【防犯説明の境界線】自己責任で片付けるリスクと「付加価値提案」への転換

2026年5月14日に栃木県三上町で発生した、親子3人が死傷した強盗殺人事件では、その残虐性もさることながら、実行役となったのが16歳の高校生ら4人であったことが社会に強い衝撃を与えました。
実行犯の4人に加え、指示役とみられる夫婦も逮捕されており、今後は事件に至るまでの経緯や、未成年者らがどのようにして犯行に加担するに至ったのか、その背景や人間関係、さらにはSNSなどを通じた指示系統の実態についても、捜査と裁判を通じて明らかにされていくものとみられます。
警察は、本事件をトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)による犯行であるとみて実態の究明に尽力していますが、このような事件が発生するたびに注目されるのが「住まいの防犯対策」です。
防犯カメラやセンサーライト、補助錠、モニター付きインターホンといった設備の必要性が盛んに語られる一方で、私たち不動産業者が「どこまで具体的な防犯対策を説明すべきなのか」という問題も、消費者保護の観点から改めて問われています。
宅地建物取引業法(以降、宅建業法と表記)においては、建物の防犯性について説明する直接的な義務は設けられていません。
そのため、死角となる窓の存在や、簡単にピッキングされるディスクシリンダー錠やピンシリンダー錠が採用されていたとしても、積極的に注意を促す法的義務までは課されていないのが実情です。
何より、過度に不安をあおるような説明を行えば、契約機会を逸失する可能性もありますから、現場において「どこまで説明すべきか」の判断に悩む場合も少なくありません。
実際に、筆者が不動産業者の集まりで質問した際には、「防犯は自己責任だから一切言及しない」と回答した業者が大半でした。
しかしその一方で、防犯上のリスクに関する情報提供が不十分であれば、結果として消費者が適切な判断機会を失い、さらには被害に遭遇する可能性も高まります。
近年は、匿名性の高い犯罪組織による広域的な犯行が相次いでおり、「自分だけは大丈夫」という根拠のない過信が通用しない時代になっているのです。
そして、毎日のように様々な物件を見て知見を重ねている私たちは、「被害にあいやすい家」の特徴を深く理解しています。
それだけに、責任の回避を意識して沈黙するのではなく、消費者が安全性を適切に判断できるだけの情報を、冷静かつ客観的に提供する姿勢が必要ではないでしょうか。
本稿では、宅建業法上の説明義務との関係を踏まえながら、近年の犯罪傾向や防犯に対する消費者意識の変化、さらには防犯対策に関する説明はどこまで必要なのかといった情報提供のあり方について考察していきます。
近年の犯罪傾向と防犯意識の変化
警察庁が公開している令和7年の犯罪統計資料(確定値)を見れば、重要窃盗犯に分類される侵入盗が、過去4年間との比較で増加していることが分かります。

加えて、少年による重要窃盗の検挙人数が増加しているのもお分かりいただけるでしょう。
さらに申し上げれば殺人、強盗致傷、放火など、個人の生命や身体を直接的に侵害する度合いの高い刑法上の分類、いわゆる「凶悪犯」の認知件数が極端な増加を示し、さらにはそれに加担したことで検挙された少年の割合も増えているのです。

凶悪犯罪やそれに加担する少年が増加した背景には、犯罪者の個人的素質や規範意識の程度、育った家庭や教育環境、社会的環境など多様な要因が絡み合っていると分析されていますが、高額報酬を謳いSNSなどの「裏バイト」で実行犯を募集する、トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)の影響が少なからずあるのでしょう。
犯罪件数が増加傾向にあっても、依然として日本は諸外国と比較すれば安全な国だと言えます。
しかしその「安全」が、もはや無条件で享受できるものではなくなりつつあるのです。
凶悪な侵入窃盗や強盗の増加に伴い、消費者が住宅に求める安全の基準は、単なる「治安の良いエリア」という視点から、「住宅そのものの物理的な防御性能」や「犯罪を未然に防止する環境設計」へと大きく変化しています。
その結果、「狙われにくい家」と「狙われやすい家」の差が、以前にも増して重要視されるようになったのです。
ですが、防犯に対する意識や知識については消費者ごとに大きな格差が存在しています。
例えば、高い防犯性能基準をクリアしたCPマーク付き建物部品の存在や、侵入に時間を要する住宅ほど犯行対象から外されやすいという「5分ルール」は、私たち不動産業者においては半ば常識とも言える知識です。
しかし、これを正確に理解している消費者は決して多くありません。
ホームセンターや通販で防犯グッズを気軽に購入できるようになった一方で、「物件そのものの構造的弱点(死角や侵入経路)」についての知識や知見が欠けているのです。
したがって、「防犯は自己責任だから一切言及しない」との姿勢が誤りとは言えないまでも、安全で快適な暮らしを提供するという不動産会社の共通理念から、大きく乖離している可能性が否定しきれないのです。
例えば2025年2月27日、警察庁や国土交通省などが主導する「官民合同会議」と連携し、ピッキングなどに強いCP部品の普及・啓発活動を行う業界団体である『5団体防犯建物部品普及促進協議会』が公表した調査結果によれば、「住宅購入後に防犯対策をした・対応したい」と回答した人が85%に達していることが分かります。

しかし、その一方では、購入検討時に住宅関連事業者から提案があったのはわずか15%に留まったと報告されているのです。
この調査結果を、私たちは軽視してはなりません。
無論、不必要に顧客の危機感をあおるような説明は慎む必要があります。
しかし、「防犯性が低く、犯罪被害にあう蓋然性が高い家」であると認識しながら一切説明を行わないことが、果たして消費者保護の観点から適切と言えるでしょうか。
法的義務の有無とは別に、安全で快適な暮らしを提供する立場にある以上、消費者が適切な判断を行えるよう、必要な情報を冷静かつ客観的に伝える姿勢が、私たち不動産業者には求められているのです。
宅建業法・民法から読み解く「防犯」と「説明義務」の境界線
私たちが実務において顧客への情報提供を躊躇する最大の理由は、「法律上の義務」が曖昧だからではないでしょうか。
法的義務がないのであれば、「余計な説明をして契約を逃すリスクを冒したくない」と営業担当者が考えるのは、ある意味で自然な自己防衛だと言えます。
ですが、仮に過去に侵入窃盗被害に遭った住宅であれば、その被害態様や社会的影響の程度によっては、売主に告知義務が生じる可能性があります。
さらに、その場合には、事前に事実を把握していた不動産業者にも説明責任が生じる可能性があります。
これは、買主の購入判断に影響を与える重要な事項であると見なされる蓋然性が高いからです。
つまり、「防犯に関する説明は一切不要」と単純に割り切れるものではなく、個別の事情によっては、法的責任や信義則上の説明義務が問題となる余地が存在しているのです。
では、実際のところ、日本の法律や過去の判例は「住まいの防犯性」について、不動産業者にどのような役割を求めているのでしょうか。
まずは、その法的境界線を整理していきたいと思います。
1.宅建業法における位置づけ
結論から申し上げれば、宅地建物取引業法第35条が定める「重要事項説明」において、物件の防犯性能や周辺の犯罪発生履歴について説明を義務付ける、直接的な規定は存在しません。
物件にオートロックや防犯カメラが設置されている場合、売主には「付帯設備表」等を通じて設備の有無や使用可能であるか否かを告知する義務が生じます。
一方で、私たちには個別具体的な防犯性に関する評価を説明する義務までは求められていません。
さらに、近隣で過去に、空き巣や強盗事件が発生した事実があったとしても、それが当該物件内における心理的瑕疵に該当しない限りは、国土交通省のガイドライン上においても告知義務の対象外とされています。
ですが、「宅建業法で義務付けられていない」からといって、説明を一切省略しても構わないと考えるのは早計です。
民法には「信義誠実の原則(信義則)」という、大原則が定められているからです。
私たちは不動産取引の専門家です。
したがって、契約締結に際しては、顧客が不利益を被らないように配慮すべき義務、具体的には「善管注意義務」や「契約締結上の情報提供義務」を負っていると解されます。
実際、過去の裁判例を見ても、宅建業法上では説明項目に含まれていない事項であっても、購入者や入居者の意思決定に重大な影響を及ぼす事項について、業者が意図的に説明を避けた、あるいは必要な調査を怠ったとして損害賠償責任を認めたケースが少なくありません。
例えば、周辺地域で侵入窃盗や強盗事件が多発しており、警察や自治体から住民に向けて注意喚起がなされていた事実を把握していた場合、あるいは死角が多く、建物の防犯性に懸念があると認識しながら、「法的義務はない」として一切説明を行わず、その後、顧客が犯罪被害に遭った場合には、信義則上の説明義務違反や調査義務違反が問題となる余地が生じます。
もちろん、個別具体的な事案ごとに判断は異なります。
ですが、少なくとも「知りながら言わなかった」という事実が、法的義務の有無とは別に、社会的・職業的責任として厳しく問われやすい時代になっていることは間違いないのです。
「説明しないリスク」と「過度に不安をあおるリスク」の境界線
現場の頭を悩ませるのは、「どこまでが適切な情報提供で、どこからが不安喚起になるのか」という、所謂「境界線」の問題です。
例えば、内見時に「この地域では最近侵入窃盗被害が多発しています」「この窓では、簡単に侵入されてしまいます」「隣家からは視認できない死角が多すぎて、防犯性に懸念があります」といった断定的・刺激的な表現を用いれば、顧客は必要以上に恐怖心を抱き、冷静な判断ができなくなってしまうかもしれません。
つまり、物件そのものに対する適切な評価や冷静な判断を妨げかねないのです。
防犯リスクを伝える目的を見誤ってはなりません。
情報を伝える目的は「顧客を怖がらせること」ではなく、「必要な対策を共有し、より安全な住環境を実現する」ためです。
したがって、防犯上のリスクだけではなく、その解決策や対処方法をセットで提示することは、消費者の安心につながる「付加価値提案」と言えるのです。

例えば、「死角に窓が存在するため、補助錠や防犯フィルムの設置を検討された方が良いかもしれません」「アプローチから玄関周辺までが暗いので、センサーライトの設置をお勧めします」といった説明であれば、過度に不安をあおることなく、具体的な対策とともにリスクを共有できます。
私たちが目指すべきは、責任を回避するための「沈黙」でも、オプション工事の受注を得るための「脅し」でもありません。
不動産取引のプロフェッショナルとしての知見に基づき、消費者が適切に判断し、安心・安全を実現できるよう手を差し伸べることです。
だからこそ私たちは、「説明義務があるか否か」という受動的な発想に留まるのではなく、消費者が安心・安全に暮らすために、どのような情報を、どのように伝えるべきかという視点から、防犯説明のあり方を考えていく必要があるのです。
不動産のプロが着目すべき「被害に遭いやすい家」の共通点と現地踏査の重要性
私たち不動産の実務家が、日常業務を通じて何百という物件に足を運び、内見や査定を繰り返す中で培われた「危険を察知する直感」は、仮にうまく言語化できないとしても、防犯性に問題がある可能性は高いでしょう。
門扉をくぐり、玄関アプローチを抜け室内から窓の外を眺めた瞬間に感じる違和感は、高い確率で的を射ているのです。
近年、不動産業界でもDXが急速に進み、物件査定のみならず、ストリートビューを用いた擬似的な周辺環境のリサーチが可能となっています。
しかし、どれほど技術が進歩し、かつ高精度な画像データが入手できるようになったとしても、住宅の防犯性は現地に身を置き、自らの五感を駆使しなければ把握できません。
音や光の届き方、死角の深さ、地域に流れる空気感にこそ、犯罪者が付け狙う構造的弱点が隠されているからです。
違和感を覚えられるようになるためには、一件でも多くの物件を見て経験を積む必要はありますが、ただ漫然と眺めているようでは成長に遅れが生じます。
プロが見抜くべき構造的弱点を整理して、理解を深めておく必要があるのです。
1.道路や隣家からの視線を遮断する死角の存在
プライバシーや防犯性を高めようとするあまり消費者が陥りやすいのが、死角の存在です。
そのため、現地で真っ先に確認すべきなのが「塀や生け垣の高さと配置」そして植えられた樹木です。
道路や隣家からの視線を完全に遮るような高い万年塀や、密に茂った生け垣、鬱蒼とした樹木の存在は一見すると不審者の接近を防げるように思えます。
しかし、防犯環境設計(犯罪を発生させにくくする環境づくり)の視点から見た場合、防犯上の弱点となり得ます。

特に、勝手口や掃き出し窓周辺が外部から完全に見えなくなっている住宅は、侵入犯に「作業時間」を与えやすく、防犯上の大きなリスクとなります。
2.ベランダや窓へのアクセスを容易にする「足がかりの存在」
多くの消費者は、玄関ドアの鍵を防犯性の高いディンプルシリンダーキーに交換したり、一階の窓に面格子を設置したりすれば防犯対策は十分だと考えがちです。
もちろん、それらの対策で一定の効果は得られます。
ですが、警察庁公式サイト『住まいる防犯110番』によれば、一戸建てで最も多い侵入口は「窓(55.2%)」であり、玄関はわずか20.2%に過ぎません。
そして、外壁にビスで止められた面格子は、音さえ気にしなければバールですぐに外せます。
また、マンションなど共同住宅においては玄関を侵入口とするケースが46.7%に達していますが、エントランスの出入り口がオートロックの場合、区分所有区画の玄関が無施錠であることが多いのです。
これでは、ディンプルシリンダーキーの防犯性は有効に機能しません。
また、一戸建ての場合は外出時に、1階部分は漏れなく施錠されていても、2階は無施錠であるケースが少なくありません。
そのため、2階への足がかりさえあれば、侵入犯は躊躇なく2階からの侵入を試みるのです。
敷地内に存在する「足がかり」には、次のようなものがあります。
- 隣地との境界に設置されたブロック塀の段差
- 庭の隅や建物裏に設置された物置
- エアコンの室外機や給湯器
- 建物の外壁を伝う縦樋
これらが一階屋根やベランダ付近に配置されている場合、侵入に慣れた実行犯であれば、梯子を使わずとも短時間で2階へ到達してしまいます。

私たちは図面のみでは確認しきれない立体的な危険性を理解したうえで、防犯性をチェックする必要があるのです。
3.無施錠リスクと開口部の無防備さ
警察庁の統計でも明らかなように、一戸建て住宅における侵入経路の過半数は「窓」をはじめとする開口部です。
しかし、玄関からの侵入も一定程度存在していることを忘れてはなりません。
特に、居住者を傷つけることに躊躇しないトクリュウによる犯罪を防止するためには、在宅中でも施錠する配慮が求められます。
しかし、5団体防犯建物部品普及促進協議会の「全国戸建住宅に関する防犯意識調査」によれば、在宅中は無施錠であるとの回答が24%、さらに、ごみ捨てや近所への買い物などの短時間であれば、無施錠で外出するとの回答が33%に達している事実を、私たちは認知しておく必要があるでしょう。

バールによる打ち破りや、ガラスの一部を小さく割ってクレセント錠を解錠する「こじ破り」など、窓からの侵入に警戒するのみならず、無施錠状態をなくす意識を促すことが、結果的に消費者の安全を確保することに繋がるのです。
まとめ
毎日のように多様な不動産を扱い、街の特性を知り尽くしている私たちだからこそ、中心地のみならず、閑静な住宅地に潜む防犯性の脆さを見抜くことができます。
にもかかわらず、責任回避を意識するあまり、「防犯は自己責任」と沈黙を守るようでは、不動産業者の使命を果たしたと胸を張って宣言できないでしょう。
知見は、経験によって培われます。
そして、防犯についての知見を高めるには、犯罪発生件数の推移を理解するのはもちろん、犯罪傾向や手口までを含めた知識を得る必要があります。
さらに、そのようにして得られた知見を抱え込むのではなく、消費者が安心・安全に暮らすための情報として、適切に還元していく使命が、私たちに求められているのです。
これは、法的義務の有無によらず、社会的に果たすべき責任とさえ言えるのです。
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