【カスハラ対策はお済みですか?】基本方針と対応方法を徹底解説

売買・賃貸に限らず、不動産業界は何かとトラブルが生じやすい業態です。
これは、不動産が1つとして同じものは存在しないという、いわゆる「一物一価」の性質を持つため、建物の欠陥や法令上の制限、心理的瑕疵や近隣トラブルなどの目に見えない潜在的リスクが表出する可能性が高く、さらには、業者と顧客との間で知識や情報量に大きな隔たりがあることから、説明不足や勘違いが生じやすいといった特徴を有しているからです。
それだけに、想定されるリスクを予測し、必要な調査・説明責任を果たしたうえで、円滑な取引を実現するのが私たち宅地建物取引業者の責務だと言えるでしょう。
しかし、どれだけ誠意を尽くしても、トラブルの発生を完全に防止することは困難です。
なぜなら、不動産取引におけるリスクには、契約前の調査だけでは予見しきれない「時間経過による状況の変化」や「当事者間の主観的・感情的な解釈の相違」といった、人間の心理や未来に起因する不確定要素が、常につきまとっているからです。
そもそも、調査・説明義務の範囲には自ずと客観的な限界が存在する一方で、顧客側の期待値や不満の閾値(感情変化の境界となる基準値)は個々に異なります。
それだけに、顕在化する問題の全てを調査・説明義務だけでカバーすることは不可能とさえ言えるのです。
将来生じ得る全ての事象や個人の受け止め方までを完全に制御することができない点に、不動産取引の根深い難しさがあるのです。
だからこそ、事前予防に全力を挙げつつも、万が一トラブルが発生した際には冷静に原因を特定し、被害や感情のこじれを甚大化させない「適切な事後対応力」こそが、不動産業者に求められる不可欠なスキルの一つだと言えるのです。
もっとも、どれほど客観的な解決策を提案したとしても、すべての取引当事者がすぐに納得・理解してくれるとは限りません。
人間は必ずしも合理的な判断だけで行動するわけではなく、感情や認知の影響を強く受けていることは、行動経済学などの研究でも指摘されています。
それだけに謝罪や説明、具体的な解決策を提示しようとしても土下座を強要される、激しい言葉を浴びせられるなど、いわゆるカスタマーハラスメント(以降カスハラと記載)が発生することもあるのです。
実際、筆者自身がこれまで、幾度ものカスハラ行為を体験しています。
土下座を強要されたことも、一度や二度の話しではありません。
もっとも、そのような要求に応じるか否かは個人の判断に委ねられます。
まるく収まるのなら、要望に応じた方が良いと考えてしまうかもしれません。
しかし、筆者の結論から申し上げれば、屈辱的な要求に応じたところで根本的な解決に至るケースは皆無だと断言できます。
むしろ、受け入れることで当事者の感情的暴走を助長するばかりか、プロフェッショナルとしての尊厳を放棄する結果とさえなるのです。
筆者の新人時代には、上席から「土下座はタダなんだから、それで問題が収まるなら何度でも応じれば良い」などと指導されたものですが、そのような理不尽を強要する意識が根強い業界だからこそ、若い優秀な人材から敬遠され、高齢化が進んでいるのかも知れません。
経営者は、このような古い因習を完全に見直す必要があるのです。
2026年10月1日、『労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下、改正労働施策総合推進法)』の改正法が施行されました。
これにより、労働者を1人でも雇用するすべての事業者は、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)から労働者を保護するための「雇用管理上の措置」が義務付けられたからです。

本稿では、不動産取引の現場において不可避的に生じるトラブルの構造的背景を紐解くとともに、誠意ある顧客対応とカスハラに該当する言動との「明確な線引き」の基準を提示していきます。
その上で、今回の法改正を踏まえ、不動産業の経営者や管理職が講じるべき組織的な防衛体制の構築、さらには従業者を理不尽な要求から守りつつ、不動産のプロフェッショナルとして顧客と対等かつ健全に問題を収束させるための具体的ノウハウについて、筆者の実務体験を踏まえて詳しく解説していきたいと思います。
最も難しいのは、「正当なクレーム」と「カスハラ」の線引
日本ではクレームを理不尽な要求と捉えている方も多いようですが、本来クレーム(claim)とは、「苦情」や「異議」、「要求」などを意味する言葉であり、それ自体が理不尽な要求を意味するものではありません。
つまりクレームとは、商品やサービスなどに問題がある場合において、その改善や返金、損害賠償などを求める申し入れを含むものであり、消費者に認められた正当な権利に基づく主張が含まれている場合もあると理解する必要があるのです。
しかし、正確な意味を置き去りにしてクレーマーなどの造語が独り歩きした結果、正当なクレームと苦情、理不尽な要求の線引きが、日本では曖昧となっています。
それだけに、私たち不動産業者はこれらの定義と線引きを明確に理解しておく必要があるのです。
2026年10月1日から施行された改正労働施策総合推進法では、職場におけるカスハラを、次に挙げた3つの要素を全て満たすものとしています。

いかがでしょうか。
まず、「顧客、取引の相手方、施設の利用者、その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者」と明示されているため、上司や同僚からの叱責や理不尽な指示、あるいは要求などはカスハラではなく、原則として職場におけるパワーハラスメントとして整理されることが理解できるでしょう。
つまり、カスハラという名称から単純に、「顧客から受ける嫌がらせ」と理解するのではなく、誰から、どのような言動がなされたのかを、最初に確認する必要があるのです。
次に、労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして「社会通念上許容される範囲を超えた言動」とされていることから、「社会通念上許容される範囲」とはどの程度の状態であるかを正確に理解しておく必要があります。
この点が最も重要で、「口調が多少強かった」あるいは「要求が厳しい」からといって単純にカスハラだと判断してはならないからです。
厚生労働省による指針でも、社会通念上許容される範囲を超えた言動とは、要求の内容そのものが相当性を欠く場合だけでなく、たとえ要求された内容に一定の根拠が存在したとしても、実現のために要する手段や態様が相当ではない場合も含まれるとしています。
例えば、リフォーム済み物件を引き渡す際、クロスのよじれなど部分的な修復で改善可能であるにもかかわらず「全て張り替えろ」と強要することは、個別の事情にもよりますが、カスハラに該当し得ます。一方で、そのような不具合や契約内容と異なる事実が判明したため顧客が説明や是正を求め、その際、仮に多少感情的な言い回しがあったとしても、直ちにカスハラとは断定できません。
事業者には適切な調査を実施したうえで、必要な対応を行う責任があると考えられるからです。
つまりカスハラとは、要求を認めさせる、あるいは自身の溜飲を下げるため担当者に対して土下座を強要したり、暴言や脅迫を繰り返したりする。
あるいは、長時間にわたって拘束するなど、目的を達するための態様が社会通念上相当といえない場合に該当する可能性が高いと判断できるのです。
厚生労働省は、暴行・傷害などの身体的攻撃、暴言・侮辱などの精神的攻撃、威圧的な言動、長時間の居座りなどを社会通念上許容される範囲を超えた言動の例として示しています。

改正労働施策総合推進法の施行により、カスハラか否かを判断すべき立場である経営者や管理者は、「要求に正当な理由があるか」と「要求の方法が適切か」を分けて考えると同時に、その思考方法を従業者へ周知する必要があります。
とはいえ、最も難しいのは正当なクレームとカスハラをどのように区分するかでしょう。
法律の施行に先駆けて2025年4月からカスハラ防止条例を施行した東京都が、施行後に実施した調査では、カスハラ対策に取り組んでいる企業は38.5%にとどまり、取り組んでいない企業にその理由を尋ねたところ、「正当なクレームとの判断の難しさ」が29.6%とトップで、「ノウハウ不足」(23.8%)、「発生状況の把握が困難」(16.7%)と続いています。

そもそも、担当者が「嫌な思いをした」「腹が立った」と主張したからといって、それだけでカスハラと判断できるわけではありません。
カスハラに該当するか否かは個人の主観だけで判断するのではなく、顧客からの当該言動によって、労働者が業務を行う上で具体的にどのような支障が生じたのかを含め、言動の内容や手段・態様、頻度や継続性などを総合的に勘案し、冷静に見極める必要があるのです。
先述したように、人間は感情の動物です。理不尽だと感じれば、多少厳しい口調で不満を伝える場合もあるでしょう。
それに対して腹が立ったからといって、直ちに就業環境が害されたと判断することはできません。
「誰からの言動か」「その言動は社会通念上許容される範囲を超えているのか」「労働者の就業環境が害されているのか」という3つの視点から、個別具体的に判断する必要があるのです。
基本方針の策定
本章では、事業者に求められる具体的な措置のうち、基本方針の策定について解説します。
序章で、全ての事業者にはカスハラから労働者を保護するための「雇用管理上の措置」が義務付けられた、つまり努力義務ではなく義務であると解説しました。
これは、労働施策総合推進法第33条で「事業主は、職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者(次条第五項において「顧客等」という。)の言動であつて、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの(以下この項及び次条第一項において「顧客等言動」という。)により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者の就業環境を害する当該顧客等言動への対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」と規定されているからです。
そして、具体的な措置とはまず、「カスハラには毅然と対応する」「労働者を守る」という会社方針を明文化し、ホームページなどで公開すると同時に、従業者へ周知することです。
これを実現するには、まず事業者として「カスタマーハラスメントの基本方針」を、具体的に明文化する必要があります。
ここで重要なのは、単に「カスハラには厳しく対応する」と宣言するのではなく、何をカスハラと考え、どのような場合に会社として対応するのかを、従業者が理解できる程度に具体化しておくことです。
厚生労働省による指針でも、カスタマーハラスメントの内容と、あらかじめ定めた対処の内容を労働者に周知することが求められています。
順番としては、カスタマーハラスメントの定義、カスタマーハラスメントへの対応姿勢とするのが良いでしょう。
①カスタマーハラスメントの定義作成例
弊社は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」および厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」に基づき、お客様からのクレームや言動のうち、その要求や内容が相当性を欠くもの、または当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当であり、かつ、これらの言動によって従業員の就業環境が害されるものを、カスタマーハラスメントと定義いたします。
なお、カスタマーハラスメントに該当するか否かは、従業員が不快に感じたかどうかだけで判断するものではなく、要求の内容、手段・態様、頻度、継続性、業務への影響などを踏まえ、個別具体的に判断するものとします。なお、下記は例示であり、これらに限定されるものではありません。
- 継続的で執拗な言動(面会、電話、メール等を複数回、長時間求めるなど)
- 身体的・精神的攻撃(暴行、脅迫、誹謗中傷、名誉毀損、侮辱、暴言など)
- 拘束的な行動(要請したにもかかわらず応じず、不退去、居座りを行う)
- SNS・インターネット等への悪質な投稿(許可のない写真や動画、音声の投稿。従業者を特定することにつながる氏名などの情報を公開することなど)
- 不合理または過剰なサービスの提供や作業の要求(緊急性や必要性がないにもかかわらず、休日や深夜など営業時間外の対応を繰り返し強要すること、あるいは契約内容や法的根拠等を踏まえても合理性を欠く金銭補償の要求など)
- 要求を実現するための土下座や謝罪の強要、担当者の退職や解雇などを求める行為
- 「SNSへ投稿する」「会社や担当者の自宅へ押しかける」などと告げることによって、要求を実現しようとする威圧的な言動
定義を従業員へ周知する際に注意したいのが、例示に該当するからといって直ちにカスハラと断定するわけではないとの考えを明らかにすることです。
例えば、営業時間外だと理解していても顧客が緊急だと判断した場合には、連絡をしてくるでしょう。
心配性の方は、その回数が複数回に及ぶケースも考えられます。
また、物件引渡時に担当者を交え記念写真を撮影し、許可を得ずSNSへ投稿してしまう可能性もあるでしょう。
ですが、担当者との記念撮影をSNSへ無断で投稿した事実があるからといって、直ちにカスハラと断定することができないのは感覚的にも理解できるでしょう。
無断投稿が肖像権との関係で違法と評価されるかとうかは個別具体的に判断する必要があるものの、その行為がカスハラに該当するかどうかは、別の観点から判断する必要があります。
重要なのは、厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」などに基づき、個別具体的に判断する姿勢を示すことなのです。
②カスタマーハラスメントへの対応姿勢作成例
弊社がカスタマーハラスメントの定義に基づき、お客様の言動がカスタマーハラスメントに該当すると判断した場合、従業員を守るため、以降のお客様対応をお断りさせていただくことがございます。また、必要に応じて担当者を変更したり、複数名で対応したりするなど、従業員の安全と就業環境の確保を最優先に対応いたします。なお、要望された内容や態様などを踏まえて必要と判断した場合には、お客様の同意を得ることなく警察や弁護士へ相談するなど、事業者として毅然と対処させていただきます。
対応姿勢を作成する際に重要なのは、担当者個人の判断だけで「対応を打ち切る」と決めるのではなく、会社として事実関係を確認したうえでカスハラに該当するか否かを判断する姿勢を明らかにすることです。
特に不動産業界では、売買契約や賃貸借契約の内容、重要事項説明、物件の状態、修補の必要性など、顧客からの要求があった場合、一定の根拠が存在するかを確認しなければならない場面があります。それだけに、担当者による個人的な見解を基に「カスハラと判断されるため、対応を終了させていただきます」と結論付けるのではなく、必要に応じて上司や管理者、専門部署などへ引き継ぐ体制を構築するなど、会社として判断する体制づくりが必要なのです。
さらに、基本方針を策定する際には、カスハラの定義や対応だけではなく、正当なクレームについては適切に対応することも明記しておくことが重要です。
カスハラ対策が、顧客からの正当な申入れを拒絶するための仕組みだと誤解されれば、本来行うべき顧客対応までが損なわれるなど、顧客に対する不利益を生じさせる結果となりかねないからです。
正当なクレームには誠実に対応する一方で、社会通念上許容される範囲を超えた言動からは従業員を守るという基本姿勢を明確にすることで、顧客にとっても従業者にとっても、会社としての対応基準が分かりやすくなるのです。
そこで次章では、策定した基本方針に基づき、「誰が判断するか」「どの段階で上司へ報告するのか」「対応者を変更する場合にはどうすれば良いか」「警察や弁護士への相談はどのような場合に行うのか」といった対応手順について解説します。
カスハラ発生時の対応手順
前章では、カスタマーハラスメントに対する基本方針の策定について解説しました。
ですが、基本方針を作成しただけでは、実際にカスハラが発生した際に適切な対応ができるとは限りません。
重要なのは、基本方針に基づいて、実際の現場で誰が、どのような手順で対応するのかをあらかじめ決めておくことです。
決して、従業員の個人的な認識や感じ方のみを根拠に、濫用されるようなことがあってはなりません。
特に不動産取引の現場では、顧客からの要求が単純な「苦情」なのか、契約上の正当な請求なのか、それともカスハラに該当する言動なのかをその場で判断することが難しいケースもあります。
例えば、「説明と違う」「この部分を修理してほしい」といった要求の場合、契約書や重要事項説明書、物件調査資料などを確認し、さらには説明を行った営業担当にヒアリングをする必要があるでしょう。
そのうえで、要求に一定の根拠があるのかどうかを検討する必要があるのです。
一方で、正当な要求であったとしても、その要求を実現するために過度な暴言や脅迫、長時間の居座り、土下座の強要などがあった場合には、その手段・態様が問題となる可能性があります。
それだけに、カスハラへの対応では「顧客の要求に応じるかどうか」と「要望が社会通念上相当の範囲内であるか、言動は許容できるかどうか」を分けて考えることが重要なのです。
①事実関係の確認と記録
カスハラの判断においては、「言った」「言わない」が問題となることが少なくありません。
そのため、対面であれば担当者に記録や同席者の証言、電話であれば通話記録や録音、メールやSNSであればメッセージの内容など、可能な限りの客観的資料を残すことが重要です。
特に、担当者が一人で対応している場合には、対応終了後できるだけ早い段階で、日時、場所、相手方の発言、要求内容、対応などを記録しておかなければなりません。
ただし、それらの記録は「顧客を追求するための資料」ではありません。事実関係を正確に記録することで、会社として適切な判断を行うための材料です。
②担当者だけで判断しない
不動産営業は会社に帰属している場合でも、顧客との接点が担当者個人に集中しやすく、内見の立ち会いや説明、商談などの業務を担当者一人で行うケースが少なくありません。
それだけに、顧客からの要求について「自分が責任を負わなければならない」と考えてしまうこともあるのです。
実際、顧客からの損害賠償請求に対し、担当者が会社に相談できずに個人で支払ってしまうことも現場では起こり得ます。
また、土下座を強要され応じた場合でも、その事実を報告しない場合もあるでしょう。
だからこそ、会社として「顧客から一定の言動があった場合には、担当者の判断だけで処理せず、上司や管理者へ報告する」というルールを決めておく必要があるのです。
これは、顧客との関係を悪化させることが目的ではありません。担当者個人の感情や判断に左右されることなく、会社として冷静に対応するために必要な仕組みなのです。
③要求の内容と手段・態様を分けて判断する
会社に報告された場合には、顧客からの要求そのものと、その要求を実現するために行われた言動を分けて確認します。
例えば「修繕してほしい」との要求があった場合には、契約内容や物件の状態を確認したうえで、修繕義務は存在するのか、誰がその費用を負担すべきなのかを検討します。
そのうえで、要求に正当な根拠があるのなら、会社として対応を行う必要があるでしょう。
ですが、要望に際して顧客が担当者に対し「土下座しろ」などと要求したのであれば、修繕要求の正当性とは別に、その手段・態様について検討する必要があるでしょう。
そのうえで、上司や管理者は
「修繕のご要望については、契約内容や物件の状況を総合的に判断し、会社として対応させていただきます。ただし、要望をされる際、弊社担当者に土下座を強要されたとの報告を受けているため、本件修繕に関する担当は私〇〇が対応させていただきます。また、弊社は厚生労働省『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』に基づく基本方針を策定し公開しておりますので、今後、過剰な要求がなされた場合には、基本方針に基づき個別具体的に判断したうえで、必要に応じて毅然とした対応をさせていただく場合もありますので、あらかじめご了承ください」
と、するのです。
つまり、会社として「要求そのものの妥当性」と、「要求を実現するための言動が相当か」を別々に判断するのです。
これらを混同すれば、次に挙げる二つの危険性が生じます。
- 正当な要求まで、「カスハラ」を理由に拒絶してしまう危険性
- 要求が正当であることを理由に、カスハラ行為を容認してしまう危険性
このいずれも、適切な対応とはいえません。
正当な要求に対しては適切に対応し、不当な手段・態様には毅然と対応することが、カスハラ対応における基本的な考え方となるのです。
④必要に応じて対応者を変更する
筆者の経験から申し上げれば、社会通念上相当とはいえない態様を請求し続けてきた顧客が、対応者が変わった瞬間おとなしくなるケースは少なくありません。
特に担当者と顧客との間で感情的な対立が生じている場合には、対応者の変更が効果的です。
ただし、「対応者を変更すること=顧客の要求を認めること」ではありません。
対応を管理者などに変更することで、事実関係を整理し、冷静に話しあえる環境をつくることが目的だからです。
ここで重要なのは、担当者を守ることと顧客対応を継続することを対立させないことです。
会社が組織として対応することで、従業員を守りながら顧客に対する必要な説明や応対を継続することができるのです。
⑤警察や弁護士への相談は最後の手段
カスハラの内容によっては、社内だけで対応するのが適切ではない場合もあります。
ただし、「カスハラだから警察へ通報する」「カスハラだから弁護士へ相談する」と一律に考えてはなりません。
発生した事実と要求内容を踏まえたうえで、会社として対応すべきなのか、それとも専門機関へ相談することが適切なのかを判断することが大切です。
不動産実務においては、顧客からの要求に契約上の問題や法的な争点が含まれている場合があります。]
それだけに、カスハラへの対応と、契約上・法律上の問題解決を混同しないことが重要だと言えるのです。
⑥対応の終了基準と再発防止
要求の妥当性とカスハラ行為の容認を混同してはならないことについては、先述したとおりです。
それだけに、基本方針で「毅然とした対応をする」と定めたからといって、顧客との交渉を一方的に打ち切るようなことがあってはなりません。対応の終了基準については、明確に定めておく必要があるのです。
例えば、会社として正式に回答したにもかかわらず、同じ要求を何度も繰り返す、担当者に何度も暴言や脅迫を行うなど、改善が見られない場合には、厳格な措置を講じる必要があるのです。
大切なのは、「顧客だから仕方がない」と放置しないことです。放置すれば、従業員の心理的負担が大きくなっていきます。
そのため、明確な終了基準を設け、その条件を満たした場合には電話対応を終了する、書面による対応へ切り替える、以後の対応を管理者に一本化するなど、会社としての対応方法を明確にし、従業員に周知しておく必要があるのです。
ただし、これらの措置を講じる場合であっても、正当な要求までをも放置して良いわけではありません。
「正当な要求については適切に処理する」という考えを維持する必要があるのです。
また、カスハラへの対応が終了したからといって、そこで終わりにしてはなりません。
なぜそのような事態が発生したのか、担当者の説明に問題はなかったのか、会社として情報共有は十分だったのか、契約内容や物件について事前に説明すべき事項はなかったのかなどを検証することが、再発の防止に大きく寄与するからです。
もちろん、会社側に問題があったからといって、顧客によるカスハラ行為が正当化されるわけではありません。
しかし、カスハラに至った経緯を確認することで、今後同じような問題が発生することを防げる可能性があります。
例えば、次のような対策を講じるのです。
- 重要事項説明の際に誤解が生じていた:説明方法を見直す
- 引き渡し後の修繕トラブル:契約前の段階における説明項目を見直す
- 担当者によって顧客対応に差があった:社内研修を実施する
このように、個別のカスハラ事案を会社全体の業務改善につなげることが重要なのです。
まとめ
本稿では、カスタマーハラスメントの定義、基本方針の策定、さらには実際にカスハラが発生した場合の対応について解説してきました。
不動産の取引に起因する顧客からのクレームを、完全になくすことなどできません。
そもそも、引き渡し後に初めて建物や設備機器の不具合が発見されることは珍しくもありませんし、相隣関係など、取引時点では把握していなかった問題が明らかになる場合もあるでしょう。
それだけに、不動産会社にとっては顧客からの苦情や相談に向き合うことは、避けて通れない業務とさえ言えるのです。
しかし、それらの業務が負担となり、担当者の心身に影響を与えている可能性があるのですから、会社として看過してはなりません。
正当な要求に対しては誠実に対応する一方で、社会通念上許容される範囲を超えた言動からは従業員を守るという、二つの視点を持つことが重要なのです。
序章で、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)から労働者を保護するための「雇用管理上の措置」が義務付けられたと解説しましたが、それでは、基本方針を策定しなければ罪に問われるのかと言えば、そんなことはありません。
改正労働施策総合推進法に違反しても、具体的な罰則は設けられていないのです。
しかし、各都道府県の労働局から指導が入り、勧告を受けても従わなければ事業者名を公表される可能性はあります。
これにより、企業の社会的評価が影響を受ける可能性があるのです。
もっとも、それ以上に顧客からのカスハラ行為によって、優秀な社員が離職してしまう危険性を阻止することの方が大切です。
カスタマーハラスメントに対しては、基本方針に基づき会社として毅然と対応する。
その姿勢を示すと同時に実行に移すことが、何より大切だと言えるのです。
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