【憧れだけでは失敗する】地方移住で見落とされがちな現実と不動産業者の役割

効率や生産性ばかりを追い求める生活が続く中、働き方やライフスタイルに対する価値観の変化を背景に、過度なストレスから距離を置き、日々の生活や心のゆとりを大切にしたいと考える方が増えています。
そのような価値観の変化に伴い、多くの方が思い浮かべるのが地方移住や田舎暮らしです。
都市部で得られる経済的な豊かさを捨ててでも、趣味や家族との時間を大切にし、四季折々の自然を身近に感じられる環境で暮らしたいと考える方が少なくはないのです。

実際、インターネットで「田舎暮らし」と検索すれば、物件紹介ページをはじめ、移住支援制度や体験談、地域の魅力を紹介する記事など、さまざまな情報を簡単に得ることができます。
記事を読んでいる皆さんの中にも、地方移住や田舎暮らしに関する相談を受けられた経験をお持ちの方がいらっしゃるでしょう。
しかし、理想と現実が必ずしも一致するとは限りません。
何より、地方移住で直面する課題は、地域コミュニティや人間関係だけにとどまらず、仕事や生活インフラ、医療、交通、さらには価値観の違いなど、多岐にわたるからです。
そもそも、地方移住は「自然豊かな環境で暮らす」という理想だけで語れるものではありません。
自らの価値観や理想とする暮らし方を見つめ直し、海や山、田園風景など、どのような自然環境に安らぎを覚えるのか、さらには移住先の気候や人口動態、歴史、インフラなどを十分に検討したうえで、移住の可否を判断する必要があるからです。
はっきりと申し上げれば、理想だけで移住先を決定すれば、移住後に後悔やミスマッチが生じる可能性が極めて高くなります。
移住先の住居として古民家が選択されることも少なくありません。
しかし、それらの物件は相応の経年劣化が見られることも多く、快適に暮らすためには修繕や改修を要することも少なくありません。
YouTubeでは、古民家再生を題材とした動画が数多く公開され人気を集めていますが、DIYによる修繕は容易ではなく、一方でリフォーム業者に依頼すれば、かなりの出費を伴うことも珍しくはないのです。
しかし、どれだけ手間や費用を投じても、移住に見切りをつけ売却する際は買い手が見つかりにくく、売却に苦慮するばかりか、購入費や改修費を回収できず損失を被る可能性もあります。
北海道への移住を検討される方々から、様々な相談に応じてきた筆者は、これまで失敗例を数多く見てきました。
本稿では、地方移住で見落とされがちな課題や、移住後に直面しやすい問題を整理するとともに、不動産業者として相談者に対し、どのような情報提供や助言を行うべきかについて考えていきます。
問題は地域コミュニティだけではない
二地域居住者向けの住まい・なりわい・地域住民との交流に必要な環境整備を目的として、「広域地域活性化のための基盤整備に関する法律の一部を改正する法律」が令和6年11月1日に施行されました。
この改正により、二地域居住を促進するための市区町村計画の策定や活動拠点の整備などが制度化され、地方と都市部を行き来しながら暮らすことや、将来的な移住を見据えた生活を後押しする環境整備が進められています。
このように、国による地方への人の流れを促進するための取り組みが進められていることから、今後も、地方移住や二地域居住への関心がさらに高まることも予想されます。

しかし、「移住がしやすくなった」ことと、「快適に生活できるか」は決して同義ではありません。
地方への移住を検討した際、多くの方が不安に思うのは、「地域コミュニティへの参加」「自治会活動への関与」「近所付き合い」といった、人間関係に起因する問題でしょう。
確かに、都市部と比較すれば、地方では地域社会のつながりが密接な地域は少なくありません。
自治会活動や地域行事への参加が慣例となっている地域もあれば、草刈りや除雪、河川の清掃などの一部行事を、地域住民が協力して実施することが事実上求められる地域も存在します。
こうした地域活動への参加に不安を感じる方は多く、実際、私たち不動産業者に相談が寄せられることも多いのです。
しかし、集落や自治会という共同体では、「顔が見えない」という生活は成立しません。
問題が生じたとき、あるいは生じそうなときに近隣住民が助け合うことで課題を克服してきたコミュニティにおいては、密接な人間関係が形成されることによって、はじめて力を発揮できるからです。
つまり、密接な人間関係は、各自が快適な生活を維持するために必要不可欠であるがゆえに、自然に形成されてきたものだと言えるのです。
これを負担に感じるようであれば、そもそも地方移住など考えるべきではありません。
顧客の失敗を防止するためにも、私たち不動産業者はまず、「夢や憧れだけでは快適に生活することなどできない」という現実を最初に説明する必要があります。
そもそも、これらの課題は法律や制度だけで解決できるものではなく、地域ごとの慣習や価値観によって大きく異なります。
「受け入れられるかどうか」を悩むのではなく、「どのように受け入れてもらうか」こそ考えるべきなのです。
地域コミュニティに関する情報は、移住希望者に対して丁寧に説明すべき重要な情報である一方、口頭で伝えきれるものではありません。
そのため、筆者は移住を検討する方に対しては現地へ足繁く通い、歩き回ることをお勧めしています。
見知らぬ人間が歩いていれば、歓迎の意味であれ、不審者に対する警戒であれ、住民から声を掛けられたり、挨拶を交わしたりする機会が生まれます。
むしろ、積極的にこちらから挨拶する配慮が必要です。
それを重ねることで顔見知りとなり、気軽に雑談をかわせるようになります。
そうすれば、現地でしか聞けない生の情報が入ってきます。
地域住民の話題や土地の歴史など様々な情報は、表面調査では決して得ることができない貴重な情報です。
それを続けていれば少しずつではありますが、自身がその地域で生活していけるのか、地域コミュニティに参加して人間関係を構築できるのかが分かってきます。
もちろん、仕事や交通、医療、買い物、教育、住宅の維持管理など日々の暮らしを支える基盤についての情報もおろそかにしてはなりません。
むしろ、口頭では説明しきれない地域コミュニティについて説明するよりも、私たち不動産業者はこれら生活基盤に関する説明こそ重視すべきでしょう。
地方移住を成功させるためには、「地域に馴染めるか」という視点だけではなく、「その地域で現実的な生活を維持できるか」を含めて、総合的に検討する姿勢が不可欠だからです。
そもそも、生活インフラが都市部と同じではない
地方移住を検討される方の多くは、物件そのものや周辺環境に意識が向きがちです。
しかし、実際に生活を始めてから問題となるのは、住宅や周辺環境そのものではなく、その地域で日常生活を維持できる環境が整っているかどうかという点です。
都市部では、ごく自然に利用できる行政サービスや公共交通機関、医療体制、商業施設などについても、地方では事情が大きく異なります。
例えば、バスなどの公共交通機関がない、あるいは運行していても1~2時間に1本程度で、最終便が18時前後という地域も珍しくはありません。
自動車がなければ、買い物すら困難なのです。
実際、最寄りのスーパーまで数十キロ離れている地域では、買い物に出かける際、隣近所に声掛をして同乗を促したり、必要な物がないかを尋ねたりすることで日々の生活が成り立っているケースもあります。
しかし、高齢となって自動車を運転できなくなれば、このような関係性も維持できません。
つまり、日常生活をどのように維持していくかが課題となるのです。
これは、医療についても同様です。近隣に診療所があったとしても、診療科目は限られます。
専門的な治療が必要となれば、数十キロ、あるいは百キロ近く離れた中核都市まで通院しなければならない場合もあります。
豪雪地帯では、さらにハードルが高くなります。
例えば、除雪も行政任せでは成り立たず、自宅周辺や生活道路の除雪を住民自身で行わなければならない地域も少なくないのです。
道路事情によっては、一定量の雪が降るたびに通行止めが発生し、自宅から身動きができない状態が数日続くことも珍しくはないのです。
また、通信環境についても確認が欠かせません。
二地域居住や地方移住を検討される方の中には、テレワークを前提としている方も多く見かけますが、地域によっては光回線どころか、携帯電話の電波状況すら十分とはいえない地域も存在しています。
そのため、仕事を継続するための前提条件が満たされているかどうかも、移住前には必ず確認すべき事項です。
さらに、不動産業者が見落としてはならないのが住宅の維持管理です。
都市部では専門業者に連絡すれば、比較的容易に対応してもらえる修繕や設備交換が、地方では対応が困難となります。
依頼から工事の着手まで数週間から数か月を要する場合さえあるのです。
水道設備や電気、給湯設備など日々の生活に不可欠な機器が故障した場合、それによる影響は都市部とは比較にならないほど大きくなるのです。
このような事実は、実際に生活をしてみなければ実感しづらいものです。
特に、雄大な自然環境に憧れ、地方での生活に夢を抱いている方は視野が狭くなっているケースが多く、頭では理解しているつもりでも、実生活に関する諸問題を把握しきれていない可能性があるのです。

私たち不動産業者の仕事は、不動産の取引実務です。
取引時における重要事項説明は業者に課された義務である一方、説明する内容については宅地建物取引業法で義務とされた範囲を超える必要はなく、例えば地方への移住で想定される懸案事項については説明義務の対象とはされていません。
むしろ、移住を検討する顧客自身が自ら調査したうえで判断すべき事項とさえ言えるのです。
しかし、信義誠実の原則に基づけば、失敗する可能性が高い顧客に対してその理由をあえて省略することは、不動産業者に求められる社会的役割の観点からも好ましい行為ではありません。
したがって、不動産業者は物件価格や立地条件だけではなく、地域で無理なく生活を継続できる環境が整っているか、それが十分に理解されているかという視点からも情報を提供する必要があるのです。
地方移住の成否を左右するのは、住宅を取得することではありません。
その地域で生活を続けられるのかという現実的な視点こそが、最も重要なのです。
仕事を軽視すれば地方移住は失敗する
地方移住を検討した際、多くの方は住環境ばかりに目がいきがちです。
しかし、収入をどのように確保するかという問題は、顧客が考えている以上に重要です。
実際、移住に積極的に取り組んでいる自治体は独自に様々な情報提供を行っていますが、それらを見ていくと、地方移住を検討する際の注意点として次のような点が挙げられています。
そもそも、生活環境がどれだけ理想的であったとしても、安定した収入が得られなければ生活そのものが成り立ちません。
リモートワークだけで仕事を完結させられれば良いのでしょうが、近年、国内外の企業では完全出社や出社回帰への動きが相次いでいます。
むしろ、フルリモート勤務を認めている企業が珍しい存在とすら言えるのです。
退職後の移住で、十分な年金収入や資産があれば事情も異なるのでしょうが、現役世代の移住では仕事の問題を避けては通れないのです。
二地域居住や移住を推奨している自治体では、利便性の向上のみならず、就業機会の創出にも取り組んでいます。
実際、地方にも優れた企業は数多く存在しているものの、都市部と比較すれば求人数は限られ、職種にも偏りが見受けられます。
さらに、同じ職種であっても給与水準が低い地域も少なくはありません。
そのため、「移住してから仕事を探せば良い」と考えている顧客に対しては、「現実はそんなに甘くない」と諭す必要があるのです。
また、現在はフルリモート勤務であったとしても、企業が方針変更した途端、出社が命じられる可能性があります。そうなれば移住計画自体を見直す必要が生じます。
実際に筆者はこれまで、収入の問題で購入した地方の家屋を手放し、都市部へ戻っていった方を数多く見てきました。
もっとも、地方においても専門職の求人は存在します。
しかし、都市部と比較すれば、地方で就業できる仕事の多くは肉体労働を伴う職種の比率が高く、リモートワークとの親和性は高くありません。
地方で求められる人材需要と、リモートワークを希望する求職者のスキルとの間にギャップが見受けられるケースも多いのです。
さらに、運よく希望の職種に巡り合ったとしても、通勤時間や通勤手段を念頭に置く必要があります。
例えば、冬期の通勤時間はどの程度変化するのか、勤務先は将来的に安定しているといえるかといった視点を忘れてはならないのです。
私たち不動産業者は就職先を紹介・斡旋する立場にはありません。
しかし、移住相談を受けた際には、「仕事は大丈夫ですか」「収入の見通しに問題はありませんか」といった基本的な確認を怠ってはならないのです。
住まいは生活の基盤であるものの、その生活を支えるのは安定した収入です。
物件があるからと移住を勧めるのではなく、「仕事」「生活」「住まい」が無理なく両立できるのかという視点から助言することが、不動産業者に求められる役割だと言えるのです。
地方移住の成否を左右するのは不動産業者の情報提供力
一概には言えませんが、地方の、それも経年劣化の進んだ古民家であれば、その価格は800万円以下となるケースが少なくありません。
こうした低廉な物件は調査や現地確認、移動に要する手間や費用に対して、媒介報酬が見合わないことが長年の課題とされてきました。
しかし、宅地建物取引業法の改正によって媒介報酬の上限に関する規定が見直され、事前に顧客の同意を得ることで、800万円以下の物件に対する媒介手数料として、一律33万円(税込)を徴収できるようになりました。
とはいえ、移動に要する手間や、地方物件ならではの調査項目まで含めれば、決して効率の良い取引であるとまでは言えません。
むしろ、必要とされる手間に比べて得られる報酬が少ないとして、積極的に取り組もうと考えない不動産業者も多いのではないでしょうか。
実際、令和8年2月に国土交通省が公開した『二地域居住等の促進について』を見ても、二地域居住について具体的に計画を策定しているのは20都道府県にとどまり、市町村も28計画しかありません。
さらに、改正広域地域活性化基盤整備法に基づく『特定居住支援法人』の指定数も、全国で51法人しか存在しないのです。

ちなみに、二地域居住の促進を目的とする特定居住支援法人とは、市区町村が策定した「特定居住促進計画」に基づき、二地域居住希望者に対して「住まい」「なりわい(仕事)」「コミュニティ」の各分野でマッチングや支援を行う機関です。
高齢者や障害者、低額所得者などの民間賃貸住宅への入居を支援する住宅確保要配慮者居住支援法人とは制度の趣旨や役割が異なります。

指定の概要や要件については、市町村ごとの「特定居住促進計画」に基づき定められていますが、法人格を有し、二地域居住の促進を図る活動を適切かつ確実に行える能力を有すると認められれば、指定の対象となり得ます。
例えば、暴力団等に該当しないことや、破産手続開始の決定を受けて復権を得ていないこと、拘禁刑以上の刑に処せられ、その刑の執行が終了した日または刑の執行を受けることがなくなった日から5年を経過していないことなど、一定の欠格事由に該当せず、かつ二地域居住の促進を図るための実務を実施できると認められれば、指定を受けること自体はそれほど困難ではありません。
もっとも、地方移住物件の取引を取り扱うだけであれば、指定を受ける必要はありません。
しかし、指定を受けることで顧客からの信頼を得られる可能性が高まりますし、何より市区町村とのコミュニケーションが円滑となり、貴重な情報を得られる可能性が高まります。
そもそも、これまで述べてきたように私たち不動産業者が、地方移住検討者に対して提供すべき情報は物件価格や築年数、法令上の制限といった取引実務に関する事項だけではありません。
地域コミュニティの実情や生活インフラ、就業環境、医療体制、災害リスク、さらには行政による支援制度まで含めた「生活そのもの」に関する情報こそ、積極的に提供すべきなのです。
もちろん、これらの大半は宅地建物取引業法で義務とされた説明事項ではありません。
しかし、だからといって「伝えない」との姿勢では、顧客との信頼関係を築くことはできません。
加えて、コミュニケーションが密接である地方においては、良くも悪くも業者の評判は、驚くほどの速さで住民に共有されます。
地方で一度評判を落とせば、回復するのは容易ではないのです。
そもそも、移住を検討する顧客が本当に知りたいのは、「この物件を購入しても問題ないのか」ではなく、「ここで無理なく生活できるか」です。
例えば、地域コミュニティへの参加や自治会活動の実態、除雪や草刈りなど地域住民に求められる役割、医療機関までの距離、買い物環境、公共交通機関の運行状況などは、インターネットだけでは把握しきれません。
これらの多くは、実際に地域へ足を運び、人とのつながりを築かなければ得られない情報です。
それだけに現地踏査は重要です。
加えて、市区町村や関係団体との連携を深めることで、移住支援制度や地域の受け入れ態勢、今後予定されている公共施設の整備計画など、一般には知られていない情報を得られる可能性が高まります。
こうした情報を蓄積し、相談者一人ひとりの生活環境や価値観に応じた適切な情報を提供することこそが、地方移住を支援する不動産業者に求められる役割だと言えるのです。
インターネットや生成AIの普及によって、物件情報そのものや表面的な注意点については誰でも容易に入手できる時代になりました。
ですが、生きた情報を入手し、それを顧客ごとの事情に照らし合わせ、現実的な生活まで見据えて助言できる能力まで代替されるわけではありません。
むしろ、実直な現地踏査や地域での触れ合いを通じて得られた印象や情報を、適切に伝えることは人間にしかできないのです。
そして、これこそが不動産業者として他社との差別化を図るための土台となり得るのです。
繰り返しになりますが、地方移住の成否を左右するのは物件そのものではありません。
その地域で暮らし続けられるだけの環境が整っているかを見極め、顧客が実際に生活していけるか否かを正確に伝えられる情報提供力こそが、移住の成功を大きく左右するのです。
そして、それを確実に遂行できる不動産業者だけが、移住提案のプロとして注目されるのです。
まとめ
本稿で詳述してきたように、地方移住は物件を購入しさえすれば実現できるというものではありません。
別荘として活用するのであれば話も変わりますが、実際に生活するのであれば、地域コミュニティとの関わり方や生活インフラ、仕事、医療、交通など、その地域で暮らし続けるための現実を総合的に検討する必要があります。
むしろ、それらを軽視して移住すれば、失敗する可能性が高くなります。
だからこそ、私たち不動産業者に求められるのは、物件を媒介することだけではなく、顧客がその地域で無理なく生活できるかという観点から、必要な情報を提供し、適切な助言を行うことなのです。
政府が二拠点生活を推奨しているのは、深刻化する東京一極集中の是正と、地方の人口減少や担い手不足を解消するための「関係人口」の創出があります。
一方で、都会の喧騒から離れ、自然に囲まれた穏やかな暮らしを求めて移住を希望する方も増えています。
しかし、憧れだけで生活が成り立つほど現実は甘くありません。
それを理解している不動産業者だからこそ、顧客一人ひとりの価値観や生活環境を踏まえ、地域の実情まで含めた情報を提供する必要があるのです。
そして、それを実現できるか否かが、これからの地方移住を支える不動産業者としての真価を左右する重要な要素となるのです。

