【プロなら予見できたはず】と詰め寄られる前に覚えておきたい、引き渡し遅延による紛争防止と実損防衛術

国際情勢や物流停滞、建築資材・設備機器の供給遅延等の影響により、新築物件やリフォーム・リノベーション工事の竣工が遅れ、引き渡しが延期されるケースが増加しています。
買主や施主は、契約書上の引き渡し期日を前提として、従前住居の解約や売却、引っ越し準備、住宅ローン手続き等を進めるため、引き渡し遅延が発生した場合には、仮住まい費用、荷物保管費用、引っ越し費用の増加、二重家賃等の追加負担が問題となるのです。
もっとも、工事の遅延によって引き渡しが遅れた場合であっても、常に売主や施工会社等に対する損害賠償請求が認められるわけではありません。
契約内容、遅延理由、不可抗力該当性、損害との因果関係などを踏まえ、個別具体的に判断されることになります。
一方で、法的に免責が認められる可能性がある事案であっても、説明不足や情報共有の遅れによって紛争へ発展するケースは少なくありません。
多くの場合、
- 既に賃貸住宅の解約手続きを済ませている
- 子どもの転園・転校準備を進めている
- 荷物保管費用や仮住まい費用を誰が負担するのか
と、詰め寄られることになるでしょう。
実際、筆者のもとには、消費者から業者の責任を追及できるかとの相談が数多く寄せられています。

これは、単に「法的な責任があるか否か」、あるいは「契約書や請負契約書に免責事項が定められている」といった問題ではなく、買主や施主に生じた、現実としての不利益や心理的不安に端を発しているからです。
本稿では、工事遅延や引き渡し延期が発生した場合における法的責任の基本構造を整理するとともに、売主・施工会社・媒介業者が事前に講じるべき予防策と、紛争化を防止するための対応方法について解説します。
引き渡し遅延における「法的責任」の境界線
工事の遅延によって引き渡し期日を遵守できなくなった場合、売主や施工会社、媒介業者はどのような法的責任を負う可能性があるのでしょうか。
本章では、民法上の原則と契約書約款(特約)の観点から整理します。
民法上の原則と「帰責事由」
契約書に記載された引き渡し期日までに履行できない場合、下記民法第415条に基づく債務不履行(履行遅滞)が問題となります。
「債務者がその債務の趣旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償の請求をすることができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」
そして、実務上で最大の焦点となるのが、「債務者の責めに帰することができない事由」、いわゆる「帰責事由」です。
現場実務では、「国際情勢の悪化や、それによる供給遅延は自社で制御できない外部要因であり帰責事由は存在しない」と整理されることが少なくありません。
しかし、民法における「帰責事由(不可抗力)」のハードルは、私たち実務者が想像するよりも遥かに高く設定されています。
裁判例や一般的な法解釈を紐解いても、不可抗力の成否については以下の二点を厳格に精査したうえで、個別に判断されています。
① 予見可能性:契約締結時点において、資材不足や物流停滞による工事遅延をどこまで認識・予測できたかが問題となります。
近年では、円安、国際物流停滞、建設業界の人手不足等は広く認識されているため「予測不能であった」との主張が直ちに認められるとは限りません。
そのため、引き渡しが遅延することを説明した際に顧客から、
「あなた方はプロなのだから、契約締結前の段階や施工中に、引き渡し遅延が発生する可能性くらい予見できたのではないですか。だからこそ、本来であれば余裕を持った工期設定や情報の共有、リスク説明を行うべきだったはずです。にもかかわらず、こちらが引っ越し手配や転校手続きを終えたあとになって『遅れます』『自分たちに責任はありません』と言われても、到底納得できません」と、指摘されることになるのです。
また、売主・施工会社・媒介業者は不動産取引や建築実務の専門家として契約に関与しているため、一般消費者より高度な情報収集能力やリスク予測能力を有していると評価されやすい点にも注意が必要です。
② 回避可能性:代替資材の検討、調達先変更、工程調整等によって、引き渡し遅延を回避できなかったかという点も重要な判断要素となります。
単に「メーカーからの資材供給が停止した」という事実のみでは、直ちに不可抗力と認定されません。
裁判実務においては、
- 代替調整の検討を行ったか
- 工期設定に合理性はあったか
- 情報収集や進捗管理を尽くしていたか
などが検討される傾向にあります。
そのため、『契約時点で一定程度リスクを予見できたのではないか』『工期設定や代替調達などによって回避可能性があったのではないか』といった点が問題視され、業者側の帰責事由が肯定される可能性があるのです。
したがって、事業者としては「不可抗力である」との主張だけに依拠するのではなく、予見可能性や回避可能性に関する検証を踏まえたうえで、説明体制や記録化を行なう必要があるのです。
2.契約書における免責条項の有効性と限界
民法は私人間の権利義務関係を規律する私法であり、その根底には当事者が自らの意思に基づいて自由に法律関係を形成できるという「私的自治の原則」が存在します。
そのため、法令や公序良俗に反しない限り、一定範囲で免責条項やリスク分担条項を定めることが可能です。
一般的な売買契約書や請負契約書には、
- 天災地変
- 資材供給停止
- 物流停滞
- その他不可抗力
による工期遅延や引き渡し延期に関する条項が設けられていることが少なくありません。
ですが、消費者契約法第8条(事業者の損害賠償の責任を免除する条項等の無効)・第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)による制約には注意が必要です。
例えば、
- 一切の損害賠償責任を全面的に免除する条項
- 延長期間が過度に長い条項
- 消費者側に著しく不利益な条項
などについては、無効と判断される可能性もあるからです。
国土交通省が公表している民間建設工事請負契約約款には、事業者と消費者の利益衡量や、消費者契約法などの関連法との整合性に一定の配慮がなされているため、比較的安全性が高いと判断できます。
しかし、具体的事案や運用状況によっては、その有効性が問題となる余地も残されているのです。
したがって、十分な法的精査がなされていない自社独自の約款や特約事項を定めた場合、「契約書に盛り込んだから安全だ」という考えを持つのは極めて危険な判断だと言えるのです。
また、実務上は条項の存在だけでなく「どのような説明が行われていたか」も重要視されます。
契約締結魔影にリスク説明を十分に行っていなかった場合や、遅延兆候を把握しながら情報共有を怠っていた場合には、紛争リスクが高まります。
そのため、契約書条項の整備だけでなく、事前説明、運用体制、情報共有方法まで含めて設計する必要があるのです。
売主・施工会社・媒介業者それぞれの立場と責任範囲
資材の供給不足が原因で引き渡しが遅延した場合、その取引に関わるプレイヤーによって、法的義務の性質や責任範囲は大きく異なります。
したがって、この三者による構造の違いを正確に理解することが不可欠です。
①売主(分譲業者・不動産会社など)
売主は、売買契約書で定めた期日までに、買主に対して物件を引き渡す義務を負っています。
原則として、施工業者や資材メーカーに原因が存在した場合であっても、買主との関係では売主が第一次的責任主体となります。
もっとも、不可抗力条項や工期延長条項によって一定範囲で責任制限が認められる可能性はあります。
ただし、売主側の不注意や、消費者契約法で禁じられている「一方的に買主の不利益を強いる特約」に該当する場合、あるいは説明不足が存在する場合には、免責が制限される余地があります。
②施工会社(ハウスメーカー・工務店など)
施工会社は、期日までに工事を完成させる義務を負います。
そのため、竣工が遅延した場合には請負契約上の履行遅滞責任が問題となります。
特に、注文住宅やリフォーム工事は施主が一般消費者であるケースが大半であるため、免責特約について消費者契約法との関係が問題となりやすいのです。
③媒介業者
媒介業者は、売主や施工会社とは異なり、工事完成義務や引き渡し義務を負う立場ではありません。
しかし、「業務に関する禁止事項(宅地建物取引業法第47条)」や善管注意義務との関係で、工期遅延リスクに関する説明義務が問題となる可能性があります。
例えば、
- 特定資材の供給停止を把握していた
- 工期遅延可能性を認識していた
- 引き渡し困難の兆候を認識していた
にもかかわらず、故意に事実を告げない、あるいは不実のことを告げた場合には、説明義務違反を理由として責任を追及される可能性があります。
そのため、「自社には責任がない」として関与を避けるのではなく、継続的な情報共有や調整対応を行うことが重要となります。
何よりも、近年の法制度や裁判例は消費者保護を重視する傾向にあります。
したがって、私たちは「法的な責任が認められるか否か」という不確実性に頼るのではなく、「法的紛争を生じさせないための防衛策」を検証したうえで、契約の前段階から対策を講じる必要があるのです。
消費者が受ける不利益の理解が不可欠
法的責任の境界線がどれほど厳格であるかを理解したうえで、実務者が検討すべきは引き渡し遅延が発生した場合でも、紛争を生じさせないための「土壌づくり」です。
そして、土壌づくりを行うためには顧客が被る損害についての理解を深めておく必要があります。

顧客(買主・施主)が受ける不利益は、単に「入居が遅れる」という問題にとどまりません。
現実問題として経済的損失、税務上の不利益、生活基盤への支障、さらには精神的負担にまで波及するため、実務上は多面的な検討が必要となります。
一般的に、引き渡し遅延によって生じ得る物理的な損害は、大きく以下の四類型に整理できます。
①積極的損害(実際に支払いを余儀なくされる費用)
引き渡し遅延が発生しなければ支払う必要がなかった追加費用です。
例えば、
- 仮住まい費用
- ウィークリーマンション・ホテル代
- 引越し業者のキャンセル費用・再手配費用
- 家財・家電の再配送延期費用
- トランクルーム利用料
- 仮住まいへの転居・再転居費用
などが典型例です。
特に、賃貸住宅の退去連絡(解約予告)は、退去希望日の「1~2ヶ月前」とされるのが一般的であるため、既に解約通知を提出しているケースでは「住む場所を失う」という切迫した問題に発展します。
これにより、感情的な対立も強まりやすく、「金銭を負担すれば解決する」という単純な話ではなくなるケースも少なくありません。
②消極的損害(本来得られるはずだった利益の損失)
積極的損害と一部重複する側面もありますが、こちらは主に、本来得られるはずであった利益の喪失です。
例えば、
- 賃貸運用収益の喪失
- 事務所・店舗移転遅延による営業利益の減少
- 転居先の引き渡し遅延によって生じた、売却物件に対する違約金(売却益を利用した住み替え事案など)
- 引っ越し時期変更による繁忙期料金の発生
- 新生活開始遅延による就業機会。事業機会の逸失
などが問題となります。
もっとも、消極的損害については、因果関係や予見可能性が争点となりやすく、積極的損害と比較して認定ハードルは高い傾向にあります。
③税制や補助金に関する不利益
近年では、住宅取得支援制度や省エネ関連補助金等について、一定時期までの入居や申請が要件とされるケースが増えています。
そのため、引き渡し遅延によって、
- 住宅ローン控除の適用時期がずれ込む
- 各種補助金・助成金の申請期限徒過
- 税制優遇要件への影響
などが問題となります。
これらは、単に「住めないことによる影響」にとどまらず、数十万単位の経済的不利益へ発展する可能性もあります。
④生活・手続き上の不利益
引き渡し遅延によって、顧客の生活設計そのものに重大な影響を及ぼします。
例えば、
- 子供の転園・転校手続きへの支障
- 住民票異動スケジュールの混乱
- 通勤・通学距離への影響
- 高齢世帯における介護環境の悪化
- ペット飼育環境の悪化
- 精神的なストレス
などに支障が生じるケースが想定されます。
このような問題は、金銭には換算しづらい一方で、実生活や精神面に多大な影響を及ぼす可能性が高いと言えます。
そのため事業者としては、「どこまで法的責任を負うのか」という視点だけではなく、「顧客にどのような不利益が生じているのか」、あるいは「どのような問題が発生し得るのか」を具体的に想定したうえで、事前説明や情報共有、具体的な代替案の提示を行うのです。これこそが、紛争を生じさせないための土壌造りとなるのです。
トラブルの発生を未然に防ぐ3つの予防策
顧客が受ける不利益を理解したら、次に必要となるのが、紛争を生じさせないための具体的な「土壌づくり」です。
引き渡し遅延のトラブルにおいて問題化しやすいのは、『説明不足』と『情報共有の遅れ』です。
その背景には、「事前に説明を受けていれば、不利益を回避あるいは軽減できたはずだ」という思いがあります。
したがって、契約締結前の段階で想定されるリスクをあらかじめ共有しておくことはもちろん、工事の進捗に問題が生じた場合には、速やかに情報を共有したうえで、具体的な対応策を相談する姿勢が不可欠となるのです。
1.幅を持たせた期日設定
実務上もっとも汎用性が高く、かつ有効なのが、一定範囲で工期変更を可能とする特約を設ける方法です。
例えば、以下のような条項が考えられます。
●特約文例:引き渡し期日の変更に関する合意
『本物件の引き渡し期日は令和〇年〇月〇日を目処とするが、国際情勢の変動、物流の停滞、建築資材または設備機器の供給遅延等、売主(または施工会社)の合理的な支配を超える事由により工期に遅れが生じた場合、売主(または施工会社)は買主(または施主)に対し、当初期日の〇ヶ月前までに書面で通知することにより、最長〇ヶ月を限度として、合理的な範囲内で引き渡し期日を延長できるものとし、買主(または施主)は予めこれを承諾する』
ただし、このような特約を契約書等へ盛り込めば、それだけで紛争を完全に防止できるわけではありません。
- 引き渡し予定日を、過度に曖昧な状態で設定している
- 延長可能期間が一方的であり、かつ長すぎる
- 買主(または施主)に著しく不利な内容となっている
- 延滞発生時の説明義務や通知義務が定められていない
といった場合には、消費者契約法第10条(消費者利益を一方的に害する条項の無効)との関係で問題となる可能性があります。
また、実務上重要なのは、条項を設けることだけではありません。
- 契約締結前までに十分な説明を行っていなかった
- 工期遅延の兆候を把握しておきながら、その報告を怠った
- 顧客からの問い合わせに対して曖昧な回答を続け、説明責任を果たさなかった
- 具体的な代替案や善後策を提示しなかった
このような事情が存在すれば、法的紛争へ発展するリスクが高まるのです。
つまり、「免責されるか否か」ではなく、法的要件を具備した条項を設けると同時に、「顧客が納得できる説明と対応が行われたか」という点が重要なのです。
2.損害賠償範囲の整理
事業者責任を全面的に免除する条項は無効となるリスクはありますが、合理的範囲で賠償範囲を整理することは有効に機能する可能性があります。
前述したように、引き渡しが遅延した場合には、顧客側から二重家賃やホテルの宿泊費などの積極的損害のみならず、逸失利益や精神的慰謝料など広範な損害請求がなされる可能性が否定しきれません。
そのため、以下のような特約を設けておくのです。
●特約文例:損害賠償額の制限
『売主(または施工会社)の責めに帰すべき事由により引き渡しが遅延し、買主(または施主)に損害が生じた場合、売主(または施工会社)が負担する賠償の範囲は、現に発生した仮住まい費用(近隣の同等賃貸物件の賃料相当額)および荷物の保管費用、引っ越し変更手数料の実損分(合計で金〇〇万円を上限とする)に限るものとし、その他の間接損害、特別損害、精神的損害等については、売主(または施工会社)はその責を負わないものとする』
この特約は、売主または施工会社等の責に帰さない場合は免責となることを前提としたうえで、事前連絡や説明の不備など、売主の責任が問題となる局面において、損害賠償の範囲を一定程度に限定しています。
もっとも、賠償範囲や上限額が過度に低額な場合や、通常損害まで排除した場合には、消費者契約法第10条(消費者利益を一方的に害する条項の無効)との関係で無効とされる可能性があります。
そのため、想定される損害の範囲や顧客側の予見可能性も踏まえながら、合理的な内容に調整する必要があります。
ですが、契約書の約款や特約にどれほど精緻な文言を並べても、契約当日に形式的な説明を行うだけでは顧客の記憶に残りません。
その場合、顧客から「そのような説明は受けていない」と言われ、「説明した・いや、聞いていない」という、事実認識と感情が混在した紛争へと発展する可能性があるのです。
このような状態に陥ることを防止するためには、遅くとも契約締結前までに、契約書とは別紙で「資材供給・工期遅延リスクに関する同意書」等を提示し、説明を行ったうえで署名・捺印を得る方法が有効です。
作成する別紙は、「同意書」、「確認書」「覚書」など名称を問いません。
当事者間において合意内容や意思表示が明確となっていれば、契約内容の一部として法的に評価され得ます。
もっとも、その内容が強行法規、公序良俗、消費者契約法等に反していないことが前提となりますが、想定されるリスクのみを事前に説明することで、顧客の理解をより深めると同時に、紛争リスクを軽減する効果に期待できるのです。
3.スケジュール管理と注意喚起
引き渡し遅延のトラブルにおいて、事態を深刻化させる原因となるのが、顧客側の「思い込み」と「先走り」です。
事前に「工期が変動する可能性がある」「引き渡し予定期日は確定日ではない」と説明を受けていたにもかかわらず、
- 賃貸住宅の解約予告を早期に提出する
- 住み替え売却において、遅延条項を設けず売却物件の引き渡し日を確定させる
- 家具・家電を先行購入し、搬入日を固定する
- 引っ越し業者をキャンセル不能な条件で予約する
といった行動をとった場合、工期変更時に大きな問題となることがあります。
そのため、売主、施工会社、媒介業者としては、顧客の生活基盤に関わる各種手続きについて、「いつ、何を、どの段階まで進めて良いのか」を、具体的に管理・誘導する必要があるのです。
特に重要なのは、各種手続きに関して明確な区分を示し、「先走り行為」を未然に防止することです。
例えば、竣工前の建売住宅や注文住宅については、顧客ごとに次のような「ライフライン管理・推奨スケジュール」を作成し、あらかじめ提示する方法が有効です。

このように契約から引き渡しまでの流れを視覚化し、「どのタイミングで解約予告を出すべきか」「いつ引っ越し手配をするべきか」「どの時点で引き渡し日が確定するか」と明示することで、顧客側の誤解や先走りを大幅に抑制できるようになります。
近年では生成AIを活用することで、このようなスケジュール表や注意喚起資料も比較的容易に作成できるようになっています。
プロンプトを精査すれば、実務負担を抑えながら説明品質を向上させることも可能です。
何よりも重要なのは、「説明した」という形式を整えることではありません。
顧客がどのタイミングで、何をしてはいけないかを具体的に理解し、実際の行動に反映できる状態を構築することにあるのです。
紛争化を予防する初期対応
どれほど万全な予防策を講じていても、不可抗力による遅延リスクを完全には防止することはできません。
「責任がないのなら、事実をありのまま伝えるほかない」と思われるかもしれませんが、感情的になった顧客に対して、単に「当社に責任はありません」「契約書にも記載しています」と説明したのでは、不信感や敵対感情を高めてしまう危険性があります。
先述したように、感情的になった顧客は「誰に法的責任があるのか」よりも、「これから自分たちはどうすれば良いのか」「住む場所が確保できるのか」「追加費用を誰が負担するのか」といった現実問題、いわゆる生活上の危機が重視されるからです。
そのため、遅延兆候が発生した場合の初動対応と代替案の提示が極めて重要になるのです。
1.第一報のタイミングとNG行為
引き渡し遅延が発生した場合、顧客の不信感を増大させるのが「情報の遅れ」と「小出し(隠蔽)」です。
そのため、もっとも悪手と言えるのが「確定するまで説明を控える」という対応です。
このような対応は、顧客から『十分な説明がなかった』『情報共有が遅れた』との不信感につながりやすく、軋轢が生じる可能性も高まります。
そのため、第一報は遅延が確定してからではなく、その可能性が見込まれた時点で、速やかに連絡されることをお勧めします。
①第一報で伝えるべき要素
第一報は電話で済ませず、少なくとも以下を整理したうえで、対面あるいはWeb面談で報告されると良いでしょう。
さらに、面談内容は漏れなく記録し、終了後には記録した書面に顧客のサインをもらっておくと良いでしょう。
さらに、対面であればその写しを顧客に渡し、Web面談であれば書面を送付して電子サインをもらうといった配慮も必要です。
- 事実の共有:現時点で判明している事実を端的に説明します。例えば、「〇〇の供給が遅れ、当初予定していた◯月◯日の引き渡しが、現時点で◯日程度遅延する可能性が出てまいりました」といった説明です。
- 原因の説明:物流停滞、メーカー側の供給遅延など、客観的事情を整理して説明します。
- 次回報告日の約定と対応方針:代替調整の検討や工程再調整も視野にあると伝えると同時に、次回報告予定日、例えば「現在他の供給先を探すべく尽力しておりますが、その結果も含め一週間以内に、確定したスケジュールと代替案をご報告させていただきます」といった説明を行います。
このように、確定してから話すのではなく、不確実なリスクもリアルタイムで共有する姿勢が、顧客に誠実さを印象づけ、その後の交渉を有利に進める心理的基盤となります。
2.客観的資料と代替案の提示
報告する際には、「なぜ遅れるのか」「防ぐ手段はなかったのか」という顧客に対し、次のような客観資料を提示したうえで説明することが肝要です。
これにより、遅延理由や対応状況を共有しやすくなるからです。
①第三者証明の種類
資材メーカーや住宅設備メーカーから提示された「納期遅延に関するお詫びと通知」や、物流停滞や原材料不足を報じた新聞記事や経済ニュースのスクラップ、国土交通省などの官公庁が出している建設業界向けの注意喚起文書(写し)などをファイリングして、顧客に提示します。
自社が原因ではなく、社会全体、業界全体で発生している不可抗力な事態であることをビジュアルで認識してもらえれば、顧客の憤りはマクロな環境へと向けられ、感情的な対立構造が緩和される可能性も高まります。

②代替案の提示
遅延は不可抗力であると伝達すると同時に、必ず複数の解決策や代替案を提示し、顧客に自己決定してもらうよう促します。

このように、「不可抗力で遅れるため我慢してください」と伝えるのではなく、期日を優先するため仕様変更するか、あるいは仕様を優先して期日を延ばすかを自ら選択してもらうのです。
これにより、顧客は「どちらが合理的かを選択するモード」へと切り替わります。
③目指すべき着地点
顧客が工期延長を自ら選択した場合、あるいは突発的な事情が発生して期日通りの引き渡しが不可能となった場合には、焦点が積極的損害を始めとする不利益(実損)を「誰が、どこまで負担するのか」という金銭的な着地点へと移ります。
適切な手順や対策を講じていれば、「不可抗力であるため法的責任は限定的である」と主張することも可能ですが、プロフェッショナルとしては顧客に不利益の全てを転嫁する姿勢を取るのではなく、「痛み分け」の姿勢を見せることも大切です。
とはいえ、実際に不可抗力なのですから現金の支出は可能な限り抑え、顧客の経済的・精神的不安を和らげる譲歩の引き出しを、複数用意しておくことが肝要です。

その結果、顧客の了解が得られた場合には、必ず覚書や合意書を取り交わすことが肝要です。
口約束では、後日になって「改めて検討したが、やはり納得がいかない」といった主張がなされ、トラブルが再燃する恐れもあるからです。
取り交わす書面に制約はありませんが、必ず新たな引き渡し期日、変更された仕様、提供したサポート内容などを盛り込んだうえで、末尾には「清算条項(本合意に定めるほか、甲及び乙は、本契約の不履行に関し、互いに今後一切の金銭的請求その他の異議申し立てを行わないものとする)」の一文を挿入します。
これで、紛争再燃リスクの大幅な低減に期待できます。
まとめ
工事遅延や引き渡し延期の問題は、「不可抗力だから免責される」という整理のみでは十分と言えません。
実務上は説明内容、予見可能性、回避可能性、契約条項、情報共有体制についての総合的な検討を要するからです。
さらに、現実問題として発生する消費者が受ける不利益も斟酌する必要があります。
事業者にはコントロールに限界のある資材の搬入遅延などは、天災地変と同様の不可抗力であることに間違いはありません。
しかし、近年の裁判実務や消費者保護体制の傾向を踏まえると、「不可抗力だから当然に責任を負わない」との単純な整理だけでは紛争を回避できない時代となっているのです。
そのため、契約締結前からリスクを共有し、工期変更や引き渡し遅延の可能性に備え、遅延兆候が発生した際には速やかに報告すると同時に、代替案の提示などを行うことが肝要となるのです。
さらに、法的責任の有無にかかわらず、顧客が抱える不安や不利益に向き合うと同時に、実損軽減に向けた調整姿勢を示すことで紛争を予防する姿勢が重要です。
これにより、紛争の深刻化防止に期待できるからです。
したがって私たちは、「責任があるか否か」に固執せず、「いかに紛争を発生させず、かつ顧客の不利益を軽減できる方法はないか」との観点から、契約書整備、説明体制、記録化、スケジュール管理、初動対応まで含めた実務運用を構築していく必要があるのです。
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