1913年(大正2年)から1919年(大正8年)にかけての6年間で、地価が3倍に上昇した原因のひとつに、1921年(大正10年)に成立した借地借家法の影響があったのではと指摘する研究があります。
借地借家法は1921年(大正10年)から1992年(平成4年)の新法施行まで71年間も継続し、現在も新法と旧法の両方が適用されていますが、大正時代の成立時に不動産業界に与えたと考えられる影響と、現行の借地借家法に改正されることとなった社会的背景を考察してみます。
借地借家法成立の背景
1921年(大正10年)の借地借家法は、正式には「借地法」と「借家法」の2つの法律に分かれます。成立はどちらも大正10年4月8日であり、法律番号は49号と50号でした。
地租改正により土地の私的所有権が認められ、土地を所有する人は増えたのですが、地租の負担が重く納税できない人は土地を手放します。土地を手放しても住まいを無くすわけにはいかず、借家に住んだり土地を借りて住宅を建てる人もいます。
このころは借家居住率がたいへん高く、多くの人が借家住まいであったと考えられます。
1896年 (明治29)に制定した民法では、借地や借家に関係する「賃借権」の規定が生まれますが、賃借権は “債権” であり、所有権が移転された場合には、新しい所有者に対抗することができませんでした。
つまり土地の所有者が変わると「賃借権」は効力を失い、借地上に建物が建っていても新しい所有者の要求に応じて、取り壊さなければならなかったという事情がありました。
このことは『明治時代に確立した土地に関わる法律』でも述べましたが、 “地震売買” と表現し社会問題となっていたのです。
政府は借地人の権利を保護するため、1909年(明治42年)に「建物保護ニ関スル法律」を制定します。
条文は以下のとおりです。
“第一条 建物ノ所有ヲ目的トスル地上権又ハ土地ノ賃貸借ニ因リ地上権者又ハ土地ノ賃借人カ其ノ土地ノ上ニ登記シタル建物ヲ有スルトキハ地上権又ハ土地ノ賃貸借ハ其ノ登記ナキモ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得
第二条 民法第五百六十六条第一項第三項及第五百七十一条ノ規定ハ前条ノ場合ニ之ヲ準用ス買主カ契約ノ当時知ラサリシ地上権又ハ賃借権ノ効力ノ存スル場合亦同シ”
引用:Wikisource「建物保護ニ関スル法律」
この法律により「建物を登記することにより、地上権や賃借権は第三者に対抗できる」としたわけですが、さらに借地権をより強く保護し明文化するため「借地法」が制定されたのです。
旧借地法の概要
「建物保護ニ関スル法律」から12年後「借地法」が制定されます。
・借地権
借地権とは建物を所有することを目的とした地上権や賃借権をいいます(第1条)
解説:ここで借地権を定義することにより「建物保護ニ関スル法律」を補完した形式になります。
・存続期間
借地権の存続期間は堅固な建物(石造、土造、レンガ造など)は60年、その他の建物は30年ですが、建物が朽廃した場合はそこで終了となります(第2条)
解説:60年の賃借期間は非常に長いものです。
・契約更新
借地権が終了するときに建物が建っている場合は、借地人の請求により前契約と同一の条件で借地権を得ることができます、ただし土地所有者が自ら土地を使用するなどの正当な事由があれば更新を拒絶できます(第4条1項)
解説:正当な事由がなければ更新をせざるを得ないことを意味しています。
・買取請求権
契約更新がない場合は建物などを買取るように請求できます(第4条2項)
解説:買取り請求権は現在もありますが、地主には大きな負担となっています。
・契約更新の場合の存続期間
契約更新にあっては存続期間を、堅固な建物30年、その他の建物は20年とします(第5条)
解説:更新すると堅固な建物では90年間の賃借期間になります。
・法定更新
借地契約終了後に借地人が引きつづき使用し、土地所有者が異議を延べなければ前契約と同一条件で借地権を更に設定したとみなします(第6条)
解説:借地人に非常に有利な規定です。
・法定更新
借地契約終了前に建物が滅失し、残存期間を超えて存続する建物を建替えた場合も、借地権は以前の建物が滅失したときから30年あるいは20年の借地権が更新されます(第7条)
解説:半永久的に借地契約が存続することを意味しています。
借地法の本則は第14条まであるのですが、ここまででたいへん重要なことが書かれているのです。
【契約更新】には、借地契約が終了する期限が到来してもまだ建物がしっかりと建っている場合は、借地人の請求により契約更新が可能であると規定しています。土地所有者が更新を阻む場合には「自己使用」するなどの正当な事由が必要なわけです。
【法定更新】は借地人にとって強力な保護規定になっています。さらに借地契約の終了前に建物が滅失したことにより建替えをすると、その時点から更新契約がはじまるという、土地所有者にとっては「自分の土地でありながら自分のものではない」という状態がつづくのです。
*契約更新拒絶の正当事由は昭和16年の改正により追加され、さらに賃借人の権利が保護されました。
旧借家法の概要
借家法は現行の借地借家法の内容とあまり変わりはありませんので要点のみをまとめておきます。
・対抗力
賃借権は登記がなくても建物の引渡しがあれば第三者に対抗できます(第1条)
・更新拒絶
賃貸人は自ら使用する必要性など正当な事由がなければ更新拒絶や契約解除はできません(第1条の2)
・法定更新
期間満了前6ヶ月から1年前に更新拒絶や条件変更の通知がなければ、契約は自動更新されます、また通知をした場合であっても賃借人が継続して使用する場合、賃貸人が異議を延べなければ同じく自動更新します(第2条)
・賃貸人からの解約
賃貸人からの解約申入れは6ヶ月前にしなければならず、賃借人が継続使用する場合は、異議を延べなければ自動更新します(第3条)
・短期契約
1年未満の契約期間は期限がないものとみなします(第3条の2)
賃借権を強く保護したことによる影響とは
旧借地法の条文を確認すると浮かび上がってくるのは、土地所有者の権限が非常に小さいことです。圧倒的な借地人の権利保護により、「一度借地にすると半永久的に土地は戻ってこない」現実を前に、地主は借地の供給を渋るようになったことは想像できることです。
そのため借地供給は減少し、地価上昇に拍車をかけたと考えられなくもありません。
当時の借地供給のデータを確認することができないので、断定はできませんが地主の感情を考慮すると頷けることです。
現在の借地借家法が成立したのは1991年(平成3年)のことです。翌年施行され賃貸人からの契約解除要件となる正当事由を補完するため「立退き料」を明文化し、定期借地権を新設しました。(定期借家権は平成11年改正により新設)
71年後の借地借家法大改正の背景には、バブル経済により地価が上昇し、新規設備投資のコストを大幅に引き上げる要因となったことがあります。
引用:国土交通省「明治期からの我が国における土地をめぐる状況の変化と土地政策の変遷」
新規土地取得には莫大なコストがかかります。そこで土地取得の代替手段として、借地供給量の増大を図ったのが借地借家法の大改正です。
契約更新をしないですむ「定期契約」そして正当事由を補完する「立退き料」の明文化により、土地所有者が土地の提供をしやすくする狙いがあったのです。
しかし結果的には金融システムの危機が表面化し、バブル経済は崩壊し地価上昇は沈静化し現在に至ります。
借地借家法は賃貸人と賃借人との権利関係を調整する役目が本来です。しかしながら土地・住宅政策の中でたびたび改正された歴史があり、そのたびに翻弄されてきたのが土地所有者であったという現実は知っておきたいことです。
参考サイト
・一般財団法人 不動産適正取引推進機構「大正期の不動産政策」
・J-Stage「不動産業の成立とその変遷」
・不動産鑑定事務所 よつば鑑定「旧借地法」
・不動産鑑定事務所 よつば鑑定「旧借家法」
・国土交通省「明治期からの我が国における土地をめぐる状況の変化と土地政策の変遷」
【参考書籍】
・『日本不動産業史』 発行所:財団法人名古屋大学出版会 編者:橘川武郎・粕谷誠 発行者:金井雄一