
2026年2月28日(現地時間)から開始された米国によるイランへの軍事攻撃は、開戦から約2か月を経過した執筆時点においても、終結の見通しは立っていません。
イランの反撃により中東地域で軍事衝突が拡大し、ホルムズ海峡が封鎖されるなど、中東情勢の悪化に伴う影響は広範に及んでいます。
日本は9割以上の原油をアラブ首長国連合やサウジアラビアなど中東に依存しているため、こうした情勢の緊迫化はエネルギー安全保障に直結します。

もっとも目につきやすいのはガソリン価格の高騰ですが、それ以外にも原油やナフサを原料とする身近な生活商品が値上がりし、さらに私たち不動産業界に多大な影響を及ぼす建築資材、例えば防水材や断熱材の一部、接着剤、溶剤系塗料なども供給が滞り、あるいは値上げされ、さらには一部の住宅設備やユニットバスについても、LIXILやTOTOなどの大手建材メーカーが新規受注を停止、あるいは納期を未定にするなどの措置を講じています。
当然のことながら、必要部材の一部でも供給が止まれば工事全体に支障が生じます。
請負契約が締結され、すでに主要資材の発注が終わり納期確認も取れているなら問題は生じにくいでしょうが、それ以前の段階であれば、例え請負契約が締結されていても価格が見直される可能性があります。
これは、新築やリフォームの請負契約書には必ず「単品スライド条項」、いわゆる資材価格が高騰した場合における請負代金の変更に関する条項が設けられているからです。

請負契約が締結されていてもこの状態なのですから、見積もり段階や契約締結前なら何を言わんかです。
見積作成時点の価格上昇は織り込み済みでしょうが、その後さらに供給不安や価格の引き上げが進んだ場合には、当然のことながら見積もり金額に変更が生じます。
さらに言えば、望む商品が手に入らない可能性すらあるのです。
また、工事が予定どおりに進む保証もありません。
資材が枯渇すれば、工事が遅延するからです。
政府は、相次ぐ受注停止や値上げ、生産ラインの停止について苦言を呈すると同時に「必要なナフサは確実に足りている」とし、問題が生じているのは「供給の目詰まり」によるものだとしています。
高市早苗首相が「年を超えて石油の供給を確保できる目処がついた」と発言し、さらに木原稔官房長官もナフサについて「日本全体として必要な量は確保されている」と強調しています。
これらの発言からは、ホルムズ海峡を経由しない代替調達の目処が一定程度立っている可能性がうかがえます。
しかしながら、現実問題として建材メーカーは納期を未定とし、資材価格も高騰しています。
私たち不動産業者はいったい何を信じ、顧客に対してどのように説明すべきなのでしょうか。
本稿では現在得られる情報を精査したうえで、可能な限り正確な内容をお伝えしていきます。
供給目詰まりの正体
政府が「必要なナフサは確保されている」と説明しているにもかかわらず、現場では資材不足や納期遅延が発生している。
この矛盾した状況を、私たちはどのように理解すべきなのでしょうか。
筆者の推測を申しあげれば、問題の本質は「総量の不足」ではなく、「供給プロセスの分断」にあると考えています。
政府が発信したように、ナフサが日本全体で必要な量が確保されていたとしても、それが市場に供給されるまでには複数の段階を経る必要があります。
つまり、原料の調達、輸送、精製、加工、製品化、そして流通という一連のサプライチェーンです。
この一部でも遅滞すれば「確保=問題解決」という図式は成立しません。
資源エネルギー庁によれば、政府は原油調達代替先として、北米(アメリカ、カナダ)や西アフリカ、南米、アジア地域からの輸入強化を模索しつつ、現在は備蓄放出とアメリカからの輸入で、必要量を賄っている状態です。
中東依存からの脱却については、依然として目処が立っていない状態なのです。

アメリカの原油産出地はテキサス州やニューメキシコ州、アラスカ州、ノースダコタ州などですが、そこから産出された原油は、主にメキシコ湾岸から積み出され「大西洋~パナマ運河~太平洋ルート」で運ばれます。
一方、中東からの輸入においてホルムズ海峡を経由しない場合は、まずサウジアラビアなどを横断するパイプラインを利用して紅海側へ移送したうえで「紅海~喜望峰~インド洋ルート」という大きく回り込む航路を選択せざるを得ません。
スエズ運河を通過できれば距離を短縮できるのですが、巨大タンカーは通過できません。
中東からホルムズ海峡を通過した場合の日数は約3週間ですが、「大西洋~パナマ運河~太平洋ルート」は約4週間、喜望峰ルートは約6週間必要となります。
このように、代替ルートの確保には時間とコストがかかり、かつ輸送効率を大きく低下させるのです。
さらに航路の長短は卸売価格に影響を及ぼすと同時にタイムラグをも発生させます。

このように、精製設備に原料が安定的に届かない状態は、生産計画の乱れを招きます。
石油化学製品は連続稼働が前提であるため、一度バランスが崩れると、稼働率の調整や一部ラインの停止といった対応を余儀なくされるのです。
このように理解を深めていけば、ナフサそのものが「あるかないか」ではなく、「必要なタイミングで、必要な量が、必要な場所に届いているか」が重要だと分かります。
政府が強調する「確保されている」との見解と、民間での「市場に出回っていない」という双方による認識の違いは、時間軸と供給段階の違いに起因すると考えられるのです。
何より、年間ベースで必要量が確保されていたとしても、月単位、あるいは週単位で供給に偏りが生じれば、現場レベルでは「不足」している状態です。
さらに、化学製品の多くは代替が利きにくいという特性があり、施工現場で欠かせない防水材や接着剤、断熱材などは、最低限必要不可欠な特定の原料や配合に依存しているため、単純に他製品へ切り替えることが困難なのです。
加えて、企業側のリスク回避行動も影響しています。
先行きが不透明な状況下においては、メーカーも在庫の積み増しや出荷調整を行い、可能な限り安定供給できるよう対応を試みます。
その結果、市場への供給量が不足する事態が発生するのです。
したがって、「全体量は確実に足りている」「不足が生じているのは目詰まりや風評被害によるものだ」とする政府と、「現場では確実に不足している」という意見は、いずれも間違いではないのです。
両者は、それぞれが見ている時間軸と範囲が異なっているだけなのです。
このような捻じれ構造を正確に理解しなければ、顧客への説明において説得力を欠くことになります。
単に「中東情勢の悪化で値段が上がった」「引き渡し時期が見通せない」と説明するだけでは、納得を得られないからです。
現場で何が起きているのか
前章で述べたとおり、現在の資材不足は単なる供給量の問題ではなく、サプライチェーン全体の分断によって生じた構造的問題です。
そのため、事態の長期化や代替調達の不安定さが懸念されるのです。
そして、実際に不動産・建築実務においてはすでに、様々な問題が顕在化しています。
まず顕著なのが、見積もりの前提が崩れている点です。
「単品スライド条項」、つまり資材価格高騰に伴う請負金額の変更については序章で触れましたが、発注が終了して納品予定が決定した段階であれば問題は生じにくいものの、それ以前の段階では常に納期や価格変動、さらには引き渡しに支障が生じるリスクを伴います。
見積作成時点では入手可能だった資材が、その後の段階で価格が上昇したり、供給停止に直面したりする可能性があるのです。
結果として、顧客との間で「当初提示された金額と違う」「引き渡しの遅延など受けいれられない」という認識のズレが生じ、トラブルの発生が増加する懸念があります。
顧客は、見積もりや請負契約書の金額を根拠に資金計画を組み立て、必要な額だけ融資を利用します。
多少の余裕はあるでしょうが、それを超える価格の変動が生じれば原資を確保できません。
さらに、請負契約書に記載された引渡日を目安に、賃貸住宅であれば解約、所有物件であれば引き渡し日の設定や引っ越しの手配を行います。
しかし、引き渡しが遅延すれば、これらの計画すべてに支障が生じます。
これにより、損害賠償問題に発展する可能性もあるでしょう。
このように、私たちと顧客の信頼関係に影響を及ぼす事態の発生が、現場において常態化しつつあるのです。
さらに、仕様確定の難しさも大きな課題です。
特定メーカーの設備や建材を前提に設計を進めていた場合でも、受注停止や納期未定といった事態により、直前で仕様変更を余儀なくされるケースが増加しています。
この変更は、単に製品を置き換えれば済む問題ではありません。
色、品質、性能、デザイン、価格といったあらゆる要素に影響を及ぼし、さらには顧客が描いていたイメージを損なうといった、主観的な問題も伴います。
「性能や使い勝手を損なわない代替品を再選択してください」と説明して、すんなりと受け入れてもらえる問題ではないのです。
このように金額や工期が固定されない前提の請負契約は、顧客とのトラブルばかりか、現場の人件費や管理コストの増加を招き、その費用負担は最終的に顧客へ転嫁されます。
その全てを自社が負担すれば、企業の存続自体が危ぶまれるからです。
それだけに、顧客対応の難易度が上昇します。
資材不足や価格上昇の背景に国際情勢や流通の問題があるとはいえ、顧客は「なぜ予定どおりに進まないのか」「なぜ追加費用を請求されるのか」「引き渡し遅延に基づく損害の賠償は御社が負担するのが当然だ」と主張してきます。
これに対し「外部要因によるもので弊社に責任はない」「あらかじめリスクについて説明していた」と主張しても、十分な納得を得ることは難しいでしょう。
特に、請負契約締結後の変更や遅延は「リスクを見越したうえで契約を締結するのが企業としての責任」と主張される可能性が高いため、契約締結前の説明と、顧客の真の理解が必要不可欠となるのです。
これらの問題は、新築住宅の請負・分譲・販売を主業とする企業に留まらず、リフォーム工事を斡旋する媒介業者においても正確に理解し対応する必要がある問題です。
これまでの実務における前提が変わりつつあることを理解しなければならないのです。
顧客にどう説明すべきか
これまで解説した内容を理解していただければ、従来の「確定情報」を前提とした説明では、顧客の納得を得ることができないことをお分かりいただけたでしょう。
このような状況下において重要なのは「何を説明するか」ではなく、「どのように説明するか」です。
具体的には、不確実性そのものを前提とした説明に大きく転換する必要があるのです。
そのため、まず避けるべきは“責任回避型”の説明です。
よく用いられるのが「国際情勢の影響なので仕方がない」あるいは「メーカーの都合で納期が未定となっているため、私たちにはどうすることもできない」といった説明です。
確かに、価格変動や納期未定は不可抗力であり、根本的な責任が私たちに帰結するわけではありません。
ですが、事実として正しくても顧客が納得する根拠になりません。
むしろ、「自社に責任はない」との印象を与え、信頼を大きく損なう結果しか生み出さないのです。
また、情報が交錯している現在においては、確実性が担保されない限り迂闊に「現時点では問題ありません」「予定どおりに進む見込みです」といった楽観的な見通しを提示してはなりません。
これは、極めて危険な行為です。
万が一にでも状況が変化した場合、「説明と違う」と糾弾され、トラブルを拡大させる要因となるからです。
そのため、次に挙げる3つのポイントを理解したうえで説明する必要があるのです。
① 「現状の事実」と「将来の不確実性」を明確に区分する
例えば、「現時点では当該資材は確保できていますが、今後の供給状況によっては納期や価格が変動する可能性があります。弊社は、都合の悪い情報であっても一切隠さず、情報を共有しながら最善の進め方を検討していく所存です」と説明するなどです。
このように、現在確定している情報と、変動しうる要素を切り分けて説明することで、顧客は状況を正しく認識できます。
② リスクの前提を共有する
想定されるリスクを隠すことは、たとえ不必要な不安を与えないとの配慮によるとしても、推奨できる行為ではありません。
リスクを隠すのではなく、あらかじめ説明責任を果たす姿勢が重要です。
請負契約を締結する前までには必ず、「現状、資材供給が不安定なため、価格や工期の変動リスクが存在します」と説明し、それを容認してもらったうえで契約を締結するか否かの判断を促すのです。
これにより、トラブルを未然に防ぐことが可能となります。
③ 選択肢を提示する
私たちが、それだけ真摯に情報収集を行っても、自ずと限界があります。
例えば、納期未定が公にされているLIXILのユニットバスについて、メーカーの担当者に「納品がいつか確定できないのか」と詰め寄ったところで回答は得られません。
そのため、顧客に対しては複数のシナリオや選択肢を用意したうえで、説明することが肝要です。
例えば、「LIXILのユニットバスは納期遅延の可能性もありますが、パナソニックのこちらなら在庫の確保が確認できたため、納品の見通しが立てやすい状況です」といった具合です。
このような代替案を複数用意すれば、顧客自身がリスクを許容できるか否かに基づき判断するため、トラブルの発生を抑止できます。
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このように、事実・リスク・選択肢を整理して説明することで、顧客は状況を「理解」するだけでなく、想定されるリスクを納得したうえで意思決定を行うことができます。
その結果、問題が生じても想定の範囲に収まり、信頼関係が損なわれることはないのです。
現在のような不確実性の高い環境化においては、「問題を起こさないこと」ではなく、「問題が起きたときにどう対応するか」が問われています。
そのような意味においては、営業担当者の説明力そのものが、企業姿勢を反映すると同時に競争力を維持する結果に繋がると言えるでしょう。
まとめ
本稿では、中東情勢の悪化に端を発するナフサ供給問題について、その構造と実務への影響、そして顧客対応のあり方までを整理してきました。
何より重要なのは「確保されているのに不足している」という一見矛盾した状況の本質を理解し、それを適切に説明することです。
資材不足や価格高騰そのものを避けることはできませんし、私たちが影響を及ぼす、あるいは改善することもできません。
ですが、影響を最小限に抑えることは可能です。
その鍵を握るのが、正確な情報把握と、顧客との適切なコミュニケーションです。
不確実性が常態化し、いつ解消されるか不透明な現状においては、従来の前提にとらわれない柔軟な対応がこれまで以上に求められます。
本稿が、日々顧客と向き合う方々の参考になれば幸いです。




