バブル期の不動産業界

バブル経済期間中におきた不動産業界での出来事をふり返ると、特定のプレーヤーがバブルを惹き起こそうと意図的に行ったことではなく、自然発生的に生まれた “景気” の産物といえるのでしょう。

ただしバブル経済を生んでしまう条件はそろっていたと考えられます。

ひとつは明治以来の「絶対的土地所有権」が根付いていたこと、そしてもうひとつが「護送船団方式により守られていた金融界」の存在です。

ここではバブル期の不動産業を概観しながら、やがてバブル崩壊により消え行く企業が、この謎の景気に巻き込まれた原因について迫ってみます。

土地神話とは

「土地神話」という四文字熟語はバブル期における、ひとつの局面を表現する用語として使われていますが、バブル以前からも使用されており、書籍を調べると1975年(昭和50年)出版の『土地神話の崩壊 : 地価は半値に下がる?! 著者:泉三郎』があります。

日本では明治時代の「地券」発行以来、都市の発達にしたがい、たびたび “地価上昇” を経験しています。

戦後も地価上昇はあり、昭和31年から平成26年までの期間で、大きな地価変動がありました。

バブル期,不動産業界

引用:帝国書院「地価にみる日本の今」

昭和36年と昭和48年ころ、そしてバブル景気のころと3回のピークがあります。バブル期に比較して前2回はもっと大きな上昇率であったことがわかります。

高度経済成長をとおして人々は「土地は値上がりするもの」という事実を体験してきたわけです。

高度成長期はサラリーマンの給与は、ベースアップや昇給により年々上昇するのが当たり前であり、物価も比例してあがっていく時代でした。ところが土地は物価上昇に比べられないほどの上昇をみせたのです。

給料はあがっても物価もあがるので実質所得は変わりません。しかし土地は物価上昇率を大幅に超えた伸びをみせるため、「土地神話」が定着していたと考えられるのです。

一方「土地神話」は購入しようと考える人ばかりでなく、土地を所有している人にとっても重要な概念で、簡単に土地を手放すことに躊躇する姿勢を強くし、結果として値上がりを招いたともいえるのです。

バブル期の経済観

バブル経済は昭和61年12月からとされていますが、 “バブル景気” と認識されるのは、ずっとあとになるわけです。バブル初期は “好景気がはじまった” と単純に受取られていたのでした。

経済白書から当時の認識をうかがうことができます。

1. 平成元年度~2年度初期の経済観

“最近においては,86年11月を谷とする景気上昇局面がすでに40か月以上続いている。すでに景気の成熟化という様相も現れてきており,また,今年の年初来の円安,債券安,株安のいわゆるトリプル安現象の影響を懸念する声もみられた。しかし,そうした懸念もうすれつつある。少なくとも安定的ないわば巡航速度を維持しうる条件が整っているという意味で景気上昇の持続力は依然強いといえよう。こうした好ましい展開は,7年間にもおよぶ世界経済の順調な拡大も重要な要素となっているが,最近の日本経済のひとつの成果であるということができる。”

引用:経済企画庁「平成2年年次経済報告」

ただ “特に地価の上昇は,分配面にマイナスの影響を及ぼしている。” と、指摘していることから、地価の高騰は懸念材料にはなっていたと考えられ、バブルと見る兆しもあったのです。

では、その前年はどのような経済観だったのでしょうか?

2. 昭和63年度~平成元年度初期の経済観
平成元年度の年次経済報告には次の記述があります。

“61年秋に始まった今回の景気上昇過程は,今や32か月を超え,高度成長末期の「いざなぎ景気」以来,久々の大型景気となっております。本年度版では,日本経済が円高への適応という形で構造変化を遂げ,新しい歴史的段階に入ったという基本的認識にたって,主として昭和63年度及び平成元年度初めの我が国経済について分析しております。

本文では,こうした変化の潮流を,「高度化」,「グローバル化」,「ストック化」という三つの視点から多面的に分析するとともに,新段階の日本経済の姿と問題点を明らかにしております。こうした観点から,副題は「平成経済の門出と日本経済の新しい潮流」と致しました。”

この文章は『平成元年度年次経済報告(経済白書)公表に当たって』と題する冒頭の紹介文です。

円高に対応するためにパラダイム転換がおきたと捉えており、全体的にバブルをまだ “新しい潮流” と位置づけていたと考えられるのです。

不動産業の動き

バブルは株・金融・不動産の分野で発生したのですが、ここでは不動産業界におけるバブル景気の様子を確認してみましょう

首都圏における地価の上昇、そしてリゾート開発に沸いた地方の過疎地では、無謀ともいえる大きなプロジェクトが生まれました。

数々の開発案件を後押しする潤沢な資金を供給する、日本特有の構図もできあがっていったのです。

首都圏の地価上昇

地価の上昇は全国的に広がるわけですが、その動きは首都圏からはじまります。

金融自由化により海外の銀行が東京に進出し、このころはすでに東京のオフィス空室率は0%に近い状態でした。オフィス需給のひっ迫が予想され、都心部のビル用地取得が活発になります。

開発用地を物色し小区画の土地所有者と個別に交渉し、すこしずつ買収を進め、ある程度のまとまった土地になったところで転売する地上げ手法が多くなり、専門の「地上げ屋」という “職業” も生まれました。

急激な値上がりにより大金を手にした土地所有者は、代替地として都心からすこし離れた高級住宅街に土地を求めます。たとえば南西部の田園調布などですが、そのため商業地の地価上昇は、周辺地域の住宅地の地価まで上昇させるのでした。

さらに土地取得を積極的に進めたプレーヤーは、不動産業・サービス業・商社などであり、一次産業・二次産業から参入する事業者はほとんどいなかったことは特筆すべきことです。

オフィスビルの着工も盛んであり、下のグラフは全国と東京圏の着工床面積のグラフです。

バブル期,不動産業界

出典:『日本不動産業史』

リゾート開発の様子

バブル期に入ったころはすでに大型の住宅地開発は終了しており、大型不動産開発はリゾート事業にシフトします。

キッカケは『リゾート法(総合保養地域整備法)』が1987年(昭和62年)に制定されることですが、その4年前に千葉県浦安市に東京ディズニーランドがオープンしたことが、リゾートブームの先駆けとなりました。

ゴルフ場やスキー場の開発に付随した「リゾートマンション」が、どんどん建てられていきます。

下のグラフは1980年(昭和55年)から2000年(平成12年)までに、建設されたリゾートマンション戸数です。

バブル期,不動産業界
出典:『日本不動産業史』

リゾート法により開発された地域(施設)は次の15ヵ所あり、構想が立てられた地域は28ヶ所におよびました。

北海道 ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート
トマムリゾート、サホロリゾート
福島県 磐梯清水平リゾート、グランデコスノーリゾート、会津高原だいくらスキー場
山形県 道の駅寒河江(チェリーランド)、弓張平公園、黒伏高原スノーパークジャングル・ジャングル
埼玉県 秩父ミューズパーク
静岡県 初島クラブ(現:エクシブ初島)
新潟県 ベルナティオ
三重県 志摩スペイン村、志摩芸術村
和歌山県 グリーンピア南紀
香川県 レオマワールド(現:ニューレオマワールド)
福岡県 スペースワールド、マリノアシティ福岡
長崎県 ハウステンボス
宮崎県 シーガイア、日南海岸南郷プリンスホテル
鹿児島県 グリーンピア指宿
沖縄県 ザ・ブセナテラス

出典:Wikipedia「総合保養地域整備法」

現在も活用されている施設は多いのですが、初期の開発主体から経営が変わり運営されているケースが多く見られます。

不動産業と金融界

オフィス用地やリゾート施設用地として土地はどんどん買われましたが、潤沢な資金供給があったからこそ可能でした。

バブル期の真っただ中、1989年(平成元年)3月末の不動産関連融資は約200兆円に達していました。その内訳は次のとおりです。

・金融機関から不動産業界向け融資残高:約60兆円
・住宅ローン貸付残高:約100兆円
・ノンバンク:約40兆円

昭和63年度GDPは約390兆円であり、その膨大さがうかがい知れます。

バブル経済は金融界の動きと切っても切れない関係がありました。

『バブル経済はなぜ生まれたのか?』で触れたように、金融自由化政策が原因のひとつでもあります。海外の金融資本が進出し “護送船団方式” のなかでヌクヌクと成長した日本の金融界は、厳しい競争の渦に放り込まれます。

製造業など多額の設備投資をおこなう産業は、輸出規制がかかるなか新たな設備投資をおこなうことはなく、金利切下げによる金融緩和環境にもかかわらず、融資先を見つけることができなかったのが金融機関の実態でした。

金融機関が有力融資先として推進したのが、建設業者・不動産業者・物販業者・ゴルフ会員権業者などがおこなう不動産開発事業でした。しかも事業主体に上場会社はほとんどなく、財務体質の弱い企業に対し金融機関は “インキュベーター” としての立場をとり、積極的な事業展開を図る事例が多く見られたのです。

不動産融資の主役はノンバンク

都市銀行をはじめとして不動産開発案件や不動産担保による融資残高が増加したことは、地価上昇の原因にもなっていました。

企業は土地を購入し、しばらくすると地価が上昇するので売却します。売却して得た資金により再び土地を取得しまた転売するというくり返しをおこない、本業以外で収益をあげることができたのがバブル期でした。

銀行は土地を担保に融資をしますが、担保価値は時間とともに上昇しさらに融資額を増額することもできたのです。

1990年(平成2年)大蔵省は行き過ぎた不動産融資を抑制するため「総量規制」と「三業種規制」という行政指導をおこないます。

総量規制は不動産向け融資の伸び率を、貸出総額の伸び率以下に抑えるという規制であったのですが、ノンバンクはこの規制外になっていました。さらに農協系の金融機関も対象外であったため、農協からノンバンクへと流れる資金が増加し、のちにノンバンクは「不良債権」による経営破たんに追い込まれるのでした。

参考サイト

帝国書院「地価にみる日本の今」
厚生労働省「賃金、物価の動向と勤労者生活」
東京成徳大学・東京成徳短期大学「リゾート法と地域社会」
【参考書籍】
・『日本不動産業史』 発行所:財団法人名古屋大学出版会 編者:橘川武郎・粕谷誠 発行者:金井雄一
・『現代の土地神話』 発行所:朝日新聞社 著者:華山謙 発行者:初山有恒 印刷:共同印刷株式会社
・『平成バブルの研究 上・下』 発行所:東洋経済新報社 編者:村松岐夫・奥野正寛 発行者:高橋宏 印刷:文唱堂印刷
・『概説 現代バブル倒産史』 発行所:社団法人商事法務研究所 著者:北澤正敏 発行者:相澤幸雄 印刷:中和印刷株式会社

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