建築工事着工前に必要な手続きである建築確認手続きが滞り、工事に着手できないといった状況が長くつづき、建築業界は大騒ぎとなった時期があります。
2007年(平成19年)6月20日からはじまった「建築確認申請の厳格化」です。
建築基準法の改正によりおこなわれた制度変更でしたが、建設業者の売上計画や建築主の事業計画に大巾な変更を来す大事件でしたが、そのキッカケとなった「耐震偽装事件」をふり返ります。
耐震偽装事件の概要
耐震偽装事件とは2005年(平成17年)11月に発覚した、一級建築士の構造計算書偽装が発端となった事件です。
立件された罪状と関与した被告は以下のとおりでした。
2. 偽装された構造計算書と知りながら工事をおこなった建設会社社長および担当支店長[詐欺・建設業法違反]
3. 耐震強度不足を知りながらマンションを分譲したデベロッパー[詐欺]
4. 偽装された構造計算書にもとづく建築確認・検査業務をおこなった確認・検査会社[公正証書原本不実記載(耐震偽装に直接関りはないとされた)]
構造計算書が偽装された物件は、分譲マンションやビジネスホテルと複数におよび、多くの被害者を生んだ事件でした。
分譲マンションには建替えなどの公的支援を受ける措置がとられましたが、所有者は二重の住宅ローンを抱えることになり、人生設計を大きく狂わされる出来事でもあったわけです。
この事件でクローズアップされたのは次の2つです。
2. 偽造された構造計算書にもとづく建築確認申請が承認された
建築業界では『あってはいけないことが起こった!』と多くが認識しましたが、『起こるべくして起こったこと……』と捉える人も一定数いたようです。
なぜ?~国土交通大臣認定の構造計算プログラムが改ざんされた
構造計算プログラムが改ざんされたことは、一般には理解されないことだと思います。
しかしできるはずのない改ざんが、堂々とおこなわれた理由として次のことがいえます。
1. 構造計算プログラムが改ざんできたのは、改ざんを疑われるしくみがなかった
建築確認申請手続きのなかで、構造計算書の検証をおこなうことはありません。「認定プログラム」はそれほど権威のあるものでしたが、改ざんをおこなう者からみるとハードルは低かったと考えられるのです。
2. 構造計算は意匠設計者の下請としておこなっており、設計責任は構造計算者にはなかった
建築確認申請上の設計者資格は元請の意匠設計事務所(建築士)であり、構造計算に携わった建築士は書類上の責任はないと認識していたとも想像できます。また万が一偽造が明るみになった場合は、計算過程をミスしたとして修正するつもりでいたとも考えられます。
つまりプログラムを改ざんするのに “良心の呵責や後ろめたさ” などの感情はあまりなく、軽い気持ちでおこなったのではないかと推察できるのです。
なぜそのようなことができるのか?その理由は2番目の理由を紐解くと理解できます。
なぜ?~偽造された構造計算書にもとづく建築確認申請が承認された
1999年(平成11年)建築確認申請制度は、確認・検査処分を民間確認検査機関に委譲することが可能となりました。
つまりこれまで地方自治体に置かれた「建築主事」がおこなっていた業務を、民間でもおこなえるように開放したのです。
民間確認検査機関には「建築基準適合判定資格者(確認検査員)」が在籍し、確認業務や検査業務をおこない、確認済証の交付と検査済証の交付をおこなうと、その効力は「建築主事」が交付したものと看做すという建築基準法の改正がおこなわれました。
市区町村の建築主事が厳正におこなっていた業務を民間がおこなう、この改正に疑問をもつ識者は多かったのですが、官から民への流れに乗りおこなわれたものです。
これまでの行政がおこなっていた確認申請業務は、民間に移行して表れた利点が2つあります。
2. 緩い
民間事業は当然ですがビジネスとして成立するものでなければなりません。
確認手数料は行政より高くなるのは当然ですが、それでは価格競争で民間は勝てません。
価格よりもメリットのあるのが「早くて緩い」になるわけです。
耐震偽装された案件は民間確認検査機関の確認を受けています。
プログラムの改ざんに気づくようなチェックはおこなわれないとの予測は成り立つでしょう。
建築基準法の限界~建築基準法違反が生まれる背景
耐震偽装事件から13年、再び大きな建築基準法違反が表面化します。
2018年(平成30年)4月レオパレス21は、木造共同住宅の戸境壁が小屋裏まで到達していない、多数のアパート建築の存在を公表しました。
さらに翌年2月には膨大な棟数になるとの発表がおこなわれ、改修計画を立てるも予定どおり進んでいません。
建築基準法違反は耐震偽装事件にみるように “建築士” が関与するケースと、レオパレス21のように工事に問題があるケースがあります。
しかし工事方法に問題があったとしても、建築士に「工事監理」が義務づけされているように、やはり建築士の責任は免れません。
建築基準法の建付けは次のようになっています。
2. 建築物の工事に関し工事監理者の設置は建築主に責任がある
3. 建築物の工事着工前に設計内容が関係法令に適合していることを、建築主が建築主事または確認検査員に確認申請をしなければならない
4. 建築主事または確認検査員は確認審査をおこない、確認済証の交付により建築主は工事を着工できる
建築行為は一義的に建築主に責任があります。建築主の責任で建築士を指名し設計および工事監理をさせるわけです。
建築士は建築主に対して責任を持つと同時に、建築士法に定める「公正で誠実な業務を行う」義務があります。
そして第三者的な立場で設計施工内容の合法性についてチェックする、建築主事または確認検査員の存在があります。
耐震偽装事件では建築主・建築士・確認検査員・建設会社と、4者すべてが立件されることになりましたが、直接的な違法行為は下請けの建築士がおこなったことでした。
しかしその違法行為を見抜くことができなかった確認検査員の責任が問われることはありませんでした。
レオパレス21の建築基準法違反においても、確認検査員の責任を問われることはなかったのです。
確認検査に対する国の法的責任
建築確認制度における法的責任はどこにあるのでしょうか。
問題提起をした書物があります。
公益財団法人地方自治総合研究所が出版した「自治総研ブックレット№2 耐震偽装の政府責任 2006年5月15日発行」。
このなかで鈴木庸夫千葉大学法科大学院教授(当時)は国の責任について次のように述べています。
(中略)
ソフトプログラムの改ざんの予見可能性というものがあったのではないかということが、おそらく今後、裁判になれば争われてくるだろうと思います。”
国とは国土交通省になるわけですが、指定確認検査機関は複数の都道府県にて業務をおこなう場合、国土交通大臣が指定します。
事件で被告となった確認検査機関は国が指定しており、その監督責任は国にあるというわけです。
また、民間の確認検査機関がおこなった確認・検査処分は、特定行政庁の建築主事がおこなったと同等の効力があり、もしそこに不備があれば、特定行政庁は民間機関が承認した確認処分を無効にする権限があります。
法制度上は確認検査機関のミスを特定行政庁がチェックし、その業務について国土交通省が監督できることになっていたにもかかわらず、まったく機能せずに改ざんがおこなわれたのです。
しかしこれら行政庁および国の責任が裁判で問われることなく、建築基準法の改正により「建築確認の厳格化」がおこなわれ、建築士にのみ負担を押しつける制度変更で終わったのでした。
参考サイト
・国土交通省「建築主の皆様へ ~6月20日から建築確認・検査の手続きが変わりました~」
・国土交通省「構造計算書偽装問題に関する緊急調査委員会 報告書」
・京都第一法律事務所「「耐震偽装問題」の背景 ~建築確認の民間開放の問題点~」
・イーホームズ社長「改ざん可能な認定プログラムに問題」
【参考書籍】
・『自治総研ブックレット2⃣「耐震偽装の政府責任 建物の安全の制度設計」』 編者:辻山幸宣 発行所:株式会社公人社