
デジタル社会形成関係法律整備法により宅地建物取引業法も改正され、不動産関連契約が電磁的契約対象となり令和4年5月18日より施行されます。
この法律、正式名称は「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律(令和3年法律第37号)」ですが、この法律自体は一部を除き令和3年9月1より施行されています。
これによりマインバーも含めた行政手続きや民間手続きにおける押印を不要にするとともに、適用範囲である契約関連については電子書面による電磁的方式で行うことが可能となりました。
端的に言えば押印・書面に係る制度の見直しです。
とはいえ改正となる法律が「押印廃止」だけで改正法律数22、「書面の見直し」で改正法律数32もあり、さらに政令・省令等が紐づきますから管轄省を横断しての改正法全体を把握するのも一苦労です。
ですが私たちが抑えておくべき不動産関連、つまり国交省管轄の改正法は以下の2つです。
「及びデジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律の施行に伴う国土交通省関係政令の整備等に関する省令(令和3年国土交通省令第53号)」
これら整備法に盛り込まれた規定のうち5月19日から施行されるのが下記の3つです。
「宅地建物の売買契約等に係る重要事項説明書の電子化」
「借地借家法に係る定期借地権の設定や定期建物賃貸借における契約に係る書面・事前説明書の電子化」
これらは通常の不動産取引に密接に関係する改正ポイントですから正確に理解しておきたいものです。
また上記整備法の施行に併せ令和4年4月22日には「宅地建物取引業法施行令及び高齢者の居住の安定確保に関する法律施行令の一部を改正する政令」も閣議決定されました。
不動産DX導入も含めてですが「法改正にたいしてどのような対策を取れば良いのか分からない」といった相談が筆者のもとに寄せられます。
もっとも法律の施行が目前ですから今更慌ても仕方がありません。
じっくりと改正内容を理解して、「どのように自社の業務に取り入れていくかを検討するかが大切」と説明をしています。
余談になりますが筆者のもとにも連日のように不動産DXセミナーやシステム導入案内が大量にメール等で送られてきます。
ですが案内の多くは導入メリットを強調していますが、企業規模やDXに対応するにはどのような対策が必要か、またシステムを使いこなすための教育訓練や社内体制、必要とされる社員の在籍数等についてまで考慮されていません。
販売が目的ですから当然ではありますが、導入ありきです。
そもそも法律の改正点について詳しく説明をせず
「電磁的契約なら契約印紙の貼附が不要となり、とてもお得‼!」などごく一部のメリットを強調している内容も数多く見受けられます。
インターネット等で見受けられる解説記事等も同様で、全体を俯瞰して書かれている記事はほとんど見かけられず、DXシステム会社の紐付きだと思われる記事が多くを占めています。
もっともそのようなシステムを導入すれば理解していなくてもそれなりに活用することは可能でしょう。
ですが自社にとってどのようなシステムを導入すれば良いのか、また企業規模や業務形態によってまったく導入が必要ないと言ったケースも数多く存在しているでしょう。
そうは言っても時代の趨勢は電子化ですから頑なに抗うことにメリットは存在せず「企業規模によらずいずれDXの導入が必須となる」ことは間違いありません。
ただし導入時期が「イマ」なのか、それとも当面、様子見するのが正解かの判断は改正ポイントを正しく理解しメリットの対局にあるデメリットについてなども検討してからで遅くはないでしょう。
今回はそのような観点から改正ポイントと関連法、想定されるデメリットも含めた注意点なども交え詳細に解説します。
そもそもDXとは何か
初めに改正点のポイントではなく、今更ながらのDXについて解説します。
DXが「デジタルトランスフォーメーション」のことであるというのは、すでにご存じでしょう。
ですがDXは「進化したデジタル技術を浸透させることで人々の生活をより良いものへと変革する」といった概念でしかありません。
ですから日頃、皆様が利用されている電算化処理されたレインズや登記情報サービスは不動産DX化の象徴だと言えるでしょう。
「用語は知っているけれど活用方法も含めてよく分からない」と言った声も多いのですがこれはDXを固定的なシステムであると曲解しているからであり、導入規模の違いはあってもすでにその恩恵は少なからず享受しているのです。
ですから「不動産DX化の波に乗り遅れてはいけない!」などの広告に吊られてシステム業者に連絡をし、「アナログな営業手法ではそのうち事業が立ち行かなくなりますよ。すぐにでもわが社のシステムを導入して実績に反映させましょう」といった流暢な営業トークに惑わされるのではなく、自社に導入可能なシステムかどうか、そして使いこなせるかどうかをじっくりと吟味して検討することが大切でしょう。
同様の議論は国交省による意見交換会において何度も取り上げられているテーマであり、実際に筆者も参加をしていますが、毎回「必要であるのは間違いないが、現段階において企業規模・活用できる人材・該当する業務範囲などにより導入時期についても様々な考え方もあり一概にはいえない」との趣旨で総括され議論が終了していることからも明らかです。
もっとも不動産業界のIT音痴は昨日今日に始まったことではないですからしょうがないにしても、5月から宅地建物取引業法に関する政令等が施行されますから、少なからず理解を深めておかなければ他社に後れをとってしまいます。
「押印廃止」について
余談が長くなりましたが具体的な改正ポイントについて解説しましょう。
まず「押印廃止」についてです。
この22法律において国土交通省管轄として「押印廃止」されたのは下記の書類です。
このうちもっとも身近なのが「売買契約等に係る重要事項説明書等への押印廃止」ですが、これは電磁取引を採用した場合に電子署名により宅地建物取引士が書類を作成したと推定できる場合に限られると理解しておくほうが無難で、従来どおりの対面取引の場合には押印を省略しないほうが良いでしょう。
現行の35条・37条書面には宅地建物取引士の記名・押印欄がそのまま残されているでしょうから、押印をしないことに特段のメリットは存在しません。
もっともこの場合の売買契約等の書類とは主に宅地建物取引業法35条関連書面に限られ、重要事項説明書等における宅地建物取引士の押印に関してのみです。
余談ですが、整備省令により宅地建物取引業者がその従業者に携帯させなければならない従業者証明書における押印規制も廃止されました。
携帯が廃止されたのではなく、押印不要となっただけですのでご注意ください。
「書面の見直し」について
続いて書面の見直しですが、電子化が認められた書類は以下のとおりです。
お気づきかと思いますが法37条書面、つまり不動産売買契約書は含まれていません。
ただし原則として技術的な改正により足りるものであれば媒介契約書・受取証書・買付証明書などは電磁的取引の範疇に入ると思慮されます。
ただし無制限に電子化が認められている訳ではなく、前提として下記要件を満たしている必要があります。
② 承諾は書面もしくは電子処理情報組織を使用する方法、その他の通信技術を利用する方法であって、かつ国土交通省令で定めるもの
つまり勝手な解釈で提供することは許されず、予め書面もしくは電子書面により内容を開示して、電磁的取引により契約行為等を行うことについての「承諾」を得る必要があり、かつ利用するシステム等についても電子情報処理組織を利用すること。
それ以外の方法においては国土交通省令で定めるものに限定されているということです。
これは当然のことで、電磁的方法による重要事項説明書等のやり取りには常に改竄や漏洩の可能性がありますから、そのような備えが万全に期されていることが求められます。
通常のメールに添付して送付することは認められません。
そのため電磁的取引を採用するためには、下記のような電子署名サービス等を導入しまければなりません。
それ以外には下記のようなクラウド電子署名サービスを導入して契約当事者がサーバからダウンロードしてもらう方式です。
利用するクラウドシステム等により利用料金は異なりますが、このようなシステム導入をしていなければ電磁的取引は行えないことを理解しておきましょう。
これら電子署名サービスを満たす要件としては
●重要事項説明書等の改竄がおこなわれていないかなどが確認できる。
●書類作成をしたのが宅地建物取引士によるものかを確認し検証できる。
最低でもこの要件をクリアし、かつこのような電磁的取引に契約当事者全てが対応できることが前提となります。
筆者が時期を見て採用を検討すべきだと言及するのは、このような実情もあるからです。
導入検討前にメリットを理解する
最大のメリットは言うまでもなく業務の簡略化です。
言葉を変えればISOの概念に近いかも知れません。
つまりシステム導入により業務を簡略化し、さらに個人の業務習熟度によらず一定レベルの品質が提供できるようになることです。
当然そこから派生する時間を本業に当てることが可能ですから業務効率は上がります。
電磁的取引は時代の趨勢ですから、いずれ不動産業界においてスタンダードな取引形態になることについて疑う余地はありません。
ですから検討したうえでメリットが多い場合にはいち早く導入し、慣れ親しんでおくのが良いでしょう。
ただし今回の改正では、あくまでも重要事項説明書とごく一部の書類について電子化が認められただけであることに留意しておく必要があります。
簡略化されるのは添付書類を含む重要事項説明書の印刷・製本・郵送手間です。
それ以外の書類、つまり売買契約書等は従来どおり郵送が必要です。
もっともこれだけでもかなりの部分、手間や経費が削減できます。
また電磁的取引においてのネット記事で、受け取り方によっては印紙税が全て不要になるとの誤った情報が散見されますが、そんなことはありません。
売買契約書を含む交換・譲渡・贈与などの契約書は印紙税法上で「第1号の1文書」に該当しますが、契約金額が1万円以下である場合を除き全て印紙が必要です。
印紙税が不要とされるのは一般定期借地契約・贈与契約・転貸借などに加えて、もともと印紙の貼附が不要とされている定期賃貸借契約などに限られています。
まとめ
今回は不動産DXのうち電子署名サービスの導入はいずれ必須となることを前提としたうえで、デジタル社会形成関係法律整備法による宅地建物取引業法改正について解説しました。
導入はいずれ必須である。
でもそれが「イマ」なのかについては、皆さんが考えて結論を出す必要があるでしょう。
不動産会社のミカタコラム【不動産業界のDXとは?メリットや実際の事例を紹介】でもDXにおけるメリットや導入成功事例を紹介しています。
https://f-mikata.jp/fudosan-dx/
上記の記事文中でもメリットとして
●人手不足解消
●コスト削減
●顧客満足向上
●古いシステムからの脱却
などを上げていますがそれと対比するように「不動産業界に適したDXが何か手探り状態が続いている」と苦言を呈していますが、筆者も同意見です。
DXが概念であると解説しましたが、不動産関連システムには様々なものがあります。
間取り作成や査定システムのほか、VR技術による提案ツールなどそれぞれ特徴がありどれも素晴らしいものです。
ですがどのような素晴らしいシステムであっても、習熟するには相応の練度が必要とされ、また提案等の営業手法も導入したシステムにより変えていく必要があるでしょう。
無目的にそのようなシステムを導入し続ければ、結果的に業務の簡素化ではなく余計な労力が必要になるだけという結果になりかねません。
結局のところどのような業務についてDX化を進めるか、そして導入によりどのような成果を求めるか人材・費用・労力などの観点からも充分に検討してから導入するのが良いのでしょう。