【屋根からの落水・落雪を巡るトラブル】相隣関係から見抜く告知と調査の基準

相隣関係のトラブルは、境界や騒音のほか、本稿の表題とした屋根からの落水や落雪、敷地内の樹木の落葉が発端となることがよくあります。
特に、敷地境界に近接して建物が建築されることも多い都市部や、積雪による落雪被害が深刻化する地域では、屋根からの雨水や雪解け水が隣地に直接流れ込むなどの問題が生じやすい傾向があります。
これらの問題は、一度こじれると当事者間の感情的対立に発展しやすく、解決が長期化することも少なくはない典型的な相隣関係トラブルです。
トラブルの発生が常態化し、隣家との関係性が修復不能なほど拗れている場合、売却時にはその事実を告知する必要があります。
これは、その内容が購入判断に影響を及ぼす重要な事項に該当するためですが、媒介業務に従事する皆様なら十分にご理解いただけていると思います。
しかし、一般人である売主にはそのような認識が十分でない場合も少なくありません。
多くの場合、意図的に秘匿する意識はなく、その問題が告知すべき事項であるとの認識自体が乏しいためです。
そのため、物件状況報告書などに記載しないばかりか、私たち媒介業者に対しても事前に情報を開示しないケースもあるのです。
その場合、物件引き渡し後に購入者から、
「ついさっき、隣家の住人が突然乗り込んできて、『前の持ち主に何度も言ってきたのだが、お宅の屋根から流れ落ちる雨水が我が家の敷地に落ちてきて大変迷惑している。至急、何らかの対策を講じて欲しい』と言われました。そんな話を事前に聞いた覚えはないが、どうなっているのか?」
と連絡を受け、初めて従前から相隣関係を巡るトラブルが存在していた事実を知るケースは少なくありません。
筆者も経験を積み重ねるなかで、消費者へ紹介する物件については可能な限りあらかじめ、建物の配置や周辺環境を確認するとともに、問題が生じていないか、物件所有者にヒアリングを徹底するようになった以降は、この種のクレームを受ける機会は大幅に減少しました。
もっとも、そのような対応を行っていても、事前に把握することが極めて困難であったと思われる事案について相談を受けることは、いまだにあります。
法では解決しきれない、当事者間の感情的対立が先鋭化している事案は、その典型といえるでしょう。
実際、相隣関係のトラブルは、その原因や内容、当事者間の対応状況や経緯によって法的評価や実務上の取り扱いが異なります。
そのため、売主から正確な情報が提供されない限り、媒介業者が事前にその存在や深刻度を把握することには限界があるのです。
それでは、隣地への落水や落雪、あるいはその逆の現象が生じている場合、物件所有者はどのような対策を講じる義務を負うのでしょうか。
また、それらの問題は、購入判断に影響を及ぼす重要な事項として、具体的にどのような状態であれば告知すべきと判断できるのでしょうか。
本稿では、屋根からの落水・落雪を中心に、関連する裁判例や法的な考え方を踏まえながら、媒介実務上留意すべきポイントについて考察します。
落水・落雪を規制する法律の存在
結論から申し上げれば、日本には落水や落雪そのものを直接的に規制する単一の法律は存在していません。
しかし、屋根勾配や形状など、具体的な内容については言及していないものの、民法第218条では、いわゆる「雨水を隣地に注ぐ工作物の設置の禁止」について、次のように規定されています。
『土地の所有者は、直接に雨水を隣地に注ぐ構造の屋根その他の工作物を設けてはならない』
加えて各自治体の建築基準法施行条例などで、防止措置が設けられている地域もあります。
例えば、筆者が生活する北海道札幌市では、
『道路境界線又は隣地境界線に近接する建築物は、氷雪の落下により他に危害を与えるおそれのあるときは、雪止めの設置その他の当該危害を防止するため有効な措置を講じなければならない』(札幌市建築基準法施行条例第12条)
と規定されています。

これらは、都市計画や地区計画で規定された外壁の後退距離(1.5mなど)などを満たしていたとしても、なお講じなければならない義務とされています。
降雪地域では、札幌市と同様の建築基準法施行条例が設けられている自治体は少なくありません。
さらに、民法第218条による制限も存在することから、これらの法令や条例を遵守して建築されていれば、隣家からクレームを受けても法的に反論できると考えられがちです。
もっとも、法令や条例を遵守しているからといって、直ちに民事上の責任を免れるわけではなく、具体的な被害状況や受忍限度の程度によっては、損害賠償請求や妨害排除請求などの対象となる余地があります。
現実問題として落水や落雪は、風向きや風量、地域特有の気象条件などによって隣家へ及ぶ程度は異なります。また、どの程度が「お互い様」として受忍できるかについても、個人差が生じます。
だからこそ、法令や条例を遵守したうえで建築された建物であっても、落水や落雪を巡る相隣関係トラブルが発生しないとは断定できません。
法令や条例で具体的な技術基準が明確にはされていない以上、感情的対立へと発展する可能性は否定できないのです。
そこで、裁判に発展した場合に裁判所がどのような判断を下しているのかを知るために、落水や落雪を巡る裁判例を紐解いてみたいと思います。
とはいえ、落水や落雪の防止を求める裁判例はそれほど多く確認されず、公表されている裁判例の多くは、落雪によって境界フェンスや車庫、自動車などが破損した事案や、人身被害に基づく損害賠償請求事件です。
そのようななか、落雪事故の発生を未然に防止するため、隣家に対して落雪防止措置を求めた事案としては、東京地裁令和4年3月29日判決が比較的近時な裁判例の一つです。
この事件で原告が主張したのは、所有権に基づく妨害予防請求権の行使でした。
しかし裁判所は、当該地域が豪雪地帯ではないこと、屋根にはすでに融雪設備が設置されていることなどを踏まえ、将来的に落雪による被害が発生する具体的な危険性ないし蓋然性は認められないとして、原告の請求を棄却しました。
もっとも、この判決は落雪による被害発生の具体的危険性が認められなかった事案における判断であり、落雪防止措置を求める請求そのものを否定したわけではありません。
裏を返せば、建物の位置関係や屋根の形状、地域特有の降雪状況、さらには融雪設備など落雪防止措置の有無によっては、所有権に基づく妨害予防請求権が認められる余地があることを示唆する判決ともいえるでしょう。
それでは、雨水についてはどうでしょうか。
落雪とは異なり、屋根からの落水が工作物や人身に甚大な危害を及ぼしているケースは比較的少なく、それだけに訴訟に発展する事案自体が多くないこともあってか、落水の防止そのものを主たる争点とした裁判例は筆者が調査した限り確認することができませんでした。
これは、落水による被害の多くが比較的軽微であることに加え、訴訟に至る前に当事者間の話し合いや自主的な改善によって解決されていることも一因であると考えられます。
とはいえ、屋根からの落水を巡る紛争は少なからず発生しており、それが必ずしも話し合いで円満に解決できるとは限らないことを、身にしみて痛感されている不動産業従事者も多いのではないでしょうか。
それだけに、不動産実務においては、裁判にまで至っていない事案であっても、隣人から繰り返される苦情や改善要求によって当事者間の関係が悪化している場合には、売却時における告知の必要性や、重要事項説明書等への記載の要否についても慎重に検討する必要があるでしょう。
つまり、落水や落雪を巡る問題については、法的責任の有無以上に、「どのような状態であれば買主の購入判断に影響を及ぼす重要な事実と評価されるか」という媒介実務上の観点に基づき、個別事案ごと慎重に判断することが求められるのです。
どのような状態なら告知が必要か
それでは、落水や落雪を巡るトラブルが現に存在している場合、どのような状態であれば買主の購入判断に影響を及ぼす重要な事実として告知すべきなのでしょうか、また、媒介業者にはどの程度まで調査義務が求められるのでしょうか。
まず、告知の要否についてですが、残念ながら、一律に判断を下せるほどの明確な基準が存在しているわけではありません。
落雪によって工作物や建物が直接的な被害を受けた場合には、論点は損害賠償請求の問題となりますし、再発を防止するために必要な措置を請求する根拠となり得ます。
しかし、実害が生じていない場合、落水や落雪は地域的な気象条件や建物の配置、さらには当事者の受け止め方によって評価が異なり、同じ現象であっても重要事項性の有無が変わり得ます。
例えば、
「雨樋から溢れた水が落ちてくるので気を付けて欲しい」
と隣人から指摘されたことがあったとしても、それが稀に見る豪雨によって生じた一過性の現象であれば、告知を要しないと判断される可能性は高いでしょう。
さらに、隣人からの求めに応じて改善措置を講じ、その後特段の苦情もなく経過しているのであれば、現時点において買主の購入判断に影響を及ぼす重要な事項には該当しないと評価される可能性も高いと思われます。
一方で、
「以前から何度も改善を求められている」
「雨や雪が降るたびに被害が発生している」
「求めに応じて改善されないのであれば法的措置も検討する」
などの苦情が継続的に寄せられており、しかもその状況が長期間にわたっているのであれば、買主の購入判断に影響を及ぼす可能性は極めて高くなります。
さらに、
- 内容証明郵便が送付されてきた経緯がある
- 弁護士が介入している
- 損害賠償請求を受けたことがある
- 調停や訴訟に発展している
- 隣家との関係が修復困難な状態である
などの事情が存在する場合には、重要事項性が認められる可能性はより高まるでしょう。
このように考えていくと、媒介実務において重要なのは「落水や落雪が存在するか否か」以上に、その事実が相隣関係にどのような影響を与えているのかを把握することにあると言えるでしょう。
そして、このような事実を把握した場合には、その内容や程度に応じて、購入検討者に開示することが求められます。

そもそも、査定時や内見前の下見の際、物件の屋根形状や建物の位置関係を確認すれば、屋根からの雨水や雪解け水が隣地に流れ込みやすい状況(あるいは隣家から流れ込む)にあるかどうか推測することは、日頃から不動産実務に従事している皆様にとっては難しくもないでしょう。
もっとも、外形上把握できるのはあくまでも建物の状況に過ぎません。
過去に、隣人から苦情が寄せられた経緯があるのか、さらには改善要求が繰り返されてきたのか、あるいは当事者間の関係性などについては、物件を一見しただけで把握できるものではないからです。
原則として媒介業者には、相隣トラブルの有無について無制限な調査義務が課せられているわけではありません。
しかし、屋根の形状や建物の配置などから落水や落雪などによるトラブルの発生が容易に想定できるにもかかわらず、売主に対して何ら確認を行わないまま漫然と媒介業務を行うことが適切であるとは言えません。
媒介業者は不動産取引の専門家として、問題の発生が予見される場合にはその事実関係を確認し、その結果把握した内容について適切に説明することが求められているからです。
したがって、問題の発生が容易に予見できたにもかかわらず必要な調査を怠った場合には、事案によって宅地建物取引業法第31条(業務処理の原則)や同法第47条第1号(業務に関する禁止事項)、さらには民法第415条(債務不履行による損害賠償)などに基づく責任を問われる可能性があるのです。
筆者はこのような可能性を踏まえ、査定時や内見前の下見において建物の配置や周辺状況を確認するとともに、売主に対して、「隣家との間で雨水や雪、落葉、境界などを巡るトラブルが発生したことはありませんか」など、できる限り具体的なヒアリングをするように心掛けています。
その結果、この種のトラブルに巻き込まれる機会は大幅に減少しました。
とはいえ、それでも売主が問題を過小評価していたり、隣人との認識に隔たりがあったりするケースが散見されます。
さらには、「正直に告知すれば売りにくくなる」との思い込みから、意図的に情報を開示しないケースも見受けられます。
その場合、引き渡した後になって初めて紛争の存在が明らかになるため、媒介業者の努力だけでは完全に防ぎきれないというのも事実です。
だからこそ、媒介業者に求められているのは結果責任ではなく、合理的に予見できる範囲で必要な確認を尽くす姿勢であると言えるのです。
仮に引き渡し後問題が発覚したとしても、事前に適切な調査やヒアリングを実施していたのであれば、媒介業者として求められる注意義務を尽くしたと評価される可能性は高まるでしょう。
もちろん、このような考え方は、業者の責任逃れを意味するものではありません。
適切な調査やヒアリングを尽くしたとしてもなお把握できなかった事実についてまで、媒介業者が当然に責任を負うものではないからです。
重要なのは、結果のみに着目するのではなく、合理的に予見可能な範囲で必要な調査と確認を尽くしていたかという点にあるといえるでしょう。
重要なのは現象よりも「相隣関係」
まず、これまで解説してきたように、落水や落雪そのものを直接的に規制する包括的な法律は存在しておらず、民法や建築基準法施行条例が求めているのも、屋根形状や建物の位置関係などを勘案したうえで、危害を防止するために必要な措置を講じるべきという一般的な義務を定めるにとどまっています。
また、落水や落雪の発生防止そのものを主たる争点とした裁判例は多くなく、現実の不動産取引において問題となるのは、法的責任の有無よりも、むしろそれを契機に生じた相隣関係の悪化にあるとさえ言えるのです。
そもそも、落水や落雪は自然現象に起因する側面が大きく、さらには地域特有の気象条件などによっても影響が左右されます。
例えば北海道旭川市の地方独立行政法人北海道立総合研究機構建築研究本部『北方建築総合研究所』や、札幌市の北海道大学『低温科学研究所』は、国内外の研究機関と共同研究を推進する我が国有数の研究拠点として知られています。
これらの研究機関からは数多くの研究成果が公表されていますが、例えば北方建築総合研究所の調査研究報告書No.369『建物の屋根積雪性状の予測・評価手法構築に向けた屋根積雪多層熱収支モデルの高度化』を紐解くと、屋根勾配の違いによって融雪水量が変化することや、雪質(ざらめ雪、しまり雪など)の違いによっても融雪水量に差が生じることが確認できます。
さらに、風向きや風量などによって融雪水の落下地点が変化することも容易に想像できるでしょう。
そうである以上、屋根からの雨水や雪解け水が一時的に隣地へ及ぶこと自体は、社会生活を営むうえで一定程度避けがたい側面を有しており、社会通念上の受忍限度を逸脱していない限り、その評価は当事者によって分かれ得るものと考えられます。
そのため、法令や条例を遵守して建築された建物であったとしても、隣家との間でトラブルが発生することは決して珍しいことではないのです。
同じ状態であっても「お互い様」として受け入れられる一方で、「以前から何度も改善を求めている」といった深刻な対立へ発展することもあるのです。
仮に媒介業者が対立の事実を知ったとしても、問題を解決しようとして安易に介入すべきではないでしょう。
包括的な法律が存在していないことに加え、当事者の主観や感情の対立が根底にある以上、その解決は決して容易ではないからです。
下手に介入すれば、当事者間の紛争に巻き込まれるおそれすらあります。
もっとも、社会通念上著しく不合理な請求が繰り返されている、あるいは明らかな嫌がらせや迷惑行為が存在するような場合には、その事実自体が購入判断に影響を及ぼす重要な事情となり得るため、売主はもとより、その事実を知った私たちにも購入検討者に対して適切に説明すべき責任が生じるのです。
媒介業者に求められるのは当事者間の紛争解決ではありません。
しかし、売買に影響を及ぼす可能性が高い以上、必要に応じて弁護士などの専門家との連携も視野に入れながら、当事者双方の主張を整理し、冷静な話し合いの機会を設けるなどの配慮が求められる場合もあります。
もちろん、それによって必ずしも解決できるとは限りません。
ですが、第三者が介入して折衷案などを提示することで、事態が解決へと進む可能性はあるでしょう。
無論、このような業務は媒介業者に求められる本来の範疇ではありません。
そのため、たとえ売主から対応を求められても、媒介業者が当然に応じなければならない法的義務が生じるわけではありません。
しかし、問題を解決しなければ売買に支障が生じるのであれば、解決に尽力するのも一つの選択肢となり得ます。
このように、重要なのは結果として問題が発生したか否かではありません。
合理的に予見可能な範囲で必要な調査やヒアリングを行い、把握した事実を適切に説明したうえで、最終的な判断を購入検討者に委ねることこそが、私たち媒介業者に課せられた本来の役割なのです。
そのような姿勢こそが買主の利益を守るとともに、媒介業者自身を不要な紛争から守ることにもつながります。
私たちが本当に注視すべき対象は、落水や落雪といった自然現象そのものではありません。
重要なのは、それを契機として形成される「相隣関係」なのです。
だからこそ媒介実務においては、現象の有無だけに目を奪われるのではなく、その背後に存在する人と人との関係性にまで目を向ける姿勢が求められているのではないでしょうか。
まとめ
本稿で解説したように、屋根からの落水や落雪を直接的に規制する包括的な法律は存在しておらず、民法や各地自体の建築基準法施行条例も、危険防止のために必要な措置を講じるよう一般的に求めるにとどまっています。
実際の裁判例を見ても、法的責任の有無は建物の配置や地域特性、当事者の受忍限度は実害状況などを総合的に勘案して判断されており、具体的な被害との因果関係が認められない限りは、「社会通念上の受忍限度内」とみなされる傾向があります。
それだけに、実務において鍵を握るのは法的責任の有無そのものよりも、それを契機に生じた「当事者間の関係性」にほかならないのです。
そもそも、媒介業者には無制限の調査義務が課されているわけではありません。
しかし、合理的に予見可能な範囲で必要な調査やヒアリングを行い、把握した事実を適切に購入検討者へ説明することが求められています。
その際には、不要な主観を交えず、ただ事実を説明するだけで足ります。
私たちが本当に注視すべき対象は、落水や落雪という自然現象そのものではなく、それを契機として形成される「相隣関係」であることを、忘れてはならないのです。
あわせて読みたい




