【地面師詐欺はドラマの世界だけではない】覚えておきたい詐欺被害を防止するための方法

不動産業者である皆さんは、Netflixで話題となった『地面師たち』をご覧になった方も多いのではないでしょうか。

このドラマは、2017年に発生した積水ハウスに対する巨額詐欺事件をモデルにしています。

東京都五反田駅近くの廃業旅館の土地売買を巡り、積水ハウスが55億円の巨額詐欺被害を受けた事件です。地面師の実態を知る立場からすると、かなり誇張された演出も見受けられましたが、エンターテインメントとして楽しむ分には面白い作品でした。

ご存じのように、地面師とは、他人の土地や建物の登記済証や印鑑証明、身分証明書などを偽装して所有者になりすまし、不動産の売買代金を搾取する詐欺師を指します。

地面師が最も多く暗躍したのは、バブル時期、すなわち昭和後期から平成初期にかけてです。当時を知る方ならご存じのように、登記情報が電算化されていなかった2005年以前は、法務局では登記簿原本の保管にバインダーが使用されていました。法務局に出向き閲覧申請を行うと、当該登記簿が収められた分厚いバインダーが手渡されたのです。

その気になれば、周囲の目を盗んで原本を偽装した書類と差し替えることも可能でした(念のため、筆者はそのような犯罪行為を行ったことは一度もありません)。この時代が、アナログ的な詐欺手法が通用した最後の時期だったかもしれません。

当時は、監視カメラの普及も進んでいなかったため、犯罪を企てる地面師にとって自由に行動できる環境が整っていたのです。

現在では登記情報も電算化され、かっての詐欺手法は通用しません。また、本人確認の厳格化や、登記制度の見直し、情報共有の強化といった対策が進み、旧来の地面師が暗躍することはほとんどなくなりました。しかし、技術の進歩や時代背景に伴い、詐欺手法が時代と共に変化するのは避けられないことです。

件数こそ減少しているものの、地面師は手法をかえ、今もなお活動を続けているのです。今回は、近年摘発された新たな詐欺手法を紹介すると同時に、詐欺で騙されないためのポイントについて解説します。

過信が狙われる

令和6年9月17日、国土交通省から全国地価動向が公表され、三大都市圏における上昇率の拡大が注目されました。全用途平均、住宅地、商業地のいずれも3年連続で上昇幅が拡大しています。

全国的に地価が上昇している中でも、都心部には空家や空地が散在しています。これらが放置されている理由は、相続問題で揉めている、または活用意図があるなど様々ですが、このような誰もが欲しがる土地が、地面師達にとって格好のターゲットになります。

かつて地面師は単独もしくは少人数で活動していましたが、現在では5~10人規模のグループを形成し、詐欺を行うケースが増えています。実際、積水ハウスの詐欺事件では17人が逮捕され、主犯格以外にも、犯罪に加担する人間をスカウトする手配師や身分証明の偽造役、銀行口座の開設役、司法書士を装うものなど、各自が役割を分担していました。

とはいえ、それぞれが精通した専門家ではなく、各人が複数の役割を担っていたのが実情のようです。

こうした大規模な詐欺手法は「劇場型犯罪」と呼ばれています。特殊詐欺の増加背景には、SNSを使った実行犯の募集があると言われています。特に若年層は、犯罪に加担しているとの意識が薄く、アルバイト感覚で参加するケースが多いようです。しかし一方で、劇場型犯罪には高度なスキルが要求されます。私たち不動産業者や司法書士などの専門家を欺くには、浅はかな知識やスキルでは通用しないからです。

しかし、知識や経験が豊富であると自負することが、時に危険を招くことがあります。熟練の地面師は、そのような「過信」に付け込むからです。

不動産実務では、病気や急な事情で取引時に配偶者が代理人として立ち会うケースや、離婚、債務超過などを理由に相場より大幅に低い金額での買取や売却を打診されるケースも少なくありません。

このようなケースで柔軟に対応できるのが不動産業者に求められる資質ですが、過去の経験が仇となり、「大丈夫だろうと」と安易に捉え、所有者の意思確認や取引目的の確認を省略してしまうことがあります。結果として、詐欺に遭遇するリスクが高まるのです。

経験が豊富なため、イレギュラーな取引に対して耐性があり、一般消費者であれば疑問を抱くような取引でも、特に不審を抱かず取引を進めてしまうことで、詐欺被害にあうのです。

先述した積水ハウスの詐欺事件においても、購入を希望する同業他社が多数存在していることを理由に、社内で定められた稟議審査が簡略化され、「売買契約はしておらず、仮登記を抹消しないと法的手続きを取る」との内容で送付されてきた所有者からの内容証明郵便についても、詐欺師による「売買に反対している内縁の夫が、取引を防止する目的で送付してきた」との言い分を受け入れてしまいました。

また、所有者が体調不良だとして代理人が内覧に立会いしたことや、最終打合せの際に権利証が持参されなかったなど、不審な点は数多くありましたが、その都度、詐欺師によるもっともらしい言い訳を受け入れたことで、被害に遭っています。

積水ハウス側の各担当者は、皆相応のプロです。過去の経験にとらわれず愚直に事実確認を実施していれば、早い段階で詐欺に気づき、被害を防止できていたでしょう。

「経験に付け入る」、これこそ地面師が狙うポイントだということを、常に意識しておく必要があるのです。

地面詐欺は減少しているが……

警察白書では、1981年(昭和56年)の詐欺件数認知件数63,710件のうち、地面師詐欺の認知件数は1,264件、検挙件数は1,235件と報告されています。しかしそれ以降、地面師詐欺に関する詳細な統計が警察白書に掲載されていません。唯一、2000年度(平成12年度)の白書で「高度成長期以降の地価上昇を背景に多発した地面師詐欺」との記述が見られる程度です。

かつて地面師が多用した保証書を悪用する手口は、2004年(平成16年)の不動産登記法改正により保証書制度が廃止されたことで通用しなくなりました。さらに、令和5年6月1日には「改正犯罪収益移転防止法」が施行され、弁護士や司法書士はもちろん、金融機関や私たち不動産業者などの事業者に対して、本人特定事項の確認に加え、取引目的等(取引目的、職業、事業内容、実質的支配者)の確認を行うことが義務付けられました。これらにより、なりすましが困難になったのです。

その結果、詐欺事件の認知件数自体は減少したのですが、注目すべきは検挙件数です。平成10年度までは90%を超える検挙率を誇っていましたが、その後減少が続き、近年は40~50%台で推移しています。

これは、警察の捜査に不備があるのではなく、それだけ詐欺の手口が巧妙化すると同時に、複雑化していることが要因です。

さらに、印刷技術や画像加工ソフトの技術が発展により、偽造書類の精度が向上していることも要因でしょう。

例えば、積水ハウスの詐欺事件では、ブラックライト照射テストをパスしたパスポートが使用されています。防犯上の観点から、照射で浮かび上がる隠しロゴの真贋パターンについて詳細な情報は開示されていないのですから、浮かび上がれば本物だと認識されるのは仕方がありません。

このような技術革新の影響もあり、決済時に短時間で本人確認書類をチェックするだけでは、もはやその真贋を見破ることは不可能とさえ言われているのです。

公的機関で採用されている本人確認装置などの専用機器を使用すれば、書類の真贋を見極めることは可能ですが、技術は日々進歩していますし、また、常に機器を持ち歩くのも現実的ではありません。

非対面取引の場合には、事前にマイナンバーカードや運転免許証のICチップ情報を送付して貰う方法が有効ですが、対面取引では困難です。

したがって、対面取引において書類の確認が重要であるのは間違いありませんが、それに加えて、書類から得た情報を自然な形で会話に取り入れ、相手の回答内容や表情から違和感を察知するのです。某アクション映画の名言を借りるなら、「考えるな。感じろ!」ということです。

実際、事前に想定した質問には流暢に答えられたとしても、例えば本籍地の名物や特産品などの質問をすると、不自然な言動や返答の矛盾が生じるケースがあります。筆者自身も、そのような矛盾を指摘したことで、地面師による詐欺を未然に防止した経験があります。

常に警戒心を持って取引に臨み、違和感を覚える場合は、取引の延期や中止を検討する覚悟が必要です。

疑わしい取引はこうして見破る

宅地建物取引業者には、「犯罪による収益の移転防止に関する法律」第8条第1項の規定に基づき、疑わしい取引について行政庁に届け出る義務があります。

国土交通省は、「不動産取引における疑わしい取引の参考事例」を公開しており、そこに記載された着目すべき事例は、具体的には以下のようなものです。

A. 現金の使用形態

◯契約者の収入、資産等の属性に見合わない高額物件の購入
※このケースでは、資金の出どころ(相続、贈与など)についての質問に加え、通帳に契約者との関係性が確認できない人物から振込がされていないかなどをチェックします。

◯短期間に売買契約が繰り返され、その総額が多額な場合
※この場合にも、資金の出どころや目的の確認が必要です。

B. 真の契約者を隠匿している可能性

◯売買契約が架空名義や借名で締結された疑いがある場合や、取引関係書類への署名を拒む場合。
※本人の署名がぎこちない場合や、住民票などを手元に置き、それを見ながら署名するなどの不自然な行動が見られる場合は注意が必要です。

◯書類ごと、異なる名前を使用するケースや、書類の送付先が当人の住所と異なる場合
※離婚協議中の妻が、所有者である夫の承諾を得ず自宅を売却しようとした事例があり、これを未然に防いだ経験があります。

C. 取引の特異性

◯物件購入後、短期間でその物件を売却しようとする場合や、経済的合理性から見て不自然な価格での売却を望む場合。
※短期間のうちに複数の物件を購入しながら、それら物件の所在地や状態を把握していない場合など、特異的な状態である場合は疑ってかかるべきです。また、購入や売却理由が合理的ではない場合にも注意が必要です。

D. 不自然な変更希望

◯合理的な理由なく契約や決済日等の延期を申し出る場合や、取引の秘匿性を不自然なほど希望する場合
※取引の進行中に違和感を覚えるケースは要注意です。例示したケースに限らず、要所で不自然さが感じられる取引は、慎重に対応すべきです。

このような違和感に対する感覚は、経験を積むことで磨かれていきますが、それには時間が必要です。公益社団法人不動産流通推進センターから提供されている、「不動産売買における疑わしい取引のチェックリスト」の活用もお薦めです。

チェックリストは、以下のリンクから入手可能です。

https://www.retpc.jp/wp-content/uploads/hansya/pdf/checklist.pdf

まとめ

地面師による詐欺被害を防止するためには、不動産業に従事する私たち一人ひとりに意識改革が必要です。詐欺事件が発覚した場合、見抜けなかった私たちにも法的責任を問われる可能性があるからです。

最新の防止策としては、ID確認システムや生体認証技術の活用が挙げられます。しかし、不動産営業の現場では事務所以外の場所において単独で取引相手と対面することも多く、これらの技術を即時に活用することは困難です。また、印刷技術の向上により、本人確認書類も精巧に偽造され、一見して真贋を見抜くことは容易ではありません。

加えて、地面師による手口は日々巧妙化し、多様化しています。被害を防ぐには、最新の詐欺手口に関する情報収集の徹底と日々の研鑽のほか、違和感を覚えた場合には即座に対応する柔軟な姿勢が必要です。こうした取組によって、不正行為に巻き込まれるリスクを減らせるでしょう。

地面師については、大規模な詐欺事件ばかりに目もいきがちですが、近年は高齢者や独居老人を狙った1億円以下の詐欺被害が増加していることも見逃してはなりません。

詐欺被害に関し私たちには、自身の業務範囲を超えた社会的責任があります。知識を拡充すると同時に防犯意識を高め、社会全体の安全に貢献する。それが、私たちに課せられた社会的義務であり、信頼を守るために不可欠な倫理観なのです。

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