【国交省が疑わしい取引の判断基準を明確化】いま求められる「違和感」を見抜く力

【国交省が疑わしい取引の判断基準を明確化】いま求められる「違和感」を見抜く力

2026年9月3日、国土交通省は「疑わしい取引の届出」における判断基準の明確化に関する解釈について、(一社)不動産協会など不動産業界6団体宛に事務連絡を行いました。

ご存じかと思いますが、「疑わしい取引」とみなされる場合には、契約の成立・不成立にかかわらず届出が必要です。

そして、その判断基準とされているのが、『疑わしい取引の届出に関するチェックリスト(以下 チェックリスト)』です。

疑わしい取引の届出に関するチェックリスト

現行のチェックリストでは、疑わしい取引に該当する可能性がある類型として、21件の参考事例が挙げられています。

ただし、これまでは個別具体的な取引が疑わしい取引に該当するか否かについて、不動産業者による取引時確認の内容や取引の態様、顧客の属性、取引の経緯など、さまざまな事情を勘案したうえで判断する必要があると認識されていました。

そのため、実務の現場では「そもそも、チェックリストに該当するか判断できない」「多少疑わしいというだけで届出をすれば、契約機会が損なわれる」「契約に至らなかった場合は届出をする必要がない」といった疑問や思い込みが生じていたのです。

疑わしい取引の届出に関するチェックリスト,判断基準

このような疑問や思い込みに対して、国土交通省は2026年2月19日の事務連絡で判断基準を明確にしました。

具体的には、チェックリストもしくは「宅地建物取引業者における犯罪収益移転防止のためにハンドブック」に一つでも該当した場合には届出を行い、該当するか否か明確ではなく判断に迷った場合も、漏れなく届出を行うという内容です。

くわえて、契約の締結に至らなかった案件についても届出を行う必要があると示したのです。

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したがって、従来のように「チェックリストに該当している懸念があるものの、総合的に勘案すると疑わしいとまではいえない」といった理由で届出を見送ることは、新たに示された国土交通省の判断基準からすれば適切とはいえないのです。

ご存じかと思いますが、疑わしい取引についての届出は「犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下 犯収法と表記)」第8条に基づき、宅地建物取引業者を含む特定事業者に課せられた法的義務です。

しかし、同条第1項の規定は、

『特定事業者は、特定業務に係る取引について、当該取引において収受した財産が犯罪による収益である疑いがあるかどうか、又は顧客等が当該取引に関し組織的犯罪処罰法第十条の罪若しくは麻薬特例法第六条の罪に当たる行為を行っている疑いがあるかどうかを判断し、これらの疑いがあると認められる場合においては、速やかに、政令で定めるところにより、政令で定める事項を行政庁に届け出なければならない』

とされています。

この規定だけを読むと、判断するのは特定事業者であり、疑いがあると認められる場合に限り届出をしなければならないと読み取れる内容となっています。

そのため国土交通省は、届出義務そのものを変更するのではなく、どのような場合を「疑わしい取引」とみなすか、その判断について具体的な運用を明確にしたのです。

そもそも犯罪収益移転防止制度は、処罰だけを目的とはしていません。

犯罪収益の移転を防ぎ、犯罪組織などの活動資金を遮断することで、犯罪の抑止につなげることも重要な目的の一つとされているのです。

それだけに、犯罪の兆候を把握した段階で行政庁に届け出ること自体に意味があるのです。

届出義務違反に対して直接的な刑事罰などは定められていない一方で、届出を怠った場合は行政庁から是正命令が発せられる可能性があり、さらには、是正命令に反した場合は2年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金(法人に対しては3億円以下の罰金)が科される可能性もあるのです。

不動産,犯罪,罰則

しかし、犯罪の手口は年を追うごとに巧妙化しています。

警察は具体的な手口を公開して注意喚起を行っていますが、犯罪の発生後に明らかとなった手口を公表するケースが中心であり、将来現れるすべての犯罪手法を事前に把握することは困難です。

筆者は不動産コンサルティングという業務の性質上、不動産にまつわる詐欺的手法についての情報をくまなく把握するように努力をしていますが、犯罪の手口は年々巧妙化しており、不謹慎だと思いつつも、「よく考えつくものだ」と感心するような手法が用いられています。

そもそも、媒介業者の誰しもが犯罪の手口に精通しているわけではありません。

疑わしい取引か否かを判断する際には、チェックリストや「宅地建物取引業者における犯罪収益移転防止のためにハンドブック」の記載事項が、判断の拠り所の一つとなっていることでしょう。

チェックリストについては、現在、改定に向けて関係機関と調整を行っており、例示を具体的に追記するなどした上で、令和8年10月を目処に通知・施行する予定とされています。

しかし、判断基準については2026年の事務連絡によって明確化され、今回の2026年9月3日の事務連絡によって、その解釈も改めて明らかにされています。

本稿では、今回明確化された判断基準について詳しく解説すると共に、「疑わしい取引」を見過ごさず、犯罪行為に加担しないためには、実際の取引においてどのような点に着目すればよいのか、その詳細について考えていきたいと思います。

「届け出たら契約できない」は誤解

「何となく怪しいと感じただけで全てを届出していれば、契約ができなくなるじゃないか」

おそらくは、このような疑問を持つ方が多いでしょう。

しかし、届出と契約の締結、これらは明確に区別して考える必要があります。

国土交通省は2026年2月19日の事務連絡において、「疑わしい取引」の届出を行ったことを理由に、「契約が締結できなくなるものではない」との見解を示しています。

加えて、届出を行った上で契約を締結しても、犯収法に抵触しないとの旨を明言しているのです。

裏を返せば、疑わしいと感じたにもかかわらず届出を行わなければ、契約締結の有無によらず、是正命令が発せられる可能性があることに注意が必要なのです。

疑わしい取引であると所轄行政庁に届出られた情報は、警察庁刑事局の担当部署(犯罪収益対策室)に集約され、国家公安委員会が整理・分析を行ったうえで必要に応じ、捜査機関などへ提供される形をとっています。

疑わしい取引,捜査機関

つまり、私たち宅地建物取引業者は「犯罪者であると断定する」必要など一切なく、届出をしたとしても、それにより契約の締結が否定されることはないということです。

とはいえ、各都道府県の暴力団排除条例などに基づき売買や賃貸契約書には、「反社会的勢力の排除」に関する規定が盛り込まれていますから、本人確認を怠ってはなりませんし、怪しいことが明らかであるのにあえて契約を締結するメリットは存在しません。

「君子危うきに近寄らず」の精神を遵守することが、何より大切だと言えるのです。

したがって、明らかに怪しいと感じる場合は契約を締結せず届出を行うことが肝要であり、本人確認や裏付け調査を実施しても判明しなかったけれど、なお「疑わしい」と感じる場合には、届出を行ったうえで契約を締結し、必要以上には踏み込まず、関係機関に判断を委ねるのが正解だと言えるのでしょう。

デメリットはないものの……

これまで解説したように、届出をすることに具体的なデメリットはありません。

むしろ、チェックリストに該当したのに届出をしない、あるいは「疑わしい」と感じたのに届出を怠るほうがデメリットは多いのです。

しかし、書式をダウンロードして必要事項を記載し、提出するにも労力が必要ですし、インターネットで届出る場合にも、事前に事業者IDを発行して貰う必要があるなど、いずれにしても手間がかかります。

届出,提出,疑わしい取引の届出に関するチェックリスト

この届出に要する手間や時間が、最大のデメリットとなっているのかもしれません。

しかし、特定事業者である私たちは、届出義務を怠った場合、行政庁による是正措置の対象となる可能性があることを忘れてはなりません。

さらに、届け出られた情報は国家公安委員会で整理・分析され、必要に応じて捜査機関などへ提供されるのですから、犯罪収益の移転を防止するための重要な情報提供でもあるのです。

疑わしい取引の届出に関する情報の提供状況,都道府県警察における疑わしい取引の活用状況

実際、特定事業者から提供された情報は、その多くが捜査で活用されています。

例えば、令和7年度は962,348件の届出に対し、約6割にあたる608,556件の届出情報が捜査に活かされているのです。

このように考えれば、届出に要する手間を懸念して躊躇することが適切ではないと理解できることでしょう。

しかし、営業担当者個人からすれば、ただでさえ多忙な日常業務の中で、届出に要する作業負担が苦痛となる可能性は高いかもしれません。

後回しにした結果、忘れてしまうケースもおそらくは多いことでしょう。

これは、届出に際してどの部分が疑わしいと判断したのかを整理したうえで、正確に記載しなければならず、さらには届出書類の記載項目が多いことも影響を及ぼしているでしょう。

疑わしい取引の届出について

しかし、情報を受け取る側の行政庁は、正確な情報に基づき整理・分析しなければなりません。

したがって、記載項目を簡略化するのは極めて困難だとさえ言えるのです。

そのため、疑わしい取引があった際には、担当者が届出書を作成するという属人的な対応とせず、チェックリストのどの項目に該当したか、顧客がどのような説明をしたか、本人確認を正しく実施したかなどの情報を共有したうえで、事務方など、他部門から届出を行える流れを構築することが、適切な対応方法であると筆者は考えます。

そもそも、疑わしい取引か否かを完璧に見抜く必要などありません。

序章で解説したように、チェックリストに一つでも該当した、あるいは該当するかどうかの判断は困難だけれども限りなく疑わしいと感じた場合には、契約の有無を問わず届出をすれば良いのです。

届出をした後でも、契約を締結することは可能ですし、たとえ後に、契約当事者が犯罪に加担していたことが発覚した場合でも、適切に届出を行っていれば、少なくとも「疑わしい取引の届出を怠った」として犯収法上の責任を問われることはありません。

先述したように、犯罪の手口は年を追うごとに巧妙化しています。

それだけに、完璧に見抜くのは困難です。

したがって、届出にかかる手間を「面倒な事務作業」と捉えるのではなく、属人化させないための措置を講じたうえで、犯罪収益の移転防止に協力することこそが、特定事業者である宅地建物取引業者にとって重要な業務だと言えるのです。

着目すべき点はどこか

ここまでは、「疑わしい取引」の届出に関する基本的な考え方や、届出を躊躇する必要がない理由について解説してきました。

では、本人確認や内見時、あるいは取引時において私たち宅地建物取引業者は、具体的にどのような点に注目して判断をすれば良いのでしょうか。

基準とされるべきは、もちろんチェックリストです。

ですが、活用していればすでに気がつかれているでしょうが、チェックリストの参考事例は極めて判断の難しい内容が盛り込まれています。

例えば、「現金の使用形態に着目した事例」では、多額の現金により、宅地または建物を購入しようとしている場合、チェックするとなっています。

しかし、現金購入は珍しくもありません。さらには、「多額」と感じる金額自体に個人差があるでしょう。

疑わしい取引,参考事例

都心部では1億が目安であっても、地方圏では5千万円で多額と感じるかもしれません。

また、本事例では「特に、顧客の収入・資産等に見合わない高額な物件を購入する場合や、顧客が決済方法を現金取引にこだわる姿勢を示すなどの場合」との但し書きが付せられていますが、資金の出処を質問した際、「親から贈与を受けた」と回答されれば、親が本当に多額の資金を所有していたのかを探る術は、そうそうありません。

せいぜいが、「親御様名義で振込まれた通帳を拝見できますか」と、確認を求めることぐらいでしょう。

それだけに、ここで重要なのは、営業担当者が「現金購入だからチェックする必要がある」と短絡的に判断するのではなく、顧客の収入や資産との釣り合い、現金決済への不自然すぎる固執など、複数の事情から見極めることなのです。

また、「契約締結後の事情に着目した事例」では、「合理的な理由なく、予定されていた決済期日の申入れがあった」場合にチェックすることとされていますが、「仕事の都合」「子供の運動会」「体調不良」などの理由で、決済日の変更が求められるのは珍しい話ではありません。

実務においては、非合理な理由で決済期日の延期を求められるケースの方が、稀だとさえ言えるのです。

疑わしい取引,非合理な理由で決済期日の延期を求められるケース

では、どのような場合に「非合理である」と判断すれば良いのでしょうか。

これについても、一度ならず二度・三度にわたり決済期日の変更が求められた、理由を尋ねても明確な回答が得られないといった場合には、不自然だと判断する根拠となり得ます。

結局のところ、「その他の事例」で挙げられている「自社従業員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引または不自然な態度、動向等が認められる顧客に係る取引である」、つまり営業担当者が何となくではあるが疑わしいと感じるか否かが、判断の基準となることが多いのです。

疑わしい取引,その他の事例

もちろん、チェックリストに盛り込まれた事例をないがしろにしろと言う意味ではありません。

チェックリストの事例を参考にしつつ、取引当事者の不自然な態様や態度、動向などを敏感に感じとることこそが大切だと言いたいのです。

筆者が取引において注目するのは、顧客の言動、とりわけ「目」の動きです。

疑わしいと感じた場合には、さりげなく質問を行います。

例えば、「親御様から住宅購入資金の全額を贈与していただけるなんて羨ましい限りです。

ちなみに、贈与に対する非課税額は省エネ住宅で1,000万円、それ以外の住宅では500万円までですから、相続時精算課税もしくは住宅取得等資金贈与に関する特例のいずれかを選択して利用しなければ、多額の贈与税が発生してしまいます。

この点について、何か相談はされましたか」と質問します。

それに対して、おそらくは「そんな制度があるなんて知りませんでした」「親が考えているので、私は関与してません」「すでに相談済みです」と回答されることが多いでしょう。

その際、目の動きを観察します。

視覚、聴覚、体感覚に脳がアクセスする際には、目に動きが表れるからです。

これは、いわゆるアイ・アクセシング・キューと呼ばれる現象ですが、NLP(神経言語プログラミング)では目が左側(左上、左水平)に動けば想起や記憶、右側(右上、右水平)に動けば構成・想像の情報にアクセスしていると説明されています。

アイ・アクセシング・キュー

もっとも、こうした視線の方向と記憶・創作、あるいは虚偽との関係については、研究によって確実だと裏付けられているわけではありません。

したがって筆者も、「目が右を向いたから言い訳を考えている」「左を見たから記憶を探っている」と短絡的に判断しているわけではありません。

ですが、「目は口ほどに物を言う」との諺通り、本人が緊張や警戒をしている状態は、目の動きや発汗など、様々な身体反応に現れることがあります。

このような状態を、違和感の一つとして捉えることが重要なのです。

本人確認書類の提出を不自然に拒む、あるいは一瞬しか提示をしない、こちらの質問に対して具体的な説明を避ける、挙動不審であるといった状態が、直ちに犯罪収益との関係を示しているとは限りません。

しかし、少なくとも「なぜ、頑なに説明を拒むのか」といった違和感には繋がるでしょう。

国土交通省は2026年2月19日の事務連絡において、チェックリストもしくは「宅地建物取引業者における犯罪収益移転防止のためにハンドブック」に一つでも該当した場合、またはチェックリストに該当するかどうかが明確ではなく、判断に迷う場合には届出をするように求めています。

しかし、チェックリストは取引類型を示した「着眼点」に過ぎないため、最終的には個別具体的な事情を踏まえて届出の要否を判断する必要があります。

それだけに、機械的にチェックリストへ◯を付けるのではなく、「なぜ、不自然だと感じたのか」を考える必要があるのです。

筆者は、「何となく怪しい」と感じた際には、言語化することを推奨しています。

言語化することによって感情によらず、何を怪しく感じたかを客観視できるからです。

例えば、「現金取引だから怪しい」とは限りません。

「資金の出処について、合理的な説明がなされない」「振込による決済を頑なに拒み、現金決済に固執している」と整理することで、単なる営業担当者の感覚なのか、あるいは届出を検討すべき具体的な事情があるのかが、判断しやすくなるのです。

そして、チェックリストを活用する意味もここにあります。

そもそもチェックリストは、「この条件に該当したから犯罪者」という判定表ではありません。

日常の取引に潜む「いつもと違う」「何か怪しい」という兆候を拾いあげるための道具に過ぎないのです。

犯罪者であることを見抜くことまでは、私たち宅地建物取引業者には求められていません。

しかし、国土交通省からの事務連絡によって判断基準が明確にされた現在においては、チェックリストに一つでも該当した場合には、届出ることが求められています。

それだけに、チェックするか否かの判断が重要なのです。

感じた違和感を「何となく」では終わらせず、具体的な事実として言語化し、必要な情報を整理したうえで届出につなげることこそが、宅地建物取引業者に求められる実務対応だと言えるのです。

まとめ

明らかに疑わしい場合のみならず、チェックリストに該当するか否かの判断に迷った場合は届出をするとの要望は、私たち宅地建物取引業者に相応の負担を強いる内容だとさえ言えるでしょう。

特定事業者である以上、疑わしいと感じた場合の届出は責務です。

ですが、届出書に記載する項目は数が多く、慣れたとしても面倒であることに変わりはありません。

届出をしても、必ずしも取引当事者に迷惑がかかるとは限らないのですから、疑わしいと感じたら、漏れなく届出をしてしまうというのも一つの考え方ではあります。

しかし、それでは不要な労力がいたずらに増えるばかりか、営業担当者が「とりあえず届けておけば良い」と考え、取引の背景を鑑みることなく、機械的に届出を行う結果となりかねません。

重要なのは、届出件数を増やすことではありません。

「何を疑わしい」と感じたかを明確にしたうえで、適切に判断することです。

つまり、取引の中に潜む小さな違和感を見過ごさず、具体的な事実として整理し、必要に応じて行政へ情報を提供することこそが求められているのです。

届出の判断基準が明確化されたことを、面倒な事務作業が増えたとは捉えずに、犯罪収益の移転を防止するために宅地建物取引業者が担う、重要な役割の一つと理解する必要があるのです。

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監修者情報

H.L.C不動産コンサルティング 奥林洋樹
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