この当時、増産体制が採られていた鉄骨が朝鮮戦争の終了により行き場を失い、新たな需要先として住宅が注目されたことがあげられます。さらに昭和37年に住宅金融公庫が「不燃住宅組立構造認定制度」により、鉄骨住宅に対し新しい融資枠を設けたことも後押しをしたのでした。

ほかにも鉄骨は木材と異なり品質管理がしやすい、ということもあったのでしょう。木質系の工業化住宅は、木材会社からミサワホームを興した三沢千代治の登場を待つことになるのです。

昭和40年代になると無数とも言える会社が、工業化住宅の開発競争に参入するようになるのですが、昭和30年代の工業化住宅草創期は、大和ハウスと次に見る3社が牽引したのでした。

積水ハウスの設立

大和ハウス設立5年後の1960年(昭和35年)、樹脂加工メーカーである積水化学工業株式会社内に、ハウス事業部が設置されます。その5か月後には積水ハウス産業(株)として独立しました。

同年「セキスイハウスA型」を発表し、オーストラリアへの輸出もおこなっています。昭和35年は、先行した大和ハウスはまだミゼットハウスの時代であり、本格的な工業化住宅としては「セキスイハウスA型」が日本初になります。

平屋建てタイプですが、翌年には「セキスイハウスB型」も発売しています。このときに「メーターモデュール」を採用しているのは驚きです。

1962年に住宅金融公庫の認定を受け、1963年に現商号に変更し、さらに翌年には直接販売体制を確立します。

ミサワホームは自動車販売と同じように “ディラー” による販売体制でしたので、積水の “直販体制” は注目されたものでした。

また大和ハウスも直販体制としていますが、代理店制から直販制に変更したのは、1971年(昭和46年)の「宣伝広告の不当表示事件」以降のことです。この点で積水ハウスの先見性には優れたものがあるのです。

1969年(昭和44年)には、アパート用の「セキスイハウスHA型」を発売、2年後には戸建住宅ではじめてユニットバスの採用にもふみ切りました。

1995年(平成7年)積水ハウス木造(株)を吸収合併し、木造住宅「シャーウッド」事業を開始しています。このときから “鉄骨系ハウスメーカー” であった同社は “木質系ハウスメーカー” ともなるのでした。

ミサワホーム

ミサワホーム株式会社の設立は1967年(昭和42年)ですが、5年前の昭和37年にはすでに「木質パネル接着工法」が “38条認定” を受け創業していました。

ミサワホームが日本の工業化住宅の一翼を担うキッカケになったのが、南極昭和基地に建てられた第10次南極地域観測隊の第10居住棟です。

木質パネル工法による画期的工法として次のような特徴があり、南極の厳しい条件のなか30年におよぶ耐久力を発揮しました。

・強度、断熱、気密、耐久性が高い
・部材は工場生産により品質が高い
・現場施工期間が短縮される
・日本から南極までの輸送が容易

ミサワホームの大きな特徴は、販売を全国に設立した「ディラー」に委託する方式を採用し、営業・工事・アフターといった事業展開を、すべてディラーによっておこなわれたことでした。

そして製造部門も別会社を設立、ミサワホーム本社は経営企画・研究開発といった部門を担う、ミサワグループの司令塔となったのです。

パナソニックホームズ

1959年(昭和34年)松下電工(現 パナソニック(株)ライフソリューションズ社)建材事業部で工業化住宅開発プロジェクトがスタートします。

翌年には9坪の住宅と3坪の勉強部屋が完成し、量産体制の準備に入りました。構造は積水ハウスと同様 “鉄骨系プレファブ” でした。

1963年(昭和38年)には、住宅事業を担う「ナショナル住宅建材株式会社」を設立し、営業が開始されます。

当時工業化住宅ではフラット屋根が主流のなか、昭和45年に勾配屋根のタイプを発表し話題となります。

工業化住宅が躍進する昭和40年代

昭和30年代は『住宅営団から住宅公団へ~住文化を検証』で触れたように、住宅公団が5階建て集合住宅を工業化技術である「PC工法」で建設するようになりました。

戸建住宅においても、積水とかナショナルといった知名度の高い企業や、大和ハウスやミサワホームといった先駆的企業が誕生した時代です。

そして昭和40年代には、集合住宅ではPC版工場を有する中堅ゼネコンが、自社の量産システム技術を開発します。そして民間によるリゾートマンションプロジェクトを、デベロッパーと提携しおこなうといった姿を見るようになります。

戸建住宅では、草創期を経過し昭和40年代には、工業化住宅が着工戸数のシェア5%を超えるようになり、大工や工務店を主体とした木造住宅供給の一角を「プレファブ住宅」が占めるようになるのです。

そして昭和40年代に入り、日本の高度成長とともに住宅産業は発達し、やがて日本の経済を牽引するほどの重要分野になっていくのです。

参考サイト

大和ハウス「大和ハウスグループの歴史」
積水ハウス「沿革」
積水ハウス「鉄骨建築のヒミツ vol.01」
ミサワホーム総合研究所「南極の建物」
パナソニック ホームズ株式会社「私たちのあゆみ(沿革)」
・九州大学「戦後の住宅生産と行政施策の変遷」
日本の佇まい「住宅メーカーの住宅」
建築討論WEB「日本の住宅生産と建築家 建築の設計と生産:その歴史と現在の課題をめぐって03」
【参考書籍】
・『大和ハウス工業の40年』 発行:大和ハウス工業株式会社 編集:『大和ハウス工業の40年』編集委員会 印刷:日本アーツ株式会社

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