【法定義務を果たすだけでは足りない?】改めて考えたい自然災害リスクの調査と説明

近年、線状降水帯による局地的大雨、数百年に一度とも想定される大規模地震、台風などの極端な気象現象、それによる盛土崩壊など、いわゆる自然災害が、「数十年に一度」どころか「毎年のように発生している」と感じられることはないでしょうか。
しかし、詳細に調べを進めていくと、どうやら「気のせい」ではないようです。
例えば、国土交通白書2020では第一節のタイトルを『我が国を取り巻く環境変化』とし、第5項で「自然災害の頻発・激甚化」を取り上げています。
そこでは、日本が地形、地質、気象などの面で極めて厳しい条件下にあることが説明されています。
ご存じのように日本は、全国土の約7割を山地・丘陵地が占めています。
その独特の地形から、世界の主要河川と比較して標高に対する河口の距離が極端に短い、あるいは急勾配となっている河川が数多く存在しているのです。
この場合、梅雨や台風などの影響で大雨が降れば、洪水や土砂災害が発生する要因となり得ます。
さらに、日本は地震、火山活動が活発な環太平洋変動帯に位置しているため、地震の発生回数は世界全体の約18.5%を占める地震大国でもあるのです。
加えて、世界に約1,500存在すると言われる活火山の、およそ1割が日本に集まっているという現実もあるのです。
これだけでも、自然災害が発生する要件が出揃っていると言えるのですが、これに拍車をかけているのが、地球温暖化による影響です。
アメリカのトランプ政権のように、地球温暖化について懐疑的な立場をとる政治的動向が確認される一方で、国際気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書(2013年)で「人間の影響が気候システムを温暖化させている可能性が極めて高い(95%以上)」とされていた表現が、続く2021年の第6次評価報告書では「人間の影響が、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と評価されるほどまでに、その確度が高まっているのです。

つまり、少なくともIPCCによる科学的評価においては、人間活動による地球温暖化は疑う余地のない現実として評価されているのです。
そもそも、日本は四方を海に囲まれているため津波の影響を受けやすく、さらには先述したように、河川、火山活動の影響を受けやすい性質を有している国です。
これに地球温暖化の影響が生じれば、激甚災害に指定されるような甚大な被害をもたらす自然災害が頻発したとしても、何ら不思議とは言えないのです。

実際、この100年を見ても、豪雨や台風などの気象災害による被害が繰り返し発生しています。
さらに今後の地球温暖化に伴い、記録的な猛暑や大雨がよりいっそう増えると予想されており、それに伴う甚大な自然災害の発生も懸念されているのです。
2020年(令和2年)7月17日に公布され、同年8月28日に施行された宅地建物取引業法施行規則改定に伴い、重要事項説明時における水害ハザードマップの提示と対象物件の所在地に関する説明が義務付けられました。
しかし、義務とされたのは水防法に基づき作成された水害(洪水・雨水出水・高潮)ハザードマップを提示したうえで、対象物件の概ねの位置を示すことに留まり、想定される水害リスクの具体的な内容を、詳細に説明することまでは義務付けられていません。
さらに、土砂災害ハザードマップの提示や活断層についての説明などが、一律に義務付けられてはいません(もちろん、任意で説明すること自体、なんら問題はありません)。
さらに、擁壁がある場合に調査・説明義務が課されている一方で、がけ条例などについてどこまで調査を行い説明すべきかという点については、宅地建物取引業法上、一律の調査範囲が具体的に示されているとはいえないのです。
しかし、不動産取引のプロフェッショナルである媒介業者には、法的にも道義的にも高度な調査と説明責任が課されると考えるのは、けっして穿った意見ではないでしょう。
そもそも、被害が生じた際、かならずしも「自然災害による影響なのだから、責任はない」と言い切れないのです。
本稿では、「数百年に一度」とされるような災害が、その発生頻度だけを根拠に遠い未来の問題とするのが適切か否かを検討すると同時に、私たち媒介業者が顧客の生命と財産を守るために、どのような点に留意する必要があるのかについて解説していきます。
激甚災害の指定は毎年行われている
ご存じのとおり、『激甚災害』の指定は、甚大な被害をもたらした自然災害に対し、国が自治体の財政負担を軽くしたり、被災地域の復旧・復興を促進するための特別な財政措置を講じたりするための制度で、「激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律(激甚災害法)」に基づき指定が行われます。
もちろん、発生する自然災害のすべてが激甚災害に指定されるわけではありません。
ですが、激甚災害がどの程度の頻度で指定されているかを知れば、激甚な被害をもたらす自然災害が、けっして遠い存在ではなく、至って身近にあることが容易に理解できます。
例えば、内閣府がインターネットで公開している「防災情報のページ」から過去の激甚災害の指定状況を見るだけでも、近年、毎年のように日本のどこかの地域で激甚災害の指定が行われていることを確認できます。
激甚災害の指定には、広範な地域を対象とする「激甚災害」だけでなく、特定の市町村単位などで被害が著しい場合に適用される「局地激甚災害」もありますが、この双方を含めて実態を観察すると、「数年に一度、どこかで大きな災害が起きる」という感覚だけでは、現在の災害リスクを十分に捉えられないことが分かります。
近年では、毎年のように梅雨期の線状降水帯による集中豪雨や秋口にかけての大型台風、あるいは地震などによって、どこかの自治体が激甚災害の指定を受けているのが現実だからです。
つまり、激甚災害に指定されるほどの甚大な被害をもたらす災害は遠い異国の話ではなく、私たちが日々取り扱っている物件の目と鼻の先で、いつ発生してもおかしくはないのです。
そして、「激甚災害」に指定されるほどの被害を受けた地域やその周辺では、行政による復旧事業が進む一方で、取引実務においては「激甚な被害を受けた経歴のあるエリア」と見なさざるを得ません。
その結果、査定価格のみならず融資を受ける際の担保評価にも影響し、さらには重要事項説明時においても、リスク説明を十分に行う必要に迫られる可能性があります。
私たち媒介業者は、「過去に災害があった」という表面的な確認だけで調査を終えてはなりません。
「災害の日常化」を前提にしたうえで、「災害が発生した場合、どのような影響が想定されるのか」という視点を持って調査・説明を行う必要があるのです。
例えば、過去に洪水被害が発生したことがない地域であっても、それだけを根拠として「洪水リスクが低い」と断定してはなりません。
地球温暖化等の影響により、「観測史上初」との表現を頻繁に耳にするようになっているからです。
つまり、過去の気象データや被災実績が、必ずしも将来の安全を担保する指標とはならなくなっているのです。
「都市部は水害対策が万全ですから、心配することはありません。そもそも、この階数であれば床下浸水が発生する可能性もないでしょう」
これは、マンションを内見する際、担当営業が顧客に対してよく用いる説明です。しかし、この説明は本当に正しいのでしょうか。
確かに、一定階数以上であれば床下浸水は防げるでしょう。
しかし、地下や1階に電気室・受変電設備がある場合、浸水によって設備が故障し、マンション全体が停電します。
これによりエレベーターの停止、給水ポンプの停止による断水など、高層階であっても生活インフラが停止するのです。
さらに、地下や平面駐車場が冠水すれば、所有車両が水没するなどの経済的被害が発生します。
そもそも、水が引くまでマンションから出られないため、停電・断水下での在宅避難を迫られます。
トイレが使用できるか否かも不明で、非常食の備えがなければ日常生活に甚大な支障を来す可能性があるのです。
都市部の水害対策は、確かに一定の想定に基づいて整備されています。
一方で、想定を超える局地的な大雨などについては、必ずしも万全とは言えないのです。
2026年8月13日から14日にかけて発生した千葉県の記録的な豪雨の映像を目にされた方は多いと思いますが、この現象は、都市型水害のリスクを浮き彫りにしたとさえ言えるでしょう。
したがって、不動産取引における災害リスクの説明は、災害が発生した場合でも、その場所で生活を継続できるのかという視点まで含めて考える必要があるのです。
もちろん、媒介業者が建築士や地盤の専門家、気象・防災の専門家と同じレベルで分析を行う必要性はありません。
日頃から正確な知識を身につけるための努力は怠らず、かつ専門家でなければ判断できない事項についての断定は避ける。
そのうえで、利用可能な公的資料や現地の状況などを確認し、購入判断に影響を及ぼす可能性のある情報を適切に把握・提供することこそが肝要だと言えるのです。
損害保険が足枷とならないための配慮
自然災害による不動産への被害を防止するためには、購入前に各種ハザードマップを確認すると同時に、地盤調査、建物の堅牢性など様々な点から検討が必要です。
しかし、偶発的に発生する自然災害を完全に予見することは誰にもできません。
私たち媒介業者が入念に調査を行ったうえで十分な説明責任を果たし、それに対して顧客が災害への備えを進めたとしても、想定を超える規模の災害が発生すれば、建物や家財に損害が生じる可能性を完全になくすことはできないのです。
そのため、万一の災害によって生じる経済的損失に備えるという意味で、損害保険への加入は重要な選択肢となります。
住宅ローンの利用に際しては、火災保険への加入を求められるケースがある一方で、求められる補償の範囲は金融機関によって異なります。
そのため、金融機関から求められた要件を満たすだけでは、必ずしも十分な経済的損失への備えになるとは限りません。
万が一の際、建物自体の修理は保険でカバーできたとしても、家財の再調達や仮住まいの費用などについては、自己負担が発生する可能性があります。
また、地震に起因する火災や倒壊などについては、地震保険に加入していなければ、多額の自己負担が発生するリスクがあります。
例えば、水災補償を付帯していれば洪水などによる損害が補償される可能性があるものの、補償の対象となる損害や支払条件は保険商品や契約内容によって異なります。
「床上浸水」または「地盤面45cmを超える浸水」、あるいは「建物の評価額もしくは家財の再調達価格に対して30%以上の損害」といった基準が設けられている場合もあるため、条件を満たさない軽度の床下浸水などについては、補償を受けられないリスクがあるのです。
さらに、地震保険は火災保険とセットで加入する仕組みとなっており、保険金額も火災保険金額の30~50%の範囲内に設定されるなど、火災保険とは異なる制約があります。
これは、地震保険が被災した建物や家財を再調達することではなく、被災者の生活の安定に寄与することを主な目的としているからでもあります。
そのため、契約する保険商品や補償内容をしっかりと理解することが何より大切だと言えるのです。
物件購入と損害保険は密接な関係にあるため、媒介業者が保険代理店の業務を担っているケースも少なくありません。
しかし、保険の加入受付業務や募集行為(保険の提案やパンフレットの交付)を行うためには、保険業法上の登録・資格等に関する要件を満たす必要があるにもかかわらず、現実には適切な募集資格・登録のない営業担当者が説明や提案を行っているケースが散見されます。
その場合、不適切な説明や誤った提案によって、いざという時に必要な補償が不足していたり、保険金が支払われなかったりする事態が発生するおそれもあります。
損害保険の重要性を説明する際には、保険募集に関する法令や資格制度に配慮したうえで、保険商品の具体的な補償内容について専門的な説明が必要となる場合には、早い段階から保険会社や適切な資格・登録を有する保険募集人などの専門家へつなぐことが重要だと言えるのです。
自然災害が、「数十年に一度」どころか「毎年のように発生している」現在においては、ハザードマップなどによって「災害が発生した場合のリスク」を説明するだけでなく、そのリスクによって生じる経済的損失に対し、顧客自身が適切な備えを検討できるような情報提供を行うことが重要なのです。
ただし、「物件そのものに存在するリスク」と「損害保険でどこまでカバーされるか」を混同しない配慮は不可欠です。
自然災害の中でも、特に不動産取引との関係が深い洪水・土砂災害・地震・津波・高潮・液状化などについて、それぞれどのようなリスクが存在するのか、また、それらによって生じた損害が保険契約上どこまで補償されるのかを分けて考える必要があるからです。
災害リスクが高いエリアでも、保険に加入していれば安心という単純な話ではありません。
保険は、被災によって生じた経済的負担を軽減するための手段に過ぎません。
自然災害によって失われた人命そのものを取り戻すことは、誰にもできないのです。
だからこそ、提案する物件エリアでどのような災害が想定され、その結果どのような損害が生じる可能性があり、その損害をどこまで保険でカバーできるのか、私たち媒介業者は、それぞれを分けて整理し、顧客が適切な判断を行えるよう情報提供することが重要となるのです。
そして、それこそが適切な災害への備えだと言えるのです。
次章では、媒介業者として何を重視して確認すべきかについて、具体的に解説していきます。
媒介業者に求められる「災害リスク調査」と「説明責任」
これまで解説してきたように、自然災害はもはや「数十年に一度、あるいは数百年に一度しか発生しない特殊な事象」として片付けることはできません。
線状降水帯による集中豪雨、台風、洪水、土砂災害、地震、津波、高潮など、私たちが取り扱う不動産には、様々な災害リスクが存在しています。
そして、災害の発生時期を完全に予測することは誰にもできないという現実が、目の前に立ちはだかっているのです。
そのため、災害リスクを極力回避したいのであれば、「不動産は所有しない方が良い」という考えも成り立つでしょう。
しかし、どのような形態であっても、人には安心して暮らせる「住まい」が必要です。
そして、いざという時を想定した場合、重要なのは賃貸か所有かではなく、その住まいが災害リスクを十分に考慮した土地にあり、必要な安全性や堅牢性を備えているかではないでしょうか。
私たち媒介業者に求められるのは、単に物件を紹介することではありません。
顧客がその住まいで長期間にわたり安心して暮らしていけるのかという視点から、災害リスクを可能な限り調査し、必要な情報を提供したうえで、適切な判断を行えるように支援することだからです。
もっとも、賃貸・売買によらず顧客が重視する条件が、必ずしも安全性であるとは限りません。
公共交通機関までの距離や賃料、売買価格のみを重視する方の方が、はるかに多いかもしれません。
そのような顧客に対して、「この物件は自然災害が発生した際、多大な影響を受ける可能性があります」と説明しようものなら、契約機会を失う可能性が高まるでしょう。
ですが、だからといって顧客に不都合な情報を説明しない、あるいは重要だと受け取られないよう軽く流すような説明をするという選択は、許される行為ではありません。
営利企業である以上、利益を追い求めるのは当然です。
しかし媒介業者の役割は、顧客が希望する条件を漫然と受け入れて物件を紹介することではありません。
例えば、返済能力を超える恐れがある住宅ローンの利用を希望する顧客に対しては、「住宅ローンの返済が破綻するリスクがある」旨を説明する。
また、価格と立地だけを重視して、新耐震基準以前に建築され、耐震改修がなされていない物件を検討する顧客に対しては、「耐震性について専門家による確認を受け、必要に応じて耐震改修を検討することや、それに必要な予算を当初から念頭に置く必要がある」との助言を行うことが、私たちの存在意義だとさえ言えるのです。
同じことは、災害リスクについても言えます。
ハザードマップ上で浸水が想定される物件であれば、その事実を説明するのは当然ですが、例えば擁壁や盛土、敷地内に設置されたブロック塀の堅牢性に問題があると考えられる場合には、必要に応じて専門家への相談を促すのです。
たとえ、そのような説明によって顧客が購入を見送ることになったとしても、確認した重要なリスクを適切に伝えることが媒介業者の責務です。
先述したように、利益を追い求めることは重要です。
しかし、それだけに意識が傾くと確認された重要なリスクを適切に伝えず、災害が発生した際、「そのようなリスクがあるとは説明されなかった」と糾弾される可能性が高まります。
ご存じのとおり、クレーム対応は重要な業務である一方、前向きな業務とは言えず利益を得ることには繋がりません。
むしろ、それまでに得た利益を失う可能性の方が高いのです。
目先の利益を重視するあまりクレーム対応が増加するようでは本末転倒です。
だからこそ、「どこまで調査するのか」「何を説明するのか」という判断が重要となるのです。
だからと言って、何でもかんでも説明して顧客を不安にさせてはなりません。
公的資料や現地調査を通じて確認できた事実と、そこから想定されるリスクを整理したうえで、顧客の判断に影響を及ぼす可能性がある情報を、過不足なく提供することが大切だからです。
これは、必ずしも宅地建物取引業法上の義務ではありません。
ですが、顧客自身が納得したうえで判断できるよう支援することが、私たち媒介業者に求められる重要な役割なのです。
まとめ
本稿では、あえて具体的な調査項目や方法については言及せず、激甚災害が遠い地の出来事ではなく、私たちが取り扱うエリアにおいていつ発生しても不思議ではないという事実、そして、だからこそ求められる私たち媒介業者の調査・説明が重要であるという点についての解説を試みました。
宅地建物取引業法で明示的に義務付けられている説明事項は、顧客が不動産を購入・賃借するうえで必要となる情報のすべてを網羅しているわけではありません。
顧客にとっては、時にそこから漏れている情報こそが重要であったりするのです。
このような見解に基づけば、一体どこまで調査をすれば良いのか、さらにはどこまで説明をすれば良いのか、戸惑いを覚えることでしょう。
ですが、すべての取引に共通する一律の答えが用意されているわけではありません。
実際に顧客と相対する担当者自身が、顧客が何を重視しているかを読み取り、さらには物件の特性や地域の災害リスクなどを踏まえたうえで、必要だと思われる情報を提供していくしかないのです。
もちろん、明示的に義務付けられた範囲を超える情報の提供が、法的な義務とされているわけではありません。
しかし、「法定義務を果たせば、それ以上の調査・説明は必要ない」と短絡的に考えるのではなく、顧客が適切な判断を行うために何が必要かを真摯に考える。
それこそが、「災害」が身近となった時代において、私たち媒介業者に求められる役割なのではないでしょうか。
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